9、不格好なプレゼント
「うちの揚羽がいつもいつもごめんなさいね~」
ウィンドウショッピングを終え、ボクたちは事前に決めてあったとおりクリスマスケーキを購入して、相沢家の家でクリスマスパーティを行った。
パーティといっても、揚羽たちのお母さんが用意してくれたご馳走を食べながらとりとめのない話をして、最後に買っておいたケーキを食べるぐらいのささやかなものだ。
そのパーティも終わり、いよいよお開きというところでボクが玄関に向かうと、「ちょっと待ってて!」と言い残して揚羽が二階へドタドタと駆け上がっていった。
残されたボクはひとまず靴を履いていると、揚羽のお母さんが苦笑交じりに話しかけてきた。
「いえ、ボクも楽しいですから」
「あの子、春人くんのことが大好きなのよ。お兄さんと思ってるのかもねぇ」
穏やかな口調で話すおばさんの言葉に、ボクは「あはは」と苦笑いを返すのがせいぜいだった。
揚羽の想いを知っている今、どう返したらいいのかわからなかった。
ばつの悪さを覚えて視線を彷徨わせていると、靴棚の上に丁寧に置かれている一枚の写真に視線がいった。
「これって……」
「ああ、懐かしいでしょう? 春人くんがまだ小学五年生のころの写真よ」
小学生のころに可憐か揚羽が作ったものなのだろうか。
安っぽい紙粘土のような材質で作られた写真立てをそっと持ち上げて、そこに丁寧に収められている写真を見る。
写っているのは、今よりもずっと幼い可憐と揚羽。そして、二人の真ん中にボクがいる。
背後に見えるのは、少し離れたところにある水族館の建物だ。
……そういえば、この頃三人でイルカショーを見に行ったような。
「みんな、ずーっと仲良しだったわよね。いつでもずっと一緒にいて」
背後で、おばさんが懐かしむように言った。
その声音が僅かに寂しげなのは、たぶん、可憐に彼氏ができたからだろう。
この頃のボクたちと、今のボクたちを比べているんだ。
可憐に彼氏ができて、今日のパーティに来れなかったように、いずれ揚羽も同じように家を離れていくのだろうと。
親心は複雑なんだろうな……。
ボクが黙り込んでいると、おばさんは突然明るい声を上げてきた。
「そ、そうだ、春人くん。春人くんは好きな人とかいないの?」
「…………」
よりにもよって、それを訊いてくるとは。
可憐といい、揚羽といい、この一家はボクの傷を無自覚に抉ってくる。
ボクは写真立てをそっと元の場所に戻すと、振り向きながら微苦笑した。
「いたら今頃デートに誘っていますよ」
「それもそうよねぇ」
納得したように頷くおばさんにホッと胸を撫で下ろしながら、よくこんなことを言えたものだと内心でため息を零す。
置き直した写真を横目に見ていると、トントンと音を立てながら揚羽が階段から下りてきた。
「お待たせー、ハルくん。ん、なに話してたの?」
「揚羽は甘えん坊さんねーって話よ」
おばさんの言葉に、「もー、なにそれー」と返しながらボクの元へ歩み寄ってきた揚羽は、背中に隠してあった紙袋をずいと差し出してきた。
「はい、クリスマスプレゼント。まだ渡してなかったから」
「あ、ありがとう。開けてもいい?」
「ダ、ダメ!」
「え?」
受け取った紙袋の中に手を入れようとすると、慌てた様子で揚羽が止めてきた。
普通こういったプレゼントは貰ったときに開けるし、今までのクリスマスもそうしてきた。
ボクが困惑していると、揚羽は俯きがちに言った。
「……その、帰ってから一人で開けて欲しいかなぁって。別に無理にとは言わないんだけど」
「う、うん。わかった」
別に急いで見ることもないので素直に頷くと、揚羽はホッと胸を撫で下ろしてから「そ、その、要らなかったら捨てていいからねっ」と付け足してきた。
ここまで言われると一体なにが入っているのか気になってくる。
ひとまず、おばさんにお礼をしてからお暇しようと扉に手をかけようとしたその時――。
「ただいまー、って、ハル!?」
外から扉が開かれて、聞き慣れた声と共に可憐が現れた。
「え、どうして……、あ、そっか、クリスマスパーティか」
ボクがこの場にいることを疑問に思った可憐は、すぐに事態を飲み込めたらしく一人納得している。
外の冷気を纏って現れた可憐の鼻先は僅かに赤く染まっていた。
彼女のことをいつも見ていたからだろうか。普段よりもずっとお洒落をしていることがすぐにわかった。
「お帰りー、お姉ちゃん」
「あ、揚羽。ハルに迷惑かけてないでしょうね」
「かけてないよー。独り身同士、寂しく身を寄せ合ってたんだよ。ねー、ハルくん」
「……否定できないのが悔しい」
可憐は玄関の段差に腰を下ろすと、ブーツの紐を丁寧に解いていく。
そうしながら、「でもそっか」と呟いた。
「クリスマスパーティをやってたなら、もう少し早く帰ってきたらよかったかな」
「可憐がデートがあるから行けないって言ったんだろ。ボクも揚羽に連れ出されるまではやると思ってなかったし」
ボクがそう言うと、可憐は「そうなんだけどー」と少しだけ不満そうに唇を尖らせる。
すると、ボクの後ろにいた揚羽がずいと身を乗り出してきた。
「ね、そんなことよりもさ、お姉ちゃん。デート、どうだった?」
……あの、ボクまだいるんだけど。
出来るならその話は聞きたくない。
だが、完全に恋バナをする乙女の表情になっている揚羽には、ボクの抗議の視線は届かなかった。
片足を脱ぎ終えた可憐はもう片方のブーツに手を伸ばしながら、「んー」と顎に人差し指を当てて天井を見上げる。
「楽しかったよ?」
「なにそれー。もっと何かないのー」
「一体なにを期待してるのよ。……別に普通だったよ、普通」
欲しかった言葉を得られなかったらしい揚羽は「ちぇー」とふて腐れたように明後日の方向を見る。
それから、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ま、いーや。あたしも今日ハルくんとデートしたし」
「えっ!?」
「騙されないで、可憐。普通にショッピングモールに買い物に行っただけだから」
「えー、あれはデートでしょ~!」
ぶーぶーと文句を言いながら背中をボコボコと叩いてくる揚羽をなだめていると、いつの間にかリビングに戻っていたおばさんが「こらー、春人くんに迷惑かけないの」と注意してきた。
それはそれとして、このまま玄関先に居座るのもいただけない。
「じゃ、ボクはそろそろ。揚羽、今日はありがとう」
「っ、う、うん……、あたしの方こそ、ありがと」
先ほどまでうるさかったのが嘘みたいに途端にしおらしくなった揚羽に一瞬息を呑んでから、慌てて靴を履く。
入れ替わりに中へと上がった可憐にも「じゃあ」と声を掛けた。
「っぁ、ハ、ハル!」
「ん?」
扉を開けると、背中に声を掛けられて振り返る。
すると、可憐が何やら寂しげな面持ちでボクの方を見ていた。
彼女の次の言葉を待っていると、やがて可憐は小さく首を横に振った。
「ううん、なんでもない。おやすみ」
「うん、おやすみ」
今度こそ、外に出て扉をゆっくりと閉める。
可憐は、一体なにを言おうとしたのだろう。
小さく息を吐き出すと、白く染まった空気がゆっくりと溶けて消える。
それを見届けてから、ボクはゆっくり帰路に就いた。
◆
「はぁ~、寒い寒い」
誰も居ない自宅へ帰ってきたボクは、そのまま自分の部屋へと向かった。
電気を付けて、コートを脱ぐ。
一通り落ち着いてからベッドの端に腰を下ろし、先ほど置いておいた紙袋に視線を向けた。
一人で開けて欲しいと言っていたけれど、一体中にはなにが入っているのだろう。
若干不安になりながらも紙袋に手を伸ばし、中に手を入れる。
中には麻の袋が入っていた。
紐を緩めて、口を開いた。
「これって……」
モコモコとしたそれを取り出して、広げてみる。
やや不格好なそれは、マフラーだった。
「手作り、だよね。それで揚羽の奴、一人で見ろって言ったのか」
照れくさかったのだろう。
市販のマフラーに比べると縫い目が均一でなかったり、所々ほつれてしまっていたりするけれど、十分に使えそうだ。
黒と灰色を混ぜた、シンプルなデザイン。
これなら、普段使いも出来る。
「ん……?」
マフラーを広げていると、パラリとカードのようなものが落ちてきた。
ピンク色のメッセージカードだ。
一体なにが書かれているのだろうと見てみて、思わず苦笑した。
『メリークリスマス、ハルくん! 大好きだよ!』
さっき急いで書いたのだろうか、少し乱れているその字を、ボクは暫く眺めていた。
試しにマフラーを首元に巻いてみて、そのままベッドに倒れ込んだ。
……今日一日で、本当に色々なことがあった気がする。
自室で塞ぎ込んで、揚羽が押し掛けてきて、告白されて、断って。
一緒にでかけて、クリスマスパーティをして。
今日一日の流れを振り返っていると、途端にドッと疲れが押し寄せてきた。
ゆっくりと目を瞑る。
揚羽とのことをきちんと考え直さないといけないと思いながらも、睡魔に抗えずに意識が黒く染まっていく。
……ただ、明日は外に出かけようと思えるぐらいには、気持ちは前向きになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます