53、知ってる
汗だくになった服を脱いでシャワーを浴びる。
濡れた髪をドライヤーで適当に乾かして自室に上がる。
普段なら気持ちのいいこの時間も、今は鬱屈とした気分だけがぼんやりと残っていた。
肩にかけているタオルを椅子の背もたれにかけてベッドに腰を下ろす。
スマホを取り出してニャインを開きながら、ボクは仰向けになった。
指の先は西条先輩とのトーク画面のすぐ近くにあるのに、それ以上は動かない。
「……ボクは、どうすればいいんだろう」
西条先輩が別の女性と付き合っているのかどうか、それを確かめないことには何も始まらない。
勘違いならそれに越したことはないんだから。
けれど、可憐のあの様子だと確かめることもしないと思う。
――別にいいの、このままで。
可憐の言葉を思い出して、言い知れぬ苛立ちが湧き上がる。
ただの幼馴染に過ぎないボクがこんな感情を抱くのも、その彼氏に向けて勝手に女性関係を問い質すのも筋違いなのはわかってる。
わかっているから何も選べないでいる。
「は~…………」
スマホを眺めながら大きなため息を零す。
思考が堂々巡りでとても整理できない。
そのまま何もできずにいると、西条先輩の二つ上にある揚羽のトークに通知が来た。
『ハルくん、窓の外を見て!』
「窓の外……?」
揚羽から送られて来たメッセージを元に立ち上がり、窓に歩み寄る。
カーテンをめくって下を覗き込むと、そこにはこちらに手を振ってくる揚羽の姿があった。
「……えっ」
慌てて部屋を飛び出した。
◆ ◆
「ハルくん、もしかして怒ってる……?」
近所の公園へ移動する道すがら、揚羽はおずおずと覗き込むようにして訊いてきた。
ボクは努めて不機嫌を装いながら、窘めるように話す。
「そりゃあ大切な彼女にこんな時間に一人で出歩いてて、心配にならない彼氏はいないよ」
「えへへ」
「褒めてない」
両頬に手を添えてにやける揚羽に突っ込んでいると、目的の公園に辿り着いた。
流石にこの時間に揚羽を家に上げるわけにもいかず、かといって夜とはいえ道の真ん中で話をするというのも気が引ける。
そういう意味で、公園はうってつけの場所だ。
薄闇の中ぼんやりと不安になる明かりを発する自動販売機へ歩み寄る。
ポケットに突っ込んでいた財布を取り出して、適当に飲み物を選ぶ。
「ハルくんに言われて思ったんだけど」
「ん?」
お釣りを取り出していると、揚羽が思い出したように口を開いた。
「夜なのに大切な彼女を一人で置いてどこかへ行った彼氏がいたと思うんだよね」
「……うっ」
「お会計をすませたら、すぐにどっかに行っちゃってさー」
「うぐっ」
その文面だけを切り取ればとんだクズだ。
いや、まぁおおよそは合ってるからボクはクズということになる。
何も言い返せないでいると、揚羽は吹き出すように笑った。
「冗談、じょーだんだって! そんなに深刻な顔しないでよっ」
「冗談に聞こえないんだってば……。いや、置いて行って悪かったと思ってるよ」
言いながら、カフェオレを差し出す。
揚羽は一瞬目をパチクリさせてから、「うむ、許す!」と鷹揚に受け取ってくれた。
そのまま自動販売機を離れて近くのベンチに並んで腰を下ろす。
プシュッという音を立てながら缶を開けて、切り出した。
「それで、こんな時間にどうしたの?」
「お姉ちゃんのこと、聞いておこうと思って。お姉ちゃん、帰ってきたらすぐに部屋に行っちゃったから」
「……ニャインでもよかったのに」
「直接言葉で話した方がいいこともあるの!」
膨れながら口にした揚羽の言葉に、ボクは確かにその通りだなと思った。
文字だけだと相手がどういう思いでそれを言っているのか伝わらないこともある。
一度カフェオレを喉に流し込んで落ち着く。
ふぅと一つ息を吐いた。
「可憐は、揚羽には知って欲しくないことだと思うけれど」
「わかってる。でも、あたしはお姉ちゃんのことちゃんと知ってるつもりだから」
「――――」
その〝知ってる〟が何を意味するのか、ボクにはわからない。
けれど、揚羽ならこのグチャグチャになった状況を変えることができるかもしれないと思った。
ボクはもう一度のどを潤してから、意を決して口を開いた。
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