第8話 メナードの質問

こんにちは。

私(わたくし)フォーンと言われる精霊です。と言ってもウィル様に創られた創作精霊と言われるものですが、他の精霊の体よりも性能が良いのでこの体は結構お気に入りです。


お仕事は主にウィル様の執事としてお世話をすることと、他の使い魔達の管理ですかね。何せ此処には総勢50体の使い魔がおりますので。

ちなみに使い魔契約は基本1体、多くて3体であります。

なのでウィル様の50体というのは破格過ぎると言いますか、前代未聞なわけです。

しかし、そんな恐ろしい事を涼しい顔で行っている我らが主は本日も楽しそうに過ごしておられます。


「ふぁあー、おはようメナード…。ちょっと寝てたね、いま何時くらい?」

『15時29分でございます』

「ああー、おやつの時間過ぎちゃった…。せっかくみんなと食べたかったのに…」

『きちんと起こしましたのに』

「うん、うっすら覚えているよ。地形を変えたからなぁ、ちょっと疲れたのかなぁー?」


あふ、と再びウィル様が欠伸。


『おやつは取ってありますが、先に水浴びでもなさいますか?』


大好きな丸椅子で寝ていたからなのかまだ眠いと子供のように目を擦るウィル様。と言ってもまだ成人していない体にはこういう仕草がお似合いなのかもしれない。


いや、人間年齢で17は子供なのでしょうか?

後で訊ねてみますか。


ウィル様は少し考え、先に食べると答えました。

どうやら空腹が勝ったようです。


『それでは先に手と顔をお洗いになってきてください。それまでにご準備いたします』

「うん。ありがとうメナード」


よたよたと水場へと向かうウィル様の背中を少し眺め、おやつの準備に取り掛かります。


『よし、できました』


目の前には数々のケーキが並んでいる。小さなケーキがたくさん。色んな種類を召し上がってもらいたいという配慮です。


「お!」


顔を洗ってきたウィル様がタイミングよく戻ってこられました。

机の上に並べられたケーキを見て目を輝かせています。


「凄い!メナード!!これ全部作ったの!?」

『ええ。今日はちょっと自信作であります』

「すごい!!天才!!メナードパティシエになれるよ!!」

『お褒めにあずかり光栄でございます』


心の中がホワホワします。

褒められるという行為はいつも心地が良いものです。


モグモグと美味しそうに頬張っておられる。

そのお顔を見れば、私はまた何か美味しいものを作って差し上げようと思うのです。


『これから何かされますか?』


訊ねると、ウィル様はケーキを租借しながら考える素振り。


「どうしようかなー。薬は全部作っちゃったし、地形を変えたのも終わったし。久しぶりにお勉強でもしようかな」

『なんのお勉強ですか?』

「結界術かな。どうも今使っている結界は一点突破の攻撃に弱いみたいだから、改良しようと思って」


なんということでしょう。このお方は世界最強でありながら更に高みを目指そうとしています。


『それは素晴らしい。何かお手伝いできることがありましたら何なりとお申し付けください』

「うん。そのときは宜しくね」








日もとっぷり暮れ、ウィル様がお風呂に入ってこられたようです。

ほこほこと湯気が体から立ち上っている。

ああ、髪の毛にまだ水があるではありませんか。


『ウィル様、失礼いたします』

「ん。いつもありがとうね」


濡れた髪を丁寧にタオルで拭いながら解き鋤かしていく。

光の加減でキラキラと煌めくこの髪は、ウィル様の魔力を溜め込んでおります。

懐かしい。この髪の毛は使い魔達にとっては寝ぐるみのようなもの。

生まれたばかりの使い魔達は皆この髪で創られた寝床で眠る夢を見て育つ。

どこまでも清々しい青空の髪。


それと同時に、大会でのウィル様の戦う度に舞うこの髪も好きでした。この森に隠(こも)る前は、ウィル様はよく戦っていらした。一心不乱に、何かに追い立てられるようにして。

だから、この森に来る前はウィル様は戦うのが好きなのだと思っていました。


鋤く手を止めると、ウィル様がこちらを向きます。


『ずっと疑問だったのですが、どうしてウィル様はどちら側にも付かないのですか?ウィル様が付けばすぐに決着が着き、平穏な生活が一月も経たずに戻ってきそうなものですが』


私は使い魔。そして執事。本当ならばしてはいけない質問ですが、今回ばかりは幼馴染みとして質問しました。

出来る限りウィル様の意向に添おうとしておりますが、どうしてもその理由が知りたい。


すると、ウィル様はふと遠くを見るようにして微笑まれました。

それは嬉しいときの微笑みとかではなく、どこか悲しそうな、けれど同時に自嘲するような不思議な笑みでした。


「それはね、メナード」


ウィル様が体ごとこちらを向く。






「どっち側に僕がついても、“ろくなことにならない”からさ」






深い深い、深淵のような瞳。

お伽噺の黒い森の様に踏み込んではいけない不気味さを感じました。


『それは、あなた様の千里眼で視たからでしょうか?』


ふふふ、とウィル様が笑い、前を向きます。


「そうだね。先を見てしまったから、僕は関わらない事を決めたんだ」

『そうでしたか』


ならば、なにも疑問はいらない。


『変な質問をしてすみません』

「いーよいーよ。僕も説明とかしてなかったし、というわけで戦時中長い間迷惑かけちゃうけど、宜しくね、メナード」

『はい、ウィル様』

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