第54話 ガレット・デ・ロワ

精霊王ティターニア。オベロンと対をなす双子王。兄妹王。夫婦王。色々あるが、精霊達を束ねる王の一人だ。


風もないのに揺れる赤い髪から覗く緑の瞳がこちらを見ている。吸い込まれそうになる。

しかし、なんで姿を現したのか。

そうそう会えるお方じゃないのに。


『お久しぶりね。前は、もう少し大きくなってからだったかしら?』

「!、ええ、そうですね」


まさか、この方は覚えているのか。


前回会ったのは廻る前の事だ。数えきれないほど廻って来たけど、会えたのはその一度きり。とても運が良かった。

それが今回も会えて、なおかつ覚えているとはビックリである。


これ、存在がまたがっているって事なのかな。僕とはまた違う在り方の方なのかもしれない。


『ウィンデーネがね、どうしても助けてほしいお友だちがいるっていうから、オベロンに内緒で来たの』


サラッと失恋。


『貴方だとは思わなかったけど。ふふ、なかなか面白いことになっているわね』


恥ずかしい。え、なにこの恥ずかしさ。

すべすべの手が頬を撫でるの。いい匂いするの。

はっずい!!


これ結構チビ達(わたあめと大福とクー)にやってたから気を付けよう!!聞いてからやろう!!


こらそこ!騒ぎ立てるの止めなさい!

精霊界のアイドル(ティターニア)が目の前にいるからといってテンションアゲアゲにするの止めなさい!!


「ははは、わかりますか?」

『ええ。これ、あの魔王ちゃんのでしょ?貴方の魔術に触れておかしな変異をしている。これを取り除けば良くなるわ』


つつ、とティターニアの指先が滑り落ちて心臓の上に。


「できますか?」

『私を誰だと思っているの?ほら、体の力を抜いて…』


指先が透けて体内に沈んでいく。

痛みはなく、違和感もない。


魔法とは違う。

なんだろう、解析も出来ない。

精霊王の能力とかなのかな?


ふと視線を感じて見れば、シャンソン兄妹が僕をガン見してた。

目が怖い。


『ちょっと痛むわよ』


チクリとした痛みが走り、とたんに体が楽になる。


『取れた』


ティターニアの人差し指と中指で挟まれた黒い欠片。

焦げ臭い匂いと共に黒い靄が見える。

あれが毒か。


「こんなのあったんですね」


この濃度。

もしかしたら解毒薬作ってもあんまり効果がなかったかもしれない。


『ええ。しかもかなりの大きさ。本気で貴方を捕らえるつもりだったのね』


使い魔達は即座に距離を取っている。

それくらいヤバイものなのに、ティターニアは何の恐れもなく眺めていた。こちらを見て微笑む。


『これ、どうしたい?そのままだったら強力な毒にすることもできるけど、反転させて貴方が使いやすいようにも出来るわよ』


そんな事ができるのか。


「お願いしてもいいですか?」

『ええ。お安いご用よ』


ふう、と欠片に息を吹き掛けた。

その瞬間に黒い欠片の色や靄が吹き飛ばされるように消えていき、残されたのは透明な欠片。

僕もあれできるようになりたい。


手のひらに欠片が置かれる。


凄い。完全無垢な状態だ。

僕の浄化よりも遥かに高度。


「報酬は、どうされますか?」

『そうねぇ』


精霊との取引。

報酬の決定権は基本的に精霊が決めるものだ。人間は与えられる側。それをわきまえていない人間は値引きしようとするか、勝手に報酬を決める。そうすれば精霊は呆れて、全てを元に戻して二度と目の前に現れてくれなくなる。


『では、貴方の作る“がれっと・で・ろわ”というものが食べてみたいわ』

「ガレット・デ・ロワですか」


思わず目をしばたかせてしまった。

あまりにも意外な要求。

ああ、でも、精霊達はみんなお菓子が大好きだ。

サンタクロースだってチョコチップクッキーが大好物らしいし。


『おもちゃが入っていて、楽しいし、美味しいのでしょう?ウィンデーネが嬉しそうにお話してくれたわ』

「ああ…」


そういえば、前にウィンデーネとお茶会したときに出したことあったな。

あれでおもちゃが当たったのがそんなに嬉しかったのね。また持っていこう。おもちゃ3つ増量で。











と、いうわけで。


「できた」


作った。

毎回思うけどパイシート作るのしんどい。

伸ばして三つ折りに畳んで、伸ばしてまた畳んで。

どうしても欲しくて冷蔵庫もどきを魔法で作ったけど、それでもしんどい。パイシートだけどっかに大量に売ってないものか。


いやいやいや、それだと報酬にならない。

精霊の報酬は真心だ。真心。


「どうぞ」


ティターニアの前に置き、示した所を一切れお皿に盛る。


『それでは…』


ザクザクと良い音を立てながら生地がフォークで分けられる。口に運んで、咀嚼。


『うふふ…。ここの精霊達は幸せね。こんなにも美味しいものが食べられるのだもの』

「恐縮です」


もう一口、と、フォークが生地を分けると、おもちゃが出てきた。

青い鳥のおもちゃ。


それをつまんで嬉しそうにティターニアは笑う。


『アヴァロン。世の果ての楽園の名前を冠する名前を持つ青い鳥』


外を見ればアヴァロンが気持ちよさげに目を細目ながら飛んでいる。浮かんでいるというのに揺れはない。この森は地上にいるときと変わらない環境で回っている。


『リンゴの木を植えなさい。そうすれば、更に幸福が訪れるでしょう』

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