第9話

翌朝、チューリップは開き切り

花びらが落ちてきて、

可愛らしい時が終わったことを告げた。


「本当にさようなら」


花びらを指で撫でると、

全てはらはらと落ちて散ってしまった。


「永実子〜」


夫は相変わらずネクタイを上手く締めれず

私を呼ぶ。


そして、私がキレイに直すと満足気に

仕事へ出掛けた。


今日も私は嘘の笑顔で夫を見送った。


「いってらっしゃい」


ドアに鍵を2つかけて、

チェーンもすると、

今日も夫を憎んでいる私と対面する時間がやってくるはずだった。


けれど、今日はそんな暇は無く

家事に取り掛かった。


そして、考えた事と言えば

「桐谷聡介」の事だった。


若そうに見えたけれど何歳くらいなのだろうか。

あの後、暗い顔をして元気な母のいる部屋に戻ったのだろうか。

どう見てもワンルームだったけれど、

母はたまたま息子の顔を見に来たのだろうか。


そんな事ばかり考えていたら、

家事はすっかり終わっていた。


もう二度とは会うことが無い人だからこそ、

いくらでも想像が膨らんだ。


「さてと、」


夜には夫の職場の人達がやって来る。


買い物に出かけなければ。


今日のメニューは

グラタン

トマトとチーズとルッコラのサラダ

生春巻き

そして、ちょっとしたオードブル

あとは、ガーリックのバケットも用意して

おけば足りるだろうか。

出来合いのローストビーフも買っておこう。



そうして、

とにかく足りなくならないように

買い込んだ。


荷物は両手いっぱいだった。



それでも、またいつもの動作で

帰ってきて郵便受けの郵便物を取りエレベーターに乗った。


すると、管理人さんと一緒になった。

この前の話が気まずかったのか、


「あのー、事故物件とかじゃないんで安心してくださいね。」


「病気だって仰ってましたよね?」


「そうそう、若いのに病気だったみたいで可哀想だよね」


「そうでしたか……」



その時、私の住む5階へ着いた。


管理人さんとは会釈をして別れ、

部屋に入った。


「知らないのも可哀想だけど知るのも辛いだろうな…」


そう呟くと、

またいつものように冷蔵庫へ仕分けしながら食品を

入れて、今日はアイスティーを飲みながら郵便物へ目をやった。


すると、郵便物の中に見た事のある字を発見した。


「桐谷聡介!!」


あまりの驚きに思わず口から名前が出た。


今回は宛名が「先日の507号室の方へ」に

なっていた。


私の事だ!!


はやる気持ちを抑えきれず、

ハサミを取りすぐさま封を開けた。


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