蟲毒の街
いつみきとてか
蟲毒に生きる
夜鷹と鷂のツガイは空を見上げ薄汚れた酸雨の降る街を連理比翼で飛び回る。
晴れ渡る空を飛び回ることを夢に見てはバラバラの体躯で駆ける。
鷂の体は餌の為に殺してきた生物の血で汚れ美しかった体はいつの間にか赤黒く赤銅色の体をしていた。それでも夜鷹はそんな鷂に身を寄せる。
きっとその光景を憎むものが現れるまで空を高く高く飛ぶのだろう。
もし、連理比翼が断たれ片翼となった鳥はもう二度と空を飛べぬのだろうか、汚泥に落ちたその体を這い蹲ってどこへいくのか。
死ぬのだろうか。
生きていくのだろうか。
1
その日は珍しく雷雨がやけに強い日だった。
雨は音という音を消し小話程度であればかき消してしまうほど大降りで街行く芥の人は流れを形成しそれぞれの帰路を形成する。しかし、それは大通りでの話。
大通りの一本入った天海通りと呼ばれる。通りの長さにして約三キロの通りは大通と同じほど大きな幅を持ちながらも大通りの人とは明らかに異なる人種が息巻いている。反社会的な勢力。反人間的な勢力。
溝に詰まり人間性が腐った塵屑達が行きつく血と肉の土地。
土地を腐らす腐葉土がそこの通りには形成されていた。
化粧が崩れた狂った娼婦。誰かの肉体であったであろう眼球や腸。吐瀉物と血の混合物で汚れた道端の電柱。
冷たく発光する怪しげな青色看板の有機LEDが一人の大男が持つ鋼鉄の頭蓋を照らす。
鋼鉄の頭蓋の表面に処理された複雑な電子回路版のような刻印は男が【青面金剛≪せいめんこんごう≫】ブルーノ・ブルーその人だと証明する。
地位も金も女も欲しいものはすべて手に入れてきた。鋼鉄の頭蓋も、鋼鉄の腕も全ては【青面金剛】の名と暴力の元に奪い取った。
しかし、手に入れてたとして女の渇きはうるおせない。
目に付いたにいた女を一人、鋼鉄の腕で抱き寄せ路地裏に入る。女に拒否権などなく目を瞑り只々嵐が去るのを女は心の底から願うしかない。
凍てつく指が女の胸から股、臀部へと這う。柔らかく温かい感触は感覚モジュールから【青面金剛】の脊髄に取り付けられた統制デバイスを通じて脳へとその感覚を送る。
――あぁ、なんと滾ることか。
ブルーノは路地の奥の奥へと歩き人目のつかない袋小路の場所まで女を連れまわす。
引っ張る力が強すぎたのか、途中で女の悲鳴が聞こえるが彼それすら良しと尚のこと滾った。
「やめて、私は警官で――」
女が何者であってもここでは関係ない。
ブルーノの腕は女を抱くのにはまったくといっていいほど向いていない。彼の腕は戦闘の為のもので彼が気を抜けば生身の腕など骨を粉々に潰せてしまうほどで、出力は出鱈目であり、調整をするつもりも彼はない。
「女、服を抜げ」
まるで盛ったサルのような目つきでブルーノは女を見つめ服を脱ぐようにドスのきいた声で発する。
女は歯をガタガタと震わし、涙をダラダラと流しながら首を縦に振る。しかし、右手が一向に動いていないところをみると先ほどの乱暴で腕が外れたか、粉々になったのだろう。
――なんといいことだろうか。
その行動がブルーノの嗜虐心をくすぐる結果となるも女は未だに服を脱げずにいる。 痺れを切らしたブルーノが乱暴に女の服を裂くと女は硬直する。
もぎ取るように薄水色のブラジャーを引っ張りホックを壊す。
あらわになった体は汚れているとは言え白桃のように赤白い乳首、滴り落ちる涙が張い細くしなやかな体を這って臍で止まる。
ブルーノは屈み。眼前に女の薄水色が映る。
微かにだがアンモニアのニオイは刺激があるが血肉のニオイよりはずっといい。
田舎クサく汚れに対し最大限の拒絶反応を示しているが、隠すことにも必死。
警察といったのは本当だろう。さぞ正義感や使命感に駆られているのだろう。
かわいそうで哀れな女。なんと美しいことかとブルーノは思う。
――さぁ、食らってやろう。
ブルーノが女のパンツを生えそろっていないであろう陰毛をごと噛みつきパンツと陰毛を食い千切る。
悲痛な女の叫びが聞こえる。
「あぁ、いい。いいぞ。そうだ。そうだ。ここは怖いだろう。泣き叫びたいだろう。いいぞ。いくらでも叫んでも泣いてもいいぞ」
立ち上がり。
口を数回動かすと口に含んでいたパンツと陰毛をブルーノは食らっていた。
生き生きと女の腰に手を伸ばしイチモツを陰部に擦りつける寸前でブルーノは今までの動きとは比べられないほど俊敏に女の背後に移動し女の背に大きな図体を隠す。
「誰だ」
短くそう発する。女には訳も分からなかったが自分達が通ってきた道に誰かいる。
大きな輪郭が闇の向こうに見えた気がする。
目を凝らそうとすると闇の中から紫電が道を塞ぐように横に流れ壁の看板へと走っていく。
看板は点灯し赤色電光が暗い道を照らす。そして、理解できる。
「かの九頭竜会≪くずりゅうかい≫。一頭竜≪いっとうりゅう≫【青面金剛】も女を盾にするなどという女々しい行動をとるのだな、青面金剛など聞いてあきれる」
一人の男らしき人物がそこにはいた。百八十センチメートルぐらいの身長に恐らく黒染めの雨具を着ている。
男の腰辺りに膨らみから見るに武器を所持しているのが見える。恐らく太刀などの刀剣類。
雨具の上からのぞき見える程度でもわかるその男の鍛えられた両足、そして何よりよりも男の持つ独特な雰囲気がブルーノは気になった。
力強く鋭い刃のような雰囲気ではあるがどこか温かみを感じる。
「青面金剛だと知っての行いか?」
雨具の男はフッと一笑すると構えを見せる。
構えといっても刀剣を抜くようなそぶりをせず右足を後ろに引いたほど。
「どこの誰とも知らぬが、あぁそうかい。よっぽど死にてぇらしいなぁ」
目が一瞬青白く光る。
「青面金剛か、お前はいつも青ざめた顔をしていたからなお似合いだ。ルウ・ドゥーム」
「おめぇ、その名前どこで」
一歩、ブルーノが女を退けて前へと出ると異音を立てて彼の背中から鋼鉄の腕が四本飛び手てくる。
青面金剛の所以たる姿が現れる。彼は呼び名の通りに六臂の体に青色の線が顔に幾つも浮き上がった。光は彼の内部でため込まれた紫電の塊。恐らく体内のどこかに発電する機関があるのだろう。
聞く気もない質問をぶつけ終わるとそこからのブルーノの六臂が動く。
神速の殴打こそ彼の強さ。神速へと至る歩法こそブルーノの神髄。
両足を曲げ腰を下げ倒れるように体を前に出すと地面を蹴った。コンクリートが砕け地面にたまった水が目線の前まで跳ね上がる。駆け引きなしに間合いを詰めた。
自身の制せる空間に敵が入る。
繰り出される鋼鉄の拳は苛烈にして鮮烈な攻め、攻撃が最大の防御かと言わしめる連打殴打の数。
仮に刀剣で切り付けたとしても鋼鉄製の腕だ。
切られても経費。
切れなくても経費。
「雲耀【紫電閃】」
迫りくる暴雨に対し短く雨具の男はそう言い放つ。
――その技はまさに雲耀。
雨具の内側から紫色の雷が落ちたと錯覚さえ覚えるような一閃がブルーノに対し放たれる。
放ったのは雲耀の斬撃。
鋭く片刃の日本刀が紫電の光を纏いそれ見事な左逆袈裟。
ブルーノの左手首一本を巻き込み左脇下から紫電は侵入し肝臓を通り肺。そして確実に心臓と彼の動きの動力源を斬りつけ右肩上へと抜けていく。
骨や油、合金すら焦がしながら断たれた体が二分割される。
「お前がまさか生きてるとはな、【帝釈天】様よ」
完全に死ぬ間際にブルーノは短いメッセージを雨具の男にぶつけた。
男に何かしらの感情が動いた気配すらありはせず、刀を鞘へ納める鍔鳴りが雨音をの中で明確に聞こえた。
「その名も捨てた。唯々俺は残った一匹の害虫だ。作り出した者を食らう。龍から吐き出た獅子身中の虫の一匹だ」
一つの出来事が終わる。すると人は自分の命を生かす考えを働かせる。
例えば【青面金剛】に連れてこられた女など。
「わ、私は警官で!」
裸の女は生まれたての小鹿のように立つ。警官だから見逃される謂れのない通りで何を言うのだと発言してから気づく。
「警官だからと言って生かされる場所ではないことはわかるだろう。雨具の予備を渡す。体をこれで隠せ。天海通りを抜けるまではエスコートしよう」
雨具を着た男はどこからともなく畳まれた雨具を女に投げ渡す。
受けとった女は面食らった顔で男をみる。この地獄以上の場所で良い人などいるはずはないと先輩警官には言われていた。
なのにこの男はどうだろうか。信用に足るのか。
信用に足らないにせよ。女は従わない通りはなかった。裸では始まらないと雨具を着て破かれた服から貴重品と警察の証を手に取ると男はスタスタと歩き出した。
女は遅れまいとすぐ後ろをついてあるいく。
不思議なことに天海通りからすぐに出てることができた。
あと数歩で大通りに出れるところで男は反転し女を見ると「行け」と言わんばかりに圧を飛ばしてくる。
「お前にここは向いていない人間だ。今日の事は忘れて二度と天海に足を踏み入れるな」
光に背を向けた男は悲しそうで泣きそうな印象を女は受けた。
でも、どうしようもできない。
どうしようかできる力もないのだから。
女は歩き大通りに入る寸前で男のほうを向く。
「私は公安九課のエルラ・エレキシュガルといいます。その……ありがとうございました。お名前だけでも伺ってよろしいですか?」
「かかわりなど持つなどと考えるな。もう行け」
男の催促にエルラは頭を下げて光度の強い大通りの中へと消えていった。
男は天海通りに向け歩き煌びやかな光などない暗い暗い闇へと消えていく。
どこからか、鍔鳴りが四回響いた気がした。
蟲毒の街 いつみきとてか @Itumiki_toteka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。蟲毒の街の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます