第2話
自己紹介からはじまった初配信は、我ながらよくできたと思っている。緊張はしたがアニメ声は維持できたし、アドリブも上手くいった。動画再生数も次第点だ。
声優としての本業は
ありがたいといえばもう一つ。昨日、ついにチャンネル登録者数が九万人を超えたのだ。それを思いだすだけで、くたびれた唐揚げも美味しく感じる。
わたしの所属する会社では、十万人達成で3Dモデルを作ってもらえる。
もちろんいまの、イラストそのものがしゃべっているような2Dモデルもかわいい。けれど、可動域の制限がネックだった。
2Dモデルは頭と上半身をわずかに横へ振れるくらいで、手を伸ばしたり、うなずいたりといった、ごく当たり前の動作ができない。
それが3Dモデルなら解消される。ジャンケンやバンザイができるだけでなく、後ろ姿も見せられる。体を揺らせば銀髪もなびくだろう。それまであと一万人の辛抱だ。
わたしは指を躍らせてYourTubeを終了させた。今度はインターネットブラウザのアイコンをタップして、所属会社が運営するメッセージサービスのサイトをひらく。
今日もマオちゃんへの応援メッセージはたくさん届いていた。一つ一つを口に出していく。
「『VTuberの中でマオちゃんが一番好きです』……『この前のコラボ配信、面白かったよ』……『私もマオちゃんみたいなVTuberになりたい!』…………おっ」
その中でも特別嬉しいメッセージを見つけた。
「『マオちゃんからは、この世界で生きているようなリアリティを感じます』か。……ふふっ」
配信中、わたしはマオス・ラッテ中佐になりきって活動している。
そうしているとたまに、マオちゃんに命を感じる瞬間がある。わたしがマオちゃんを動かすのではなく、マオちゃんがわたしを動かしているような感覚だ。そういうときはFPS——主観視点型シューティングゲーム——の実況プレイも調子がいい。
人形も大切に扱えば魂が宿るというくらいだから、わたしが愛情をもって接しているマオちゃんにも、そうしたものが生まれているのかもしれない。
だったらいいな、とわたしは頬を緩ませて次のメッセージを読んだ。
とたん、自分の顔がしかめ面に変わるのがわかった。
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【タイトル:こんにちは。オクトパスです】
『今回は、あなた(マオちゃん)の今後に危機感を覚えたため、警告文を書くことにしました。耳が痛いでしょうが、良薬口に苦しともいいます。どうかこれからのVTuber活動に生かしてください。
まず最初に、ホラーゲーム『灰の館』について。
一体いつになったら灰の館を配信してくれるのでしょうか。灰の館はVTuberの登竜門で、人気VTuberたちは皆このゲームで知名度を上げています。一ヶ月前、僕がそう教えてあげましたよね。
だからこそ、あなたも灰の館をプレイすると断言したはずです。その言葉を聞いて心待ちにしていた多くの訓練兵は、マオちゃんに裏切られたと嘆いています。上官ならば、部下の信頼を踏みにじる行動はつつしむべきかと……。
次に、僕のコメントを読み上げない件について。
自慢ではありませんが、あなたには六桁におよぶ投げ銭をしています。つまり僕は有象無象のケチなファンではなく、いわばお得意様なのです。
お得意様を無下にする人がどんな末路をたどるか……おわかりですよね? あなたには誠意ある対応を見せてもらいたい。
長々と書き連ねてしまいましたが、僕の思いをすべて伝えるとなると文字数制限に引っかかってしまいます。なので、一度会ってお話しませんか?
いまあなたは、どうして僕が顔も知らない相手にここまで
……この際なのでハッキリいいます。
僕は、あなたの声にひと目ぼれしてしまったのです!(この場合は、ひと聞きぼれかな?笑)
それ以来、僕の小指は千切れんばかりに痛むようになりました。そう、あなたと運命の赤い糸でつながっていることに、気づいてしまったから……。
もしかしたら、あなたも同じ痛みを感じているのではないですか?(図星、という顔が目に浮かびます)
この切ない痛みを
番号は090——
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