VTuberの後輩
@wirako
第1話
テレビを見なくなったのは、いつのころからだろう。
化粧品売り場のアルバイトを終えて、アパートの八畳間に帰り、半身浴をして、値引きシールのついたお弁当を食べながら、テレビの代わりにつけるようになったのはスマートフォン。
見るのは決まって
このサイトでは、企業が製作費をかけたミュージックビデオから、個人が不意に思いついたであろう一発ネタまで、様々な動画を無料で視聴できる。
部屋の窓が強風で揺れる中、わたしは三割引きの
「あー、かわいい」
画面の中で、柴犬が飼い主と一緒にボールで遊んでいる。それを見ているだけで不思議と顔がほころぶ。台風のせいで遅延した満員電車での疲れが、たちまち吹き飛んでいく。
わたしがYourTubeを見はじめたのは女子高時代のことだ。七年たった今では、どのジャンルでもそれなりに語れるくらいはまってしまった。
その無数にある動画の中でもわたしのイチオシは、
YourTubeでは、投稿した動画に企業広告をつけることで、再生数に応じた広告収入を得られる。また、ライブ配信では投げ銭機能もあり、それらを主な収入源として活動しているのがYourTuberだ。
わたしはおすすめ動画一覧に出てきたYourTuberの動画をタップした。
『今回はですね、なんと……実家の銭湯で、キャラメルプリンを作っちゃおうと思います! イエーイ!』
太鼓を叩くサウンドが流れて、わたしと同じ歳くらいの若い男性が、広い男湯で声を響かせた。
YourTuberはこのように、自身を動画内に出演させるケースが多い。その方が視聴者から親しみを持たれやすいからだ。
彼らは己の体を張った実験や、デジタルゲームの実況プレイ、はたまた突飛なアイデアを動画にして、再生数を上げるべく日々努力している。
けれどわたしが好きなのは、ただのYourTuberではない。
銭湯プリンの動画を見終えたわたしは、画面上部の虫メガネマークを指で叩いた。出現した検索バーに『マオス・ラッテ
「マオちゃんもデビューからもう一年かぁ。長かったような、短かったような」
クーラーの風で冷えたマカロニを口に放りこむ。そしてマオス・ラッテ中佐が投稿した動画のサムネイル画像を見つめた。
サムネイルには『初配信 訓練兵、求ム!』というゴシック体と共に、銀の長髪と黒い軍服、それからねずみの耳が特徴的な、女の子のアニメ風イラストが映っている。
これこそがわたしのイチオシ、
VTuberはYourTuberとは違い、2Dや3Dのアニメ風CGモデルを動画に出演させるのが特徴だ。
CGモデルの動きは、パソコンのWEBカメラやスマートフォンのインカメラで映した人間の動きと同期させている。声はカメラに映っている本人があてるか、機械音声を利用する場合が多い。
その目新しい職業であるVTuberとして、わたしは現在活動している。
十一歳の軍人少女、マオス・ラッテ中佐として。
一年の歳月に懐かしさを覚えつつ、わたしはマオス・ラッテ中佐の初配信動画を再生した。
動画がはじまると、バストアップされたマオス・ラッテ中佐の2Dモデルが映しだされた。
彼女は
●●●
訓練兵志願の諸君、よくぞわたしの初配信に集まってくれた。君たちが熱意と勇気を持って志願してくれたことを、わたしは嬉しく思うぞ。
音量は問題ないか? よし。それでは簡単な自己紹介をしておこう。おほん。
わたしの名は、マオス・ラッテ。
出身は、ここから遠く離れた異世界の大国家、ウォールト帝国。その軍人として国に仕えている。
階級は中佐だ。先の大戦では数々の戦果を上げてな、この銀色の髪を目にした敵軍からは、『帝国のシルバーブレッド』として恐れられたものよ。
そんなわたしがなぜこの世界にやってきたのか。ずばり、戦力の増強だ。
現在、ウォールト帝国は強大な敵国との緊張状態が続き、いつ戦争が起きても不思議ではない。そこで我が軍は軍事力を高めるべく、この世界で優秀な人材を集めることにした。
その手っ取り早い方法を考えた結果、わたしがVTuberとなり、全世界に動画を配信するのが最も効率的だという結論が出たわけだ。
さて、訓練兵志願の諸君。これから先、君たちには配信という名の訓練を受けてもらう。雑談の
これらの訓練をクリアし、優秀な戦力として認められれば、君たちは晴れて我が軍に加入できる。長い道のりになるだろうが、軍の待遇は手厚い。意欲のある者は是非とも参加してくれたまえ。
おっと、続々と志願者たちからコメントが届いているな。喜ばしいことだ。なになに……?
『むずかしいことばをしっててえらい』だと? わたしを子ども扱いするな! 『その軍服、秋葉原で売ってた』? これはコスプレではないわ馬鹿者! おい誰だ、『ちんちくりんでかわいい』と書いた奴は! 上官を敬わない部下は
……まあいい。君たちの教育係として、わたしがしっかり礼儀を叩きこんでやるとしよう。そしてゆくゆくは、帝国のために命をささげる立派な兵士として育ててやる。ふふふ、覚悟しておけ。
おい、いま『マオちゃん』と書いたのはどこのどいつだ! 見つけ次第、島流しにしてやるからなっ!——
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