第5話
「……以上、『部屋の掃除』でした。どうだった? 真相はわかったかな~?」
ますみんが試すようにいった。
「ヒントはね、段ボール。最初はゴミでいっぱいになってて、最後も満杯だったわけだけど、でも途中でCDラジカセを取りだしたんだよね。じゃあ満杯の段ボールには、CDラジカセの代わりになにが入ってるのかな?」
ふりふりと細い人差し指を動かす。
「もう一つのヒントは、手作りのハンバーグ。好物なんだから、よく作ってもらってるってことだよね。でもお父さんは料理が苦手。てことは、作ってるのはお母さん。じゃあお母さんは、お腹をすかせた子どもをほったらかして、一体どこでなにを——ひゃっ」
急にますみんが短い悲鳴を上げた。少し間を置いて、
「……なんかいま、玄関のドア叩かれたっぽい?」
彼女は笑顔で不安そうな声を発した。3Dモデルといえど、笑顔以外の表情を作るのはやや難しい。一ノ瀬さんはおそらく、声の通りの顔をしているのだろう。
チャット欄には、台風の風ではないかというコメントが目につく。実際わたしの部屋の窓も、一層やかましくなってきた。パソコンに表示された時計は、ちょうど台風が直撃する時刻にさしかかっていた。
わたしはキーボードを叩いて、マオちゃんのアカウントでコメントを書いた。ますみんがそれに気づく。
「あっマオちゃん、観にきてくれたんだ! ありがとー。そういえば、そろそろまたコラボしたいって思ってたんだよね。今度はマオちゃんの家でやりたいな……って、なに? 『念のため玄関のドアをあけて確認した方がいい』……」
わたしのコメントを読んだ彼女は、悩むように沈黙してから、
「……うん、わかった。ごめんみんな。ちょっと見てくるね」
ますみんの体が斜め右へ向いたまま動かなくなった。一ノ瀬さんが玄関に行ったようだ。
しばらく待っていると、ますみんが正面を向いた。
「誰もいなかったー。たぶん台風のせいなんだろうけど、もしかしたらお隣さんだったのかも。うるさくしてるとたまに、ドア叩いて文句いいにくるんだよね。一ヶ月くらい前にやった、マオちゃんとのコラボのときも……って、いまのなしなし。お屋敷住まいなのでお隣さんはいませーん。……いないってば! 聞かなかったことにして!」
墓穴を掘ったますみんは、頼みこむように両手を合わせた。そうしながら、マスナーたちのコメントを拾っては返答していく。
「うん、そうなの。マオちゃんはすごく優しいんだよ。私がプライベートで悩んでるときに、コラボしようって誘ってくれたの。それから仲良くなって——」
不意に言葉が切れた。
「……えっ、私がいない間に、男の人の声がした?」
もちろんそのような声はなかった。ただのからかいだ。この手のコメントはよくある。
にもかかわらず彼女は、
「やめてよ。変なこといわないで」
そうつぶやくなり、口をつぐんでしまった。
それから五秒、十秒と不自然な沈黙が流れる。常にしゃべり続ける彼女の配信スタイルを考えると、放送事故と呼んでもいい。チャット欄にも戸惑いの色が表れてきた。
ますみん、もとい一ノ瀬さんの様子がおかしい理由を、わたしは知っている。
ストーカー被害だ。それが彼女の体調不良の原因でもある。
四ヶ月前、オクトパスは
注意に逆上したオクトパスは、彼女に
すると、触発されたますみんのアンチも活性化した。サジェスト汚染や配信中の暴言にとどまらず、彼女の発言を誤解されやすいように編集した
そして彼らはとうとう、一ノ瀬さんの顔写真を手に入れたあげく、インターネットに公開するまでに及んだ。二ヶ月前のことだ。
それが尾を引いて、一ノ瀬さんの実生活が脅かされることになった。ここ数週間で、知らない番号から無言電話がかかってきたり、ポストを水浸しにされたこともあったという。
もともと彼女は、ますみんの人気が急増したころから、配信中に感じる気味の悪い視線に悩まされていた。いままではわたしと同じく職業病だと無視していたが、最近は体が勝手に反応するほど深刻らしい。
怖い話をする前に3Dモデルが硬直したのも、不意に背後が怖くなって振り向いたせいかもしれない。
『私ずっと、誰かに監視されてるような気がするんです。こんなこと、先輩にしか相談できなくて……』
先日電話で聞いた一ノ瀬さんの言葉を思いだして、わたしは小さく身震いした。そしてますみんを見ながら、早く引っ越したいと焦っていた一ノ瀬さんの心境をおもんぱかった。
そう、引っ越しは早い方が彼女のためだ。
なぜなら昨日オクトパスがSNSで、今日にも一ノ瀬さんの自宅に向かうと解釈できる書きこみをしたのだから。わたしはそれを偶然見かけた。
数分で削除したようなので、本気かどうかはわからない。けれど電車での経路を入念に調べていたことから、生半可な覚悟ではないように感じられた。
口を閉ざしていたますみんが、ようやく沈黙をやぶった。
「なんちゃって! 怖がってると思ったでしょ。もーっ、マスナーはピュアなんだからなぁ」
心配をかけないためか、おどけた調子でマスナーをからかう。
「さてさて、さっきの話の続きしよっか」
どこまで話したっけー、とますみんがうなる。徐々にチャット欄にも普段の雰囲気が戻ってきた。
その後はとどこおりなく、ますみんが怖い話の種明かしをした。
「えーっ、いい出来だった? ほんと? ありがとー!」
マスナーたちから好評価をもらうと、さっそく次の話に移った。
それからは何事もなくホラー配信が続き、十二話目の種明かしも終えた。
時刻は二十四時を過ぎていた。普段ならますみんの配信はすでに終わっている。けれどマスナーは名残惜しいのか、コメントでアンコールの合唱をした。
「じゃあ期待にこたえて、もう一話だけ披露しちゃおっかな。そうだなぁ、『着ぐるみの中身』と、『蛇と人形』っていうのがあるんだけど、どっちがいい?」
ますみんは「うんうん」と相づちを打ちながらコメントを読んでいる。『着ぐるみの中身』より『蛇と人形』を望む声の方が多そうだ。
その中で一つだけ、『ゆでだこ』というアカウントが、どちらでもないコメントを残した。
『小岩駅に着いたよ』
一見する限りでは、なんの
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兄とケンカをした。
昨日、友だちの
私からすれば、兄が飼っている大きな蛇の方がよっぽどいやだ。そう文句をいっても兄は耳を貸さず、ピンセットでつまんだ冷凍マウスを蛇の前で小さく振った。
「蛇は動く獲物しか食べないんだ」と、うんちくを語る兄を無視して、私はベッドに入った。
翌朝、私は絶叫した。
ベッドのそばの机に、蛇が横たわっていたのだ。兄がケージの蓋をしっかり閉めていなかったのだろう。
でもよく見ると、蛇はフランス人形を喉に詰まらせて死んでいるようだった。
この件を兄に伝えると、兄は真っ青な顔をして、蛇を人形ごと庭で燃やしてしまった。
泣きながら学校に行った私は、人形が燃えてしまったことを美代ちゃんに謝った。
美代ちゃんも、ひどく残念そうな顔をした。
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