第6話 襲撃されていた頃
私はシャドウ。王国の影であり、支えとなる存在。
今回の任務はとある魔術師の確保。
その魔術師の名前はウィル・ザートソン。世界でも最強の魔術師、ソロモンの称号をもつ無敵の存在だ。
実際見たわけではないがヤバイ噂なら死ぬほど聞いてる。
やれドラゴンを振り回して投げ飛ばしただの、やれ山ひとつ消しただの、やれ実は剣術や弓術もヤバイ化け物だの。聞かば聞くほど嘘みたいな感じになってくる。
そりゃそうだろう。
そんな最強の化身みたいな存在が本当に実在するわけがない。絶対になんからの種があるはずだと思うのが人間の性だろう。
(まぁ、うちのリーダーも人間を捨てている節があるしな…)
でも、噂の魔術師に比べたらまだ人間の範囲だろう。
「はぁぁぁぁ……」
使いの騎士が盛大に溜め息をついている。
なんだ?国王の命令が不満なのか?
メモ帳に不敬とペナルティーマークを書こうとしたとき、次々に魔法使い達も溜め息を吐いた。
………溜め息じゃなくあくびか?
一旦メモ帳を仕舞った。
馬車を乗り継ぎ、魔術師のいる地方までやってくる。魔物達が治める地との国境沿いの街だ。
「…? なんの祭りだ?」
騎士が街の様子にそんな言葉を漏らした。
なんだか凄く賑わっている。
門番からして受かれており、水色オオスミレの首飾りや王冠をかぶってはニヤニヤとしている。
職務はきちんとしているようだが…。
「なにかの祭りでもあったか?」
「…記憶にはありませんね」
騎士も魔法使いも知らないらしい。
ではなんだというのだ?
「なんだか騒がしいですね」
騎士が門番に訊ねた。すると、いつもは少し嫌そうな顔をするのに、今日はずっと笑顔のままだ。
「おお!!これはこれは王国騎士様ではありませんか!!いやぁー、惜しかったですねぇ!!あともう三時間ほど前にいらしていれば凄いものが見れましたのに!!!」
「一体なんだというのだ」
「伝説の到来が、なんと俺達の目の前で起きたのですよ!!!」
「はぁ?」
なんの伝説というのだ。
その時、魔法使いの一人が何かに気付き、はっと声を上げた。
「ここで、誰かが戦ったのですか?」
その言葉に門番は更にテンションが上がる。遂に他の門番すら顔を出してきた。
「ええ!ええ!!まさにその通りです!!なんと!!あのウィル・ザートソン大魔術師様がまた伝説の《フィンガーノックアウト》の技を見せてくれたのです!!」
「なんだと!!?」
三年前、世界の魔法使いランキングを巡っての大きな大会があった。
魔法使い達にとってランキングというのはとても大事なものらしく、普段からでもちょこちょこ順位が入れ替わるが、それは下克上、もしくは挑戦といって受ける相手の都合に左右される。しかしこの世界魔法大会では一般人も魔法使いも貴族も全て閲覧可能の素晴らしい大会である。
これは挑戦宣言しなくても上の順位の人に戦いを挑める。
私も映像越しに見たが、それぞれのエリアでの優勝者がトーナメントで勝ち抜いていくのだが、それぞれが大規模魔法を使うのに対してあの大魔術師の戦いは異様だった。
全ての攻撃が無効。
結界も意味がなく、柔らかな笑みを浮かべて舞うように接近すると、その細い手から放たれるデコピンで全ての人が一発ノックアウトをしたのだ。
しかも放たれる際、あの魔術師は相手、ホール、観客席に至るまで結界を張り巡らせる。
死者どころか重傷者すら出さない。
汚れひとつなく、たったデコピンひとつで前魔法使いを降参させたのはあとにも先にもあの化け物しか知らない。
その技は後に《フィンガーノックアウト》という名前で知れ渡ったが、まさかそんな貴重な技をポンポン出すとは。
「そ!それで!!ウィル・ザートソンは!!??」
門番に掴み掛かるように騎士が詰め寄る。
「あはは!本当はもっと居て貰いたかったんですが、帰っちゃいました」
「帰っちゃったの…」
騎士の顔には絶望の顔。
お付きの三人の魔法使いもだ。
「また、三ツ山越え…」
ふらりと騎士がよろめいた。
次の瞬間。
突然空に暗雲が立ち込め渦巻き始めた。
なんだなんだとどよめきながら人々が空を見上げる。
すると突風が吹き荒れ、冷気が立ち込める。
「おい!あれ見ろ!!」
「まさか、あれは!?」
「!!?」
雲の中から巨大な扉が現れた。
鎖に巻かれた扉。
それが激しく振動し、開かれる。
「おい!!伏せろ!!!」
弾け飛んだ鎖が飛んでくる。
巨大な鎖の一部がまっすぐ、こちらに飛んできて。
あ、これは助からない。
そう思った。どう頑張ったってあの鎖を止める時間は足りない。結界の強度を上げるにはどうしても時間がかかる。
みんな凍り付いたようにその場に立ち尽くし、自分の命を狩り獲るであろう存在から目を離せない。
「…………あれ?」
何故生きているんだ?
普通ならもう潰されている時間だが。
「と、止まってる?」
「ほんとだ…」
「え、なんで?」
本当に止まっている。バリアで止めたわけでも、何かの妨害で絡めて止めたわけでもない。
使者の魔法使い達の仕業ではないのは明らかだった。
「これは、まさかの空間固定魔法!!??」
魔法使いの一人が騒ぎ始めた。
その時、鎖の一部が動き出し、凄い勢いで遠ざかっていく。
雲も反対方向へと渦巻き縮小していき、遂に扉も何もかもが消えた。
「はぁぁぁぁ…。まさか生きているうちに見られるなんて…」
手を組んで騒いでいた魔法使いの頬が赤く染まる。
騒いでなかった魔法使い達もごくりと唾を飲み込んだり冷や汗を流したりしていた。
「さすがは大魔術師様だ!!!!」
大歓声。
街の人たちが宴だ宴だと騒ぐなか、使者の者たち(一人除く)と私だけが血の気が下がった思いで目的地の山を見詰めていた。
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