あぶくたった

無月弟(無月蒼)

あぶくたった

♪あーぶくたった 煮えたった 煮えたか どうだか食べてみよう

♪むしゃむしゃむしゃ まだ煮えない



 今でも時々思い出す、小さい頃に歌った、『あぶくたった』という童歌。

 私の通っていた保育園では、この『あぶくたった』の歌に合わせた遊びをしていたのだけれど、これって有名なのかなあ? 何となくだけど、『かごめかごめ』や『花いちもんめ』の遊びほどは、有名じゃないような気がするんだよね。


 その遊び方というのは、まず鬼を一人決めて、鬼になった子はしゃがんで、両手で顔をかくす。そして他の子は、鬼を囲んで手をつなぐのだ。この辺は、『かごめかごめ』の遊び方とも似ているね。


 そして鬼以外の子は、歌をうたいながら、歌に合わせて、手を繋いだまま、鬼の回りをぐるぐると回るのだ。


♪あーぶくたった 煮えたった 煮えたかどうだか食べてみよう


 こんな風に歌った後、鬼の方を向いて、食べる真似をする。


♪むしゃむしゃむしゃ まだ煮えない


 そしてまた歌いながら、鬼の回りをぐるぐると回る。これを数回繰り返した後、一部を変えた歌を歌う。


♪むしゃむしゃむしゃ もう煮えた


 鬼以外の皆は、ご飯を食べるマネをした後、歌の続きを歌う。


♪戸棚に入れて 鍵を掛けて ガチャガチャガチャ

♪御飯を食べて ムシャムシャムシャ

♪お風呂に入って ゴシゴシゴシ

♪布団を敷いて さあ寝ましょ



 しゃがんで目を閉じて、両手を合わせて、寝るマネをする。


♪おやすみなさーい


 おやすみなさいと言っても、横になる訳じゃないんだけどね。寝たと言う設定になるだけ。

 で、皆が寝た後、今度は鬼の出番。鬼は輪の外側に出て、輪の外から内側に向かって、ノックのマネをする。


「トントントン」


 寝ている子たちは、答える。「何の音?」って。


 この時鬼は、「風の音」とか、「犬が来た音」とか答えて、寝ている子たちは、「あーよかった」と言ってまた寝る。風の音や犬が来た音なら、怖いことなんて無いものね。

 だけど怖いのはここから。鬼はどこかのタイミングで、「鬼が来た音」や、「オバケの音」等、怖いものがやって来た事を表す音を言う。


 そこから、追いかけっこが始まる。鬼以外の子は、「キャー」って悲鳴をあげながら、鬼から逃げ回る。そして鬼に捕まった子は、次の鬼になって、また最初から繰り返す。


 言ってしまえば、前置きが長いだけで、やってることは鬼ごっこと同じ。だけど私は鬼ごっこよりも、この『あぶくたった』の方が真剣に逃げていたと思う。何だか本当に、鬼やオバケがやって来て、追いかけられているような気がして、怖かったんだ。


 そんなもんだからよく、怖がりだなんて言われていたけど、仕方ないじゃない。本当は鬼もオバケも来ていないって言うのは分かるけど、理屈なんて抜きにして、怖いものは怖いのだから。


 そういえばこの、追いかけっこの始まる合図の、怖いものの音って、人によって何を言うかが違ってたっけ。鬼やオバケが定番だったけど、中には怪獣が来た音、なんて言う子もいたと思う。

 犬が苦手な子は、犬が来た音と言っていたけど、犬なんて全然怖くない。むしろ可愛いって言う人もいるから、そう言う時はもめた。やっぱりちゃんと皆が皆怖いってわかるものを言わないと、ゲームにならないよね。


 だけど中には、満場一致で怖いって認定されるものもあった。それは、「浜田先生が来た音」。浜田先生と言うのは、私達が通っていた保育園に勤めていた女の先生で、よく大きな声で、イタズラをした子を叱っていたっけ。もちろんイタズラをした子が悪いんだけど、怒った浜田先生はとても迫力があったから、皆から恐れられていた。

 だから「浜田先生が来た音」の時は、皆全力で逃げた。それはもう、鬼が来た時やオバケが来た時よりも、ずっと真剣に。


 今思い返してみたら、これってすごく失礼だったと思う。浜田先生、ごめんなさい。

 そしてこの話には、もう一つ続きがあるの。保育園には浜田先生の他にもう一人、松本先生と言う女の先生もいた。そして『あぶくたった』で遊ぶ時は、「松本先生が来た音」と言う子もいたのだけど、その時の皆の反応は、「あーよかった」だったのだ。松本先生、あまり怒らない先生だったから、皆怖いイメージなんて無かったのだ。だけどこれを聞いていた浜田先生は、いったいどう思っていただろう?

 浜田先生、本当に……本当に本当にごめんなさい。


 子供の無邪気さって、時にすごく残酷だよね。まあ、こんな事をやっていたのは、私達なんだけどね。


 さて、ここまで説明してきたけれど、この『あぶくたった』、実は私は、あまり好きじゃなかった。

 これは決して、追いかけっこが苦手だったとか、皆で手を繋いで歌うのが恥ずかしかったと言う理由じゃない。


 いつだったかなあ、お昼寝の時間だって言うのに、皆でいつまでもこの遊びをやっていたら、浜田先生が怒っちゃって、こんな事を言ってきたのだ。

 この歌を何度も歌っていると、何度も遊んでいると、本当に鬼やオバケがやって来て、悪い子を食べちゃうんだって。それは私達をおとなしくさせるために言った、ただの子供だまし。今ならそう思うけど、当時の私は本当に怖がりで。素直に先生の言うことを信じて、慌てて布団に入って、ガタガタと震えていたっけ。


『あぶくたった』を苦手になったのはそれから。高校生になった今では、もちろんこの歌を聞いて本気で怖がるなんて事はないけれど、やっぱり少しの苦手意識はあったりする。

 だけどまさか、この『あぶくたった』のせいで、あんな体験をすることになるだなんて。


 これは私の身に起こった、不思議な出来事。事の始まりは、友達がネットで見つけた、あるオカルトブログがきっかけだった……

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