停止問題



 DTLという感染症の謎について、一つ、まことしやかに囁かれている噂があった。それは、「」というものだった。つまり、DTLは人工的に作られた病であり、その秘密を知る鍵は世界中に散らばっているというのだ。


 世界に数百カ所にも分かれて存在するその秘密の研究所の、データを全てつなぎ合わせることで、スピーカーの支配を終わらせることができる……

 

 誰が言い出したのかはわからないが、10年前に「サンチェス」と呼ばれるコミュニティが元テキサス州の研究所を捜索してスピーカーについての実験レポートを見つけ出して以来、それは私たちの世界ではほぼ真実に近い言い伝えになっていた。


「……」


 私たちは息を殺して、木々の陰から目的の建物を眺めた。丘の上に立つ研究所。資料によると昔、バイオマスから電力を生み出すバイオ発電所として建てられたという。しかし、文献には不審な記録がいくつもある。バイオマス研究には不必要なほど多くの職員に、不自然なほど慎重な運搬作業。偵察隊である私たちは、食料と資材調達のためにいつもより遠い街を探索していた時、ここを見つけたのだった。


「ねえ、アリシア」


 肩をポンポンと叩かれる。厳しい訓練を共にしてきた、親友のグレースだった。ハンドサインでこちらに聞いてくる。ゴーグルの奥の目が不安そうに瞬いている。

「本当に、やらなきゃいけない?」

「……」

 彼女はこの作戦に初めから乗り気ではなかった。研究所の周囲には徘徊しているスピーカーも格段に多く、確かにこの作戦は、普段の物資調達よりも格段にリスクが高い。全くの無駄骨となる可能性さえあるのだ。しかし、私は首を横に振った。

「やらなくちゃ、グレース。それに私たちがやらなかったとしても、きっといつか誰かがやることになるわ。それなら、早く調べて、情報を得るべきよ。大丈夫、私たちは何度も戦場を生き延びてきた。今回もきっと無事に帰れるわ」

「……」

 グレースはまだ迷っている様子だったが、最後にはこくりと頷いた。

 私は彼女に頷き返し、木陰から外に向けてライフルを構えた。



「隱ー縺狗ァ√r諢帙@縺ヲ縲∫ァ√r隕九▽縺代※!」



 スコープの中に映る化け物たちは皆、ほとんど人間私たちと変わらない姿をしている。

 けれど、その目は虚ろで。

 手には一様に、


「……」


 一斉に発砲される銃弾の音と共に、研究所の周囲のスピーカーたちが次々と地面に倒れ伏せる。

「クリア!」

 班員のハンドサインも、今や見るだけで、頭の中で声が響いて聞こえるほどだ。誰かが手を少しでも動かせば、気配でわかる。いつのことだったか、グレースがふざけて「私たちはもう野生動物並みに感覚が鋭くなっている」と言ったが、実際その通りだ。この異様な静けさに包まれた日常を過ごしていれば、本能のままに叫び続けるスピーカーを察知することなんて、もう目を瞑っていてもできる。

 私たちは二人ずつに分かれて、研究所の中へと侵入した。私のパートナーはグレースだ。各組の一人が携帯端末を持ち、他の組と連絡をとることになっている。私はポケットに携帯端末があるのを再確認し、グレースの後に続いて割り当てられた階へと向かった。

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