必死になってもこのざまかよ

冨竹 誠

必死になっても……

「魂が向かないわ」

 この言葉を聞いてみんなはどんなシチュエーションを思い浮かべただろうか。宗教関係? それともファンタジー小説の一節? 

 残念不正解だ。俺はごくありふれた社会人で、ここはごくごくありふれた一般社会の大都会東京だ。

じゃあ何が正解かって?


 正解は、俺が告白した女性から振られた時のセリフでした。


「いやいわれた俺も意味わかってねーよ!? まじでどゆことなん?」

 どこにでもある比較的安いチェーンの居酒屋で酒をあおりながら愚痴を吐く。ていうか酒がなければやってられない状態に、この時の俺はなっていた。

「しかしまあ、ただ振られるよりこうして話のネタにできる振られ方でよかったんじゃない?」

 そんなことを俺の友人は抜かしてくる。ぬかせ、と一言言い返す。

俺とその友人は腐れ縁というやつで、中高大とずっと同じ場所に通ってきた。社会人になってからはさすがに別の会社で働いているが、仕事場が近く何かあればこうして気軽に呼び出しばかみたいに騒げる気の置けない仲というやつだ。

 今日もつい2時間ほど前に呼び出して来てくれた。しかも休日。言い換えると俺がさっきの理由で振られた直後に呼び出してすぐに来てくれたというわけだ。

「で、今日で何敗目だっけ?」

 早速痛いところを突いてくる。

「10……」

 そう、俺は今日で通算10回目のお断りをくらった。そして成功率は未だ0。

 俺は彼女いない歴=年齢の人間なのだ。

 俗にいう恋活を始めたのは社会人になってからだ。

中高生の時は小学生の延長線上のような、恋愛なんて恥ずかしくてやってられっかよオーラを発し、ぼちぼち付き合い始めた友人たちをはやし立てていた。

大学生になってからは彼女なんて気づいたら出来てるもんでしょ、とのんきにダラダラしてたら気づいたら社会人になっていた。

社会人になってからはもう必死だ。合コン街コンマッチングアプリ。出会える可能性があるものはすべて試した自負もある。

「出会いから1対1まで行ってるのに10連敗って、それもう君の方に問題があるんじゃない?」

 的確過ぎて深々と刺さる言葉にうるせえと一言、反論するしかできなかった。

 そんな俺を見てさらに追い打ちをかけてくる。

「しかもさ、その……魂が向かないって、本当どういう振られ方?」

 そんなのこっちが聞きたいわ! そういい返すと振られたばかりだからと遠慮していた友人の口から、ダムが決壊したように笑い声があふれ出てくる。

 すがすがしいくらいの爆笑を見せつけられて俺の留飲も多少下がってきた。

「まあ君のことだし、10連敗してもいつかは彼女できるよ」

「同情票はいらねえぞ」

「僕がそんな票を入れる人間じゃないの、知ってるだろ?」

「……まあな」

 酒が入ってるからか、さらりとそんなセリフを言ってくる。俺も酒が入っているからか火照る体を、冷ますようにさらに酒をあおり話を進めた。

「節目の10回目は残念な結果となったが、実は俺には残弾が残ってるんだなこれが」

「つまり今回会った子以外にも並行して攻略している女性がいたと。中々のクズ発言じゃないかな、それは」

「今どき一直線の恋してる方が珍しいんじゃねーかな。マッチングアプリとか何人もの相手とメッセージの交換ができても実際に出会えるのは一握りだし。いいと思った相手が同じように俺をいいと思うことなんて奇跡だよもう。今の時代が鉄砲持たせて下手でも数撃つ仕組みになってんの。

 ……まあ撃つのは男だけだけどな。女性はその中から好きなものを選ぶ女王様だよ。なんか雰囲気良さげだし会ってみようかな、的な感じでさ」

恋活においては女性が優遇されている。街コンや相席屋といった出会いを提供する場では格安で入れるようになっているし、マッチングアプリはただで利用できるのが大半だ。そうやって集めた女性という甘い蜜を求めて男たちは蟻のごとく群がる。ただの一匹の蟻だと自覚していても、蜜を持ち帰るため必死に突き進むしかないのだ。

「そして会ってみたら魂が合わなかったと」

「そのネタ引っ張る?」

 蜜にも食べられる相手くらい選ぶ時代でした。

  だからこそ、蟻側の俺も候補は広く持って攻めなきゃいけないんだ。

「で、次狙ってる子はどんな感じなの?」

「よくぞ聞いてくれました! 実はな、もう会う約束まで漕ぎ着けたんだよ」

「いつ?」

「ちょうど1時間前くらい」

 飲みに行く約束をした少し後くらいになる。

「……そういう切り替えの早いところはほんと、羨ましいよ」

「誉め言葉って処理しても大丈夫か?」

「半々ってところかな」

「……その心は?」

「おかげで彼女ができない理由がわかった」

 そいつは超重大事項だ。

 身を乗り出して話を促す俺に対してゆっくり頼んだ酒をあおり、一度場を焦らす。そしてはっきり、簡潔に言葉にした。

「結局のところさ、君は相手に対して本気になってないんだよ」

 まっすぐ、俺の目を見て話してくる。

「複数の子と連絡とるのは別にいいんだよ。君の言うように選択肢はたくさんあるのはいい。けどさ、出会いまで行ったのなら、その子はもう他の子たちとは違うステージにいるでしょ。いつまでも同じ対応してるから断られるんじゃない? この人は私じゃなくてもいいんだ、ってさ」

 今まで彼女できたことないから余計にそうなってるのかもね、と最後にフォローを入れてくれたが、俺はその言葉に反論ができなかった。

 今まで本気で取り組んでいたかといわれたら迷わずイエスと答えられる。だがそれは相手の女性に対してではない。この彼女を見つけるという行為に対してだ。それがこれまで出会った女性にも透けて見えていたのかもしれない。

 ああ、誰でもいいんだな、って。

「……今日はありがとな、おかげで光が見えてきたわ」

 指摘してくれた友人に素直な感謝の気持ちを伝えると、友人もにっこりと笑いを返してくれた。

「……やっぱり君のそういうところ、うらやましいよ」

 次に会う人とは、これまでとは違う結果が作れそうだ。



「おかげで来週はドライブデートだぜ!」

「よかったじゃないか」

 翌週、新しく出会った女性と次の約束を取り付けることができた。今までと異なり1対1のご飯だけで終わらず、初めてデートらしいデートだ。

テンションが上がり早速友人へと電話にて結果報告をしていた。

「というか、今までご飯しか行ってないのに告白してたんだね……」

告白はご飯3回目くらいでしてるから……

「で、どうしてドライブデートに?」

「たまたま俺と彼女の生きたい場所がかぶってな、それで一緒に行こうって話に持っていけてさ」

「その女性とは今までのよりさらに一歩、先に進めたんだね」

 その問いに、友人には見えないけどはっきり首を縦に振る。

「……ありがとな。俺、お前に言われて気持ち切り替わったわ。今まで俺のことしか考えてなくてさ、相手の女性のこと、しっかり考えてなかったんだ。だからちゃんと向き合うようにしたらさ、こうやって前に進められたよ」

 今までが何だったのかというくらいとんとん拍子で話ができた。

「だからさ、次はちゃんとゴールするよ」

「プランは練ってるの?」

「ああ、ドライブの最後に夜景の綺麗な場所を見つけてさ。そこで決めるよ」

「なるほど。定番だからこそいいんじゃないかな。頑張りなよ」

「……もちろん!」

 俺は電話を切り、再び歩き始めた。



「で、今度の振られ文句は『なんか違う』だったと」

 友人の爆笑を右から左に受け流しながら、再び俺は居酒屋で愚痴をはくことになってましたとさ。

「良い雰囲気だったんだよまじで途中までさぁ! ドライブ中もしれっとアームレストに置いてる手を握ったら握り返してくれたりさぁ。こりゃいけるでしょと予定通り夜景スポット行って告ったらなんて言ったと思う?」

「……なんか違う?」

「正解」

 また爆笑。俺は耐えきれず机に突っ伏してしまった。

「帰りの車の中とか最悪だし……。てかなんか違うって何が違うんだよ改善点かけらもわかんねえよ」

「まったく、どうしてこう面白い振られ方するんだろうね君は」

「知るかよ俺に聞くなよ俺が聞きてえよ……」

ようやく友人の笑いにも一区切りがつく。他人にお構いなく笑われると多少イラっと来るが、うじうじ悩む自分がばからしく思えてきて救われた気分にもなる。

 はあ、とため息一つついて顔を上げると先ほどよりも気持ちが整理されていた。

 ぐっと、手元にある酒を一気に飲み干し今の気持ちをぶちまける。

「本気になってもこのざまかよ……」

「事実は小説よりも奇なり、ってね」

「女性の気持ちの間違いだろ、それ……」

 確かに、と友人も頷きながら続けて返答する。

「異性の気持ちなんてわかるわけないしね。考え方も何もかも違うから」

 その意見はごもっともだ。異性の気持ちなんてわかるわけがない。だから関わり合いを持たずに独り身でいる方がそりゃ楽さ。つまるところそうやって今まで生きてきたのが俺だ。自分のことだけ考えて気づいたら社会人にまでなっていた。でも――

「……だからこそ、俺は付き合いたいんだよ」

 魂とかなんか違うとか、今までの俺じゃ知ることのなかった世界だ。頭を悩ませることばかりだが、それでも、知りたいと思ったんだ。

「だって、その方が楽しそうじゃん」

 その言葉に友人は微笑みを返す。

「残弾は残ってるの?」

「いや、これからさ」

 俺もにやりと笑い返し、恋人探しの旅に再出発した。

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