マリーの部屋⑵



 いや、正確に言えば、私はこれほどまでに完璧な少女の部屋を見たことがなかった。私たちの生活は長いこと困窮していて、少女の頃でさえ、外で摘んできたしおれた草花より可愛らしい小物や家具を持つことは誰にもできなかったし、配給される服も全部古着で、お世辞にも魅力的とは言えなかった。古い書物や画像で、昔の女の子たちのおしゃれな姿を見るたび、みんなでため息をついていたものだ。

 だから、この部屋に入った瞬間——こんな緊迫した状況にもかかわらず私は、かつて少女だった頃に夢見ていた世界に迷い込んでしまったかのような、そんな錯覚を起こした。


「すごい……」


 それはグレースも同様らしい。思わずライフルを下げ、呆然とした表情で部屋の中を見回している。

 花の壁紙。窓を模した額縁の中に飾られた風景画と、絵本の入った本棚。その上には白い陶製の花瓶と、リボンの巻かれたふわふわのテディベア。テーブルに並べられた色とりどりのクレヨンと画用紙、ピンク色の花々の印刷されたマグカップ。まるで夢の中だ。何も恐れる必要のない空想の世界……私たちのただ一つの、完全無欠の、逃避先。

「待って、」

 床の上にとある痕跡を見つけた私は、途端に現実に引き戻され、グレースに警告の合図を出した。

 フローリングの上にぶちまけられた赤茶色の液体と、ティーカップの破片。その液体を踏みつけた小さな足跡が、部屋の奥の方へ続いている。目を向けると、子供が一人入れそうな白いクローゼットの扉が、ほんの僅かに開いていた。

「……」

 理由はわからないが、これまでの経験上、子供のスピーカーは単独ではあまり行動しない。観察する限り、スピーカーに捕らわれた子供は往々にして、はじめは人形のように無言で大人のスピーカーに付き従い、それからゆっくりゆっくり時間をかけて、彼らと同類になっていくものだ。

 物を言う、心のない屍。

 言葉こそが心を表すとしたら、彼らは……彼らの心は、一体どこにあるのだろう? 


「こん、にちは?」


 開いたクローゼットの中から聞こえたのは、今にも消えてしまいそうな、しかしそれでも言語としての機能を完璧に保った、囁くような幼い少女の声だった。



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