2.

先ほどのうどん屋に逆戻りした六兵衛。

「こちらの店でございます」

「へいらっしゃ・・・・。この度はまことにどうも私どもの粗末な小屋にお越しいただき・・・」

主人の変りぶりからも役人がちょっとやそっとの人物でないことがわかる。


「ここか。狭苦しいところであるな」

店内を細かくチェックしながら奥へ進む役人。

「六席ほど空いておらぬか?」


「は、はい。ではこちらへ」

奥で食べ始めたばかりの客のうどんをどかして6つ分席が空いたところで役人がお付きのものに合図をすると、その者は大急ぎで店を出ていった。イヤな予感しかしない。


店の入り口で狛犬のように固まって身動きのとれない主人と六兵衛。

六兵衛は店の人間ではないのだが、この場を去れない空気を刺さるように感じていた。


やがて遠くに姿を現したのは見たこともないような豪華な駕籠(かご)であった。

目を閉じるうどん屋の主人。

単なる通りすがりの駕籠(かご)であることを願う六兵衛。


しばらくして担ぎ手の声が狛犬の前でピタリと止まった。

引き戸が開いて出てきたのは目もくらむような金色を着た何かであった。


「こちらへ」

役人にうながされてお大名が奥へ歩みを進めると店中の客が壁にはりついてひざまで頭を下げ、モーゼの十戒のように道ができあがった。

お付きの者が席にピカピカの座布団を敷くと、それに座ったお大名は役人を呼び寄せ耳打ちをした。


すると役人は店の入り口で石のように固まっている主人と六兵衛に近寄り、二人にこう告げた。

「殿は甘いものを召し上がりたいそうだ」

「甘いものでございますか? いやー、うちはうどん屋でございますので・・・」

ここで六兵衛のデータベースがフル回転する。

「じゃ、あっしが急いで買ってきやす。近くにうまいわらび餅屋があるんで」


役人はちらりとお大名を見返した後しばし考えた。

「いや、殿はうどんをご所望である」


「でしたら、うどんとわらび餅をセットで・・・」

「甘いうどんを出せ」


「いや、違うだろ。もういっぺんお大名んとこ行って聞いてみろって」

とは口が裂けても言えない。


二人は考えた。うどんに蜜でもかければ甘くはなるが、味の保証はない。マズいもんを食わせたとなってはさらし首にならない保証もない。

正直に「ありません」と言ってしまうか?


ちらりと店の奥を見ると、にこりと笑って金色が手を振っている。

この状況で「ありません」は言い終わる前に心の臓が止まってしまうだろう。


そのとき店の外から物売りの声が聞こえた。

六兵衛はポンと膝を叩いて汗だくの主人に顔を近づけた。

「考えがある。先にどんぶり用意して待っててくれ」

そういうと急いで店を出て行ってしまった。


厨(くりや)に戻った主人がどんぶりを握りしめてそわそわしていると、裏口から飛び込んで来たのは六兵衛であった。

「ところてん買ってきたぜ」

両の手にダイレクトに盛られたところてんをどんぶりに投げ入れ、蜜をかければ「甘いうどん」の完成である。

主人はどんぶりを盆にのせてなにくわぬ顔でお大名に献上した。


「ほう、これが甘いうどんか」

役人も興味深々である。


お大名の食事中少し離れたところでそれを見守る主人と六兵衛。

針のむしろというのはこういう状況のことであろう。

うどん・・ということになっているところてんを箸で持ち上げてじろじろ眺めているのを見ていると、それだけで生きた心地がしない。


やがてお大名が二口 三口それをすすると役人を呼び寄せ耳打ちをした。

しかめっ面の役人がこちらに近づいてくるのを見て、二人の寿命は10年縮んだ。

「殿はたいへんお気に召したそうだ」

二人の寿命は5年ほど戻った。


「ところであぶらげがのっておらぬようだが」

「今お持ちいたします!」

主人はダッシュで油揚げを取りに行った。

「後乗せでございやす」

よくわらかない六兵衛のフォロー。


お大名は油揚げを箸でつまみ上げて不思議そうに眺めた後、またもや役人を呼び寄せ耳打ちをした。ジロリとこちらをにらむ役人。

さきほどいったりきたりした寿命も今日でおしまいか。


二人に近づいた役人はこう告げた。

「食事を外に持ち出せ。卓と椅子ごとだ」


これまで聞いたことがないが、おおかた新しい打ち首のやり方に違いない。

二人は涙をふいてうなずいた。



「殿は写真を撮りたいとおっしゃっている」

「写真・・・でございますか?」

この時代、日本にも写真の技術は入ってきていた。お付きの者に写真技師がいるというのだ。

撮影のためには陽の下で長時間じっとしている必要がある。そのためうどんを席ごと外に出せということであった。


「殿が食事をしているところを写真に収めるのだ」

「はあ、左様でございますか。それはなによりででございますな」

うどん屋の主人は状況を飲み込めずにいたが、とにかく首がつながったのはなによりだ。


「食事の様子を撮影し、将軍様にご報告いたすのだ。

 お気に召せば褒美がもらえることもある」

「褒美でございますか。

 失礼ながら、それはいかほどでございましょう?」



「言い値(イイネ) だ」




--- 了 -----

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たべろく 鈴木KAZ @kazsuz

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