4月1日に不思議ちゃんと出掛けたらしゅうまつ爆発した。

ふじっこ

第1話 君と過ごす週末。

 ~前書き~

 筆者は引きこもりなので夏でも余裕で春の話を上げます。

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? 年 ? 月 ? 日 天気:晴

 むせかえるような色と匂いに染まった部屋の中。

 外を見れば腹が立つほどに朗らかな陽気に包まれた“しゅうまつ”が広がっている。

 

 空は画用紙を貼り付けたかのように澄み渡り、

 海は美しい白と青のコントラストを奏でる。

 

 木々は新しい緑に燃え、

 太陽は今日も神秘的な半円を描く。

 

 だがいつか降り始めた心を浸す黒い雨が降り止むことはない。

 

 きっとこれからも降り続くだろう。私の命が尽きるその時までは。

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 2020年 4月1日 天気:晴

 私の人生の中で一番幸せを感じられる日だった。(最もこれから毎年この4月1日に幸せの最大値は更新されるだろうが……)


 そう、今日は友人に「告白するなら今日しかないっしょ! 」とたきつけられエイプリルフールにしたがために嘘告白ともとられかねない私の告白が実を結んでの一周年記念日である。


(その友人には”おはなし”して分からせてやった。ちなみに今も関係は良好である。)

 

 灰色しかない”世界”というパレットに色鮮やかな絵具が追加されていくような幸福な日々。


 彼女は少々浮世離れしがちなところがある(そこも可愛いのだが)ため周囲から孤立しがちだったが、私と付き合っていくうちにその体質も改善され、良好な人間関係を築けているようである。

 

 そんな幸せの絶頂にある私達を包むかのように今日は清々しい天気だった。


 小鳥が爽やかな朝を歌い上げ、太陽が温かな春の陽気を醸し出す。そよ風に揺られた葉の出迎えを受け「今日は外に遊びに行こう」「Seyana…? Soyana… ええなぁ(唐突)」なんて他愛のない会話をしていたとき、

 

「新たな4の月を迎える時、闇に包まれるべき穢れた醜い青に染まった天蓋は陽に包まれ、古き世界は淘汰されるであろう! 現在我々……」

 

 大枚はたいた薄型の液晶からそんな報道が聞こえてきた。思わず笑ってしまった私とあまりにもバカげた報道に驚きを隠せない彼女の可愛らしい顔。根拠のないありふれた終末論を背にして私達は出かけた。

 

 ……のだが、そのあとからずっと彼女が何か思いつめたような顔をしているような気がする。何かやらかしてしまっただろうか? 明日それとなく謝っておこう。

 

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 2020年 8月15日 天気:曇り

 

「来年の4月1日に世界は何らかの原因で滅ぶ」

 

 今時、都市伝説特集の番組でもやらなそうな陳腐な予言を信じてしまっている人が最近いるらしい。


 にわかに信じたいことだが、国会議事堂の前で起こっているデモは自殺幇助を無罪とする法律案に対するものらしい。心なしか最近物騒な報道が多くなっていたような気がする。

 

 新興宗教関係者の集団自殺事件や一家心中が立て続けに起こり、「最期位なにしたっていいだろ!」と意味不明の供述をする連続婦女暴行犯が現れる。少し前までの平和な日本はどこに行ってしまったのだろうか?  

 

 彼女を

 

 幸せな日々を

 

 そして光に満ちた私達の未来を守るために

 何か備えておいたほうがいいかもしれない。

 

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 2020年 12月20日 天気:曇り時々雨

 日々増えていく自殺、事件の報道。

 

「天啓を得た!」と突然叫び始める狂人の群れ。

 

 混乱と混沌

 狂乱と狂騒

 

 シェイクスピアの言葉を借りるならば世の中の関節が外れてしまったかのようだ。さらには彼女の様子が最近おかしくなってきている。


 邪悪な神性がどうたらこうたら。いつから私の彼女は中二病になってしまったのだろうか? (もとからそのような素質があるような気がしないことが無くも無いことが無い。)それにしたって心配だ。外で騒いでいる狂人どもと同じようなことを言い出しているのだから。

 

 近くの精神科を訪ねようにも院長が行方不明になっているらしい。最近は著しく治安が悪い為、遠くの病院に行くのは危険が伴う。あまり得策であるとは思えない。これまで彼女は身寄りのない孤独な私を支えてきてくれた。今度は私が彼女を支える番だ。

 

 それはそうと最近奇妙な夢を見る。無数の亡骸に囲まれ、黒い靄のようなものを生み出し続ける醜悪な悪魔の夢。それになぜかソイツから”親近感”のような、”なつかしさ”のようなものを感じることもある。


 幼いころ火事で両親を亡くしてきてから奇妙な夢を数多く見てきたが、こんな気分に陥るのは初めての経験だ。

 

 正直不気味だが夢の中で何かが出来るわけでもない。それにたかが夢の中の出来事なのだ。気になるが気にしないようにしよう。

 

 

 

 私の中に夢で感じた妙な気配が息づいているように感じるのは気のせいだろう。そういうことにしておこう。

 

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 2021年 2月2日 天気:雨

 ここ数週間で世界はいっきに崩壊へと向かっていっている。ローマ教皇の自殺。それの後を追う形で数億人が亡くなった。

 

 増え続ける暴動や紛争、すでに機能を失った行政機関。


 報道する人手がもういなくなってしまったのだろうか? テレビは砂嵐をうつす置物となってしまった。もっともその砂嵐も今日止んでしまったのだが。

 

 電気が供給されなくなったのだ。水道が止まってしまうのも時間の問題だろう。水の準備をしておかなくては。

 

 遠くから聞こえる爆発音。その数時間後にやってくる黒い粘ついた雨を降らす雨雲。一昨年彼女と見た核爆弾の悲劇を描いた映画とよく似た状況である。

 

 うかつに外を出歩けない。

 情報発信源は沈黙している。

 目に見えた詰みがすぐそこまで迫ってきている。

 

 彼女は最近よく眠れていないようだ。口数も少なくなってしまった。私にはただ常にそばにいて言葉をかけ、抱きしめてやる事しか出来ない。無力な自分に嫌気がさす。どうにかして笑顔の花を咲かせてやりたいものだ。

 

 かくいう私も限界が近いのかもしれない。


 悪夢は見なくなったものの心の中に邪悪な何者かが根を張り、深い闇に引きずり込もうとしているのを感じる。ネガティブな言葉がとても甘美に思えるのだ。

 

 ……こんな泣き言を言っている場合ではないのだ。私が希望を持たなくてどうする! 

 そうだ希望だ! 希望を抱き続けるのだ! 

 あの妙ちきりんな悪魔に惑わされてはいけない! 

 

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 珍しく天気がいい。梅雨前線がフライングしてきたのかと錯覚してしまうほど雨続きだったが、そんな雨雲も一回休憩。それにあの黒い雨もここ数週間全く降っていない。

 

 ようやく希望が見えてきた! 今日は4月1日である。今はもう沈黙している世間様に浸透していた予言の最終日だ。


 やはりこの日が世界終焉の日だとは思えない。

 

 小鳥は……もう歌わないが、

 太陽の日差しは温かな春の陽気を醸し 

 そよ風に黒く変色してしまった葉が揺れる。

 

 この世界に私と彼女しかいないような深い沈黙と体の内側から突き刺されているような痛み。放射線に侵された感覚器官を除けば、1年前の1周年記念日とそう変わらない穏やかな週末がそこにある。

 

 それに、今日を乗り越えればこの胸の内に巣くう深淵が消えてなくなる奇妙な実感にも似た確信があった。


 思えばエイプリルフールに告白したがために嘘告白だと思われてしまった私の思いが実を結んで早二年である。特にこの1年間は激動だった……。ちょうどいい、絶望的な終末を生き残ったことと、私達の2周年を祝う祝砲でもあげようか。

 

 鼻歌交じりに用を足し、リビングに戻ってきた私の網膜に飛び込んできたのは……

 

 人類の過ちを体現したかのような妖しげな黒光を放つ“ケンジュウ”を咥えた君の姿。

 

 硬直する思考と体。しかし焦燥と君への小汚い執着が凍った体を溶かす。


「何をしているんだっ!!」

 

 死への致命的な一歩を踏み出そうとする右手をつかむ。しかし、拒食によって骨と皮だけになってしまったその細腕のどこにそんな力があったのか? 突き飛ばされてしまう。

 

 反転する世界。

 

 受け身をとることもできずに頭から落ちる私の身体。


 とたん、マグネシウムの燃焼のような激しい閃光が辺り一面に広がり、ボロボロになった痛覚が重低音の悲鳴を上げる。

 沈黙した世界に響き渡る君の狂笑。


 いつ身につけたのか分からない射撃技術によって四発の弾丸が両肩、両腿に吸い込まれ私はでくの坊と化し無力化された。

 

「ふふ……うふふふフフフフフフフフフフッ……」


 狂気を帯びた唇が場違いなほど奇麗な三日月を描く。

 

「ワタシハッ! 神託ヲ賜ッタ! 此ノ壮大ナル大地カラ我々人類ハ淘汰サレ! 新タナ超常存在ガ此ノ世界ヲ支配スル! 新タナ世界ニ人類ハ不要ナノダ! 」

 物静かな普段の姿からは想像もつかないような凄絶な叫び声とあふれ出すドス黒い狂気、そして私からあふれ出た真っ赤な花園が静謐な部屋に広がっていく。


 やがて私に向けられていた銃口はまた持ち主の頭に向けられ……。

 

「よせっ! やめろっ! とまれぇ! とまるんだっ!」


 気力だけで動いていた右手がやっと彼女の足に届く。

 

「俺を残して……逝こうっていうのか……? なぁ……答えてくれよッ?! 」


 何も聞こえていないのか、はたまた聞く気が無いのか。反応はない。

 

「なんでそんなこと言うんだ?! 二人でこの終末を生き残ってきたじゃないか?! 」

 

「ウルサイッウルサイウルサイうルサイウルさいうるさいッ」


 力なんてこもっていない、君の足に添えられただけの手は簡単にはねのけられてしまう。 

 

「生きろよ……生きて生きて生きるんだッ! 」


 でも……。たとえこの無力な手足が届かなくても言葉はきっと届くと信じているから。 

 

「死んじまったら全部おしまいだろ! みっともなくとも、つらくても、かなしくても生きろよ……ずっとそばにいてやるからさぁッ」


 言葉すら止めたらどこか遠くに行ってしまうから。

 

「自分を愛している人すら遺して置いていくっていうのかッ?! 絶対に許さないぞ。死んでも許さんッ! 自分だけ楽になるんじゃねぇ! 逃げるな!」


 君無しじゃ生きていけないから。

 

「泣いて……悲しんで、恨んで、苦しんで、悩んで諦めて困って期待して失望して……」


「止めろッ! 来るなッ! 来るなアッ」


「そっから……ッ! 喜んで、笑って、憧れて、好んで愛して満たされて……」


「……グっ…うっ」


「そんでもって……」

 

「生きろ!」 


 一筋の涙が流れる。そして……

 

 君は吊るされていた糸が切れたように倒れた。辺りからはずっと感じていた邪悪な気配は消え去った。さんざん私達を苦しめた元凶にしてはあっけない終わり方だった。


「うっ……私は……」

 

 ほどなくして君の瞼が花開く。美しい理性を宿したその瞳が私の顔をうつす。


「全部終わったんだ! 何もかも全部! もう心配する事なんてない! ほら、外を見てみろ! あんなにも美しい夕焼けが広がってる! 俺たちを遮るものは何もないんだ!」


 だがなぜだろうか? 妙な胸騒ぎがするのは。

 

「今日は2周年記念日だ! 食料は少し心もとないけど今日はパーティーにしよう!」


 子供のようにはしゃぐ私と対照的に、君の瞳にうつる私の虚像はぼやけ霞んでいく。

 

「なぁ!? なんで泣いてんだよッ!? 」


 分からない。分からない理解できない想像できない。


「あなただけでも……生きていてくれて……良かった……」

 

 

 

「は?」


 パンッ! 何かがはじけるような音が、

 君から聞こえた。

 正体不明の幕切れの一撃は女神の如き慈愛をたたえた美しい顔を吹き飛ばした。

 

 役目をとうに終えていた四発の空薬莢が君から咲き誇る深紅に浸される。


「なっ……うそだ……そんなことがあるはずが無いッ! なぁそうなんだろ! そうなんだよなあ!?」

 

 けれども現実はどこまでも残酷で。

 一度確定した事象が覆る筈もなくて。


「こんなことが許されるはずないだろオッ! ふざけるな! ふざかるなあアッ!」

 

 言うことを聞かない体を引きずって君“だったもの”を抱く。黒く枯れ始めたアカイハナと突然咲き始めた美しいアカが混じり合い、絡み合い、溶け合っていく。

 

 せめて愛する人の目を閉じさせてやりたい。そう思い顔に手を伸ばしたが……閉じるべき目はすでに存在していなかった。

 

 まだぬくもりが感じられるその体を抱きながら、私は泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……どれ位時間が経ったのだろうか? 

 嗚咽というソロが静寂という伴奏にのって一人だけのコンサートホールに響き渡る。悪夢はいまだ醒めないらしい。

 

 希望は私を残して逝ってしまった。今だけはこの胸の内に巣くう、ほの暗い願望だけが愛おしい。もう旅立とう。

 

 幸いにも君が残してくれた“切符”があと一発だけある。

 

 

 

 拳銃を自らの額に押し付ける。冷たい。

 

 

 

 涸れた筈の涙があふれ出る。

 

 

 

「喜びの涙」

 

 

 

 

 引き金にかけた人差し指に力が入らない。

 あともう一歩が踏み出せない。

 暗闇が消えていきその代わりに生きる事への喜びがあふれ出る。


「あれ……おかしいな……」

 

 悲しみと喜びのデュオは不協和音で体を支配する。

 窓の外には旅立ちを祝う/呪うかのような赤い太陽が地平線から姿を現した。

 

 4月1日は終わったのだ。

 突然やってきた嘘っぱちの終末論とともに。

 

 

 

 止んだはずの黒い雨が再び降り始めたような気がした。


 ───────────────────

 ~後書き~

 終わりません。

 

 

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