もうひとつの卒業式

工藤銀河

第1話 卒業式

校舎を出ると、桜並木とたくさんの人で校庭が埋まっていた。

「卒業おめでとー」

「写真撮ろうよ!」

そう、今日は高校の卒業式だ。

今まで一緒にいた仲間との別れもあるが、俺は別のことで涙が出そうだった。

この俺、青葉慎二は、今までで一度も…


彼女ができた事がないのだ。


高校生になったら一人はできると思っていたが、勇気がない事と、どんな人にも同じような対応をしてしまうため、誰からも恋愛対象として見られないまま、こうして卒業式を迎えてしまった。

「おーい、慎二!写真撮るぞ!」

「あ、うん」

パシャッとスマホのシャッター音が響くたびに、写真では笑っているのに、泣きそうになる自分がいた。


これで俺の青春終わりなのかな…

そう思っていると、頰に何かを感じた。

それが何かは確認するまでもなかった。


「よっしゃ、じゃあ2組は7時に店集合な!」

「了解!」

「いくら持っていけばいい?」

そうだ、今日はこれから打ち上げなんだ。

俺はそう自分に言い聞かせると、自分の気持ちから逃げようとした。


その時だった。

俺のポケットの中でスマホが揺れた。

なんだ?と思いながら、画面を見ると、

「今から部室で会えますか?」

後輩の柚葉からだった。

なんだろうと一瞬思ったが、多分花とかを渡すのだろうなと思い、

「悪い、ちょっと言ってくる」

「どうした?」

「後輩から部室に来いって」

「ああ」

そう言って校舎に向かった。

俺は文芸部で、部員は一人だった。

柚葉が入ってくれなかったら、廃部になっていた。

とても先輩想いのいい子なのだが、さすがに花を一人の、しかも異性の先輩に渡すのは恥ずかしいのだろう。

そんな事を考えつつ、俺は部室に向かった。


部室のドアを開けると、彼女は一人で立っていた。

でも、手に花束などは持っていなかった。

「先輩、ご卒業おめでとうございます」

「あ、ありがとう」

「あれ?先輩、卒業式泣きました?」

「いや、泣いてないけど?」

「だって目の下、赤くなってますよ?」

柚葉にはすぐに気づかれてしまった。でも、涙の本当の理由なんて言えるわけがなかった。

「あ、うん、やっぱりちょっと悲しくてさ…」

咄嗟に嘘をついた。すると彼女は、少し俯いて

「私だって悲しいんですよ?」

「え?」

「先輩と会えなくなっちゃうんですから」

その言葉を聞いた瞬間、胸がドキッとした。

「お、俺と会えなくなるって悲しいのか?」

思わず俺はこんなことを聞いてしまった。

自分でも変な事を言ってることはわかってた。

でも、自分に会えなくなる事を悲しいって言ってくれる人がいることに、俺は驚きを隠せなかったのだ。

「悲しいって。そりゃそうですよ、悲しいですし、寂しいです。」

「そっか、ありがとな」

俺は柚葉にそういうと、少し落ち着いたら教室から出ようとした。これ以上いると柚葉にも迷惑だろうし、なによりも気まずかった。そして俺は振り返って歩きだした。


「待ってください先輩!」

柚葉が俺を呼んだ。でも俺は気まずい空気に耐えられず

「ごめん、また今度な」

そう言ってドアに手をかけた。

「逃げないでください、先輩」

その言葉で俺は止まった。別に怖いとかじゃない。でも俺の体が勝手に止まったのだ。

「先輩、私、伝えたい事があるんです。それも今じゃないと駄目なんです。」

「わかった。聞くよ」

柚葉とは2年近く同じ日々を過ごした。だからこそわかる。

この話は、本気だという事が。

「先輩、私の目を見て聞いてください」

その目は少し潤んでいた。

「そんな顔してみないでくださいよ」

「あ、ごめん」

少し真顔になりすぎたと自分でも思った。

「先輩は真面目で素直な人ですから、顔に出やすいですね」

柚葉はそう言ってすーっと息を吐くと俺の顔をしっかり見ながら


「私、ずっとずっと、ずーっと、先輩の事が好きでした」


俺は、その言葉に対する驚きと動揺が隠せなかった。

「………」

だから言葉も出なかった。

「動揺しちゃってますね先輩、まぁ毎日先輩の事見てましたし、気づいてましたよね?毎日見つめられていたら、わかっちゃいますよね」

確かに視線に気づいてはいた。

でも、それはあくまで部活の先輩として見ていてくれているんだろうとしか思っていなかった。

「えっ…いや…」

ようやく言葉が出た。

「もしかして気づいてなかったんですか?」

「あ、えっと…ごめん」

「ふふっ、素直ですね先輩。そんなところも好きですよ」

「本当は、まだ実感が湧かないんです、また明日になれば、また先輩に会えるんじゃないかって、まだそう思っている私がいます」

すると彼女は少し下を向いて

「ねぇ先輩、私と初めて出会った時のことを覚えてますか?」

俺は少し落ち着くと、頭を整理して、

「覚えてるよ。確か、新入生歓迎会の後の部活に来てくれて、部活に入りますって言ってくれた時だよね?」

「ブブーッ、惜しいけどハズレです。その時は2回目で、最初に会ったのは私の入学式の次の日なんですよ」

「えっ!そうだっけ?」

いつのことだろう?

「ごめん、俺てっきり…」

本当にわからないし思い出せない。

「覚えてなくても仕方ないです。あの時の私、髪おろしてましたし、眼鏡もかけてましたから」

「俺、何かしたかな?ごめんね、本当に思い出せないんだ」

「先輩は校舎で迷子になってた私を助けてくれたんです。先輩は優しいからいつものことって感じだったかもしれませんけど私、本当に助かったんです」

普段している何気ないことを覚えてくれてる人がいる。俺はなぜか少し嬉しくなった。


「だから私、文芸部に入ろうと思ったんです。こんなに優しい先輩がいる部活なら、絶対いい部活だろうなって」

「優しくなんかないよ。ごめんね、部員一人しかいなくて…」

「そんなことないです、一人だったからこそ、先輩と近づけたんですから」

そうだ、それから俺はたった一人の後輩をものすごく大切にした。文芸部のことはもちろん、学校の勉強も、俺に教えられるところは教えた。そのこともあってか、柚葉は学年の中でもトップクラスの優等生になった。


「ほんとはもっと早くに言うつもりだったんです。でも、勇気がなくて…」

少し胸がドキッとした。勇気がなくて気持ちを伝えられないと言う事が自分には痛いほどわかるからだろう。

「でも、言わなかったら絶対後悔するだろうって、そう思ったんです」

「だからもう一度言います。先輩、大好きです。」

俺は自分の気持ちが何なのかまだはっきりとはわからなかった。でも、柚葉とこのままの関係で終わるのは嫌だった。

そして、大切にしてきた人だからこそ、自分にとって大切な人なんだと思った。

だから決めた。

今が、今こそが、今までの勇気の出せない自分を捨てる時なんだと。

そして俺は、柚葉の目を見て、


「俺も、柚葉が好きだ。後輩としてじゃなく、一人の女の子として、俺は柚葉が好きだ…、好きだ…!、大好きだ…!」


しばらく、時が止まっているような気がした。


「聞こえますよ、先輩、私も一人の男の人として、先輩のことがっ……だいっ…好きです…」

柚葉の目には涙が出ていた。初めて見る彼女の涙は、嬉しそうで、悲しそうで、そして、綺麗だった…

「ごめんなさい…おかしいなぁ……っ、今日は…っ、泣かないって…決めてたんだけどなぁ……っ」

「柚葉、大丈夫か…?」

見たことのない涙に、俺は心が揺れた気がした。

「大丈夫ですから…っ」

でも泣いてる女の子を心配せずにはいられなかった。

「でも、お前、泣いてるし…」

すると柚葉は涙を拭くと、俺の目を見て言った。

「先輩、その優しさが、どれだけ私を苦しめてたかわかってますか?」

俺はその言葉に驚いた。

「えっ?い、いや、俺は…」

「私が頑張ったら褒めてくれたとこも、厳しく叱ってくれたとこも、全部全部好きでした。それこそ、苦しいくらいに」

柚葉の目にはまた涙が浮かんでいた。


「先輩、今までありがとうございました…、卒業、おめでとうございます。

これからは、恋人として、よろしくお願いします…!」

ポタッ…と涙が落ちた。でもこれは、柚葉のではなく、俺の涙だった。

「うん…、こちらこそよろしく…」

俺は泣いていた。自分でも気づかないうちに…、これが恋というかはわからないけど、大切な人との運命とは、多分こんな感じなんだろうなと思った。


俺は携帯を出して、「ごめん、用事ができたから今日は行けない」とメールをした。するとすぐに「えっ!何でだよ!」とか「お前、さては彼女ができたな?」

とかきたけど俺は「まぁ、そんなこと」とだけ返すとポッケにしまった。


そして柚葉に「手、繋いで帰らないか?」と言った。

柚葉は少し驚いていたが、すぐに笑顔になると、「はい、もちろん!」と言ってくれた。

そして俺たちは手を繋いで通学路を歩いた。この3年間で、一番夕日が綺麗な気がした。


今日、俺は二つのことから卒業した。一つは高校からの卒業、そしてもう一つは過去の自分からの卒業。


柚葉を家に送った後、明日デートの約束をしてから俺は家に帰った。

高校生活の最後に俺は恋を知った。何故だか、また涙が出てきた。大切にしてきた人から大切な人へとかわり、後輩から恋人とかわった柚葉を想いながら、俺の高校生活最後の日は終わりを告げた。


次の日は、今までの人生で、一番楽しい日になった。


               











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