第90話 シュレディンガーの猫の二人

植物は成長する。グングン蔦を伸ばし、対象を取り込み無効化するとたくさんの花をつけた。


花が覆い尽くす地面で兵士の一人が諦めずに蔦の中から銃を見つけ出して発砲したが、そこから出たのは花ばかり。

なんということだろう。

弾は種となり、ただの花しか出てこない。

何度撃っても同じこと。

怖い大砲にいたっては、花の雨を降らす装置と成り果てていた。

魔法もあらあら大変。あら大変。

他人に外なす愚かな魔法は鮮やかなキノコを生み出すばかり。


あわれなピエロよ踊れ踊れ。


花しか咲かぬ戦場で滑稽に踊り狂うが良い。




含み笑いの歌は国を巡り、全てを花の津波で沈めていった。




「指示したのは僕ですが、なんというか異様な光景ですね」


隣で歌いながら魔法を発動させているオベロンに言えば、ニヤリと笑った。


『何をいう。実に美しい光景じゃないか』


確かに、端から見れば実に良い風景だ。

理想郷のように見渡す限り様々な花が咲き乱れ、清々しい風が甘い香りを運んでくる。

最もその花の下では兵士達が蔦地獄から逃れようともがいているわけだが。


有効期間が一週間だけど、戦場が花畑になるなんて夢にも思わなかっただろうな。


下の方で王さまがなにやら喚きながら花の塊を発射しているけど、更にメルヘンにしている自覚はないのかな?

ちなみにこの魔法はこの国全てを対象にしているから、きっと今頃王都の武器生産工場は花の園状態だし、周りの国から見れば花の津波に覆われたように見えただろう。


『精霊たちも大喜びだ』


オベロンの言う通り、この土地と疑似同調した為に感じ取れる精霊達が、とても楽しそうにしていた。


僕的には嫌がらせのつもりだったんだけど、精霊達が喜んでくれたのなら良かったか。


『こんな手で来るとは思わなかったぞ。この国のあちこちに気味の悪い杭があちこちに打ち込まれていたのは此れの為か。悪い趣味だ』


ガラガラと人形が崩れていく。

シャドウは役割は果たしたとばかりに撤退していた。


「そうですか?」

『ああ、武力ではないもので攻撃力を無力化されるなんぞ、屈辱的にも程がある』


ふーん。そういうもんかね。


『だが…、俺様にその手は通じない』

「知ってますよ。そんなこと」


一歩空中に踏み出す。


飛んでくるモノは全て起動を変え、鮮やかに彩られた空には地獄の光景が広がっていた。

魔法具で結界を張っているけど、どのくらい持つかわからない。


だけど、できる限りのことはした。


あとは僕が終わらせるだけだ。


「あとは、お任せします」

『うむ』


オベロンに僕の引き継ぎを頼み、魔王のもとへと飛来する。


メナードがオベロンを守るだろうが、それでも犠牲が少ないうちに終わらせなければ。


『もう祈りは終わったか?ならば…』


ガエアイフェを構える魔王。


『こちらも楽しもうか!!』

「ええ!!二人っきりで楽しみましょう!!」


大杖を空高くへと投げ上げ、アルスレッドへと手を滑らせた。

魔王が槍を突き出し、互いに魔力を解放した。


魔王の因果は固定された。

後戻りは出来ない。


その時、魔王がとある異変に気が付いたが、回避するにはもう遅かった。


「 シュレディンガーの猫、って、知ってるかい?」


言い終えると同時に世界が止まり、空中に制止した大杖を中心に亀裂が入る。

それは縦に、横に、格子状に広がっていき、ある所で収縮して大きな箱になって二人を閉じ込めた。


『!!?』


突き出した槍を引き戻す魔王。


「さて、これで重なり合う世界が完成した。どうかな?僕の考えた最高の空間なんだけど」


真白の世界。


誰も存在せず、妖精も居ないし、時間の流れ方も止まった世界。


『……』


魔王は僕の質問に答えること無く、黙って拳の開け締めを繰り返す。そして、信じられないと顔色が青ざめ、次いで怒りに染まった。


『これが、目的だったのか…!!!』


おお、怒ってる。

そりゃそうだ。

この空間では、魔王は土地と融合が切断されてしまっていて、体内の魔力しか使えない。

もちろんそれは僕もなんだけど。


「ずーっと考えてたんだよね。どうすればそのチートな槍の能力を封じられるのか。どうすれば、魔王のデタラメな魔力を封じられるのか…」


それで、出た結論はこれだ。

シュレディンガーの猫。


一度くらいは聞いたことのあるだろう。

観測されるまでは箱の中で“生”と“死”の状態が重なった状態の猫の事だ。

元々は批判の為に作られた言葉だが、とある界隈ではパラレルワールドの意味でも捉えられている。


僕はそのパラレルワールドの意味を持たせた魔法を構築した。

対象を“猫”とし、閉じられた空間へと閉じ込める。

その際術者も巻き込まれるのだが、まぁそこは仕方がない。


そして、シュレディンガーの猫の特性を捻り、外部との影響を切断する事とした。

つまりこれで魔王の土地からの魔力吸い上げを無くし、さらに最大の特性。“生”と“死”が重なる状態を使い、魔王の因果を封じたのだ。

生も死も存在しているのだから、槍が当たっても死なない。

なんせ、もう死んでいるみたいな感じだから。


ここまで考えたの。

誰か誉めて。


「うまくいったみたいで良かった」


アルスレッドを抜く。

まぁ、僕も同じ条件なんだけどね。

回復魔法も結構魔力使うから乱用できないし。


「あとは単純な殴り合いで、相手を魔力切れか動けなくさせれば終わりってね」

『なるほど。つまり貴様を八つ裂きにすれば俺様の勝ち。ということか』

「そゆこと」


魔王が槍を構え直しつつ、僕の様子を窺い始めた。

やはり切り替えが早い。


急かすアルスレッドを抑えつつ、その時を待った。

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