踊り狂った暁に

エリー.ファー

踊り狂った暁に

 好きな女の子がいるのだから、当然と言えば当然だが。

 僕は女の子のためにダンスを始めることにした。

 明らかに運動神経はある方なので、たぶん、できるようになるだろう。そんなことを思っていたのに、全く上達しなくて、正直驚いた。

 僕の友達には、かなりダンスの上手いやつがいる。しかし、そいつはかなり意地悪で、僕が女の子のことが好きでダンスを始めたと気が付いたらはやし立ててくるに決まっている。

 それだけは避けたい。

 僕の家は、茶道では知らない人はいない程の名家である。

 正直言って。

 家の人間にも僕がダンスを始めたことなんて気づかれたくない。

 僕が好きな女の子は、ダンスが得意で、ダンスを愛していて、ダンスに取りつかれている。その女の子の視界に入り、ダンスと肩を並べるまでの評価を得るためには、家を捨てる覚悟が必要だろう。

 もちろん、覚悟なだけで、捨てる気はない。

 お金持ち、かつ、ある程度社会的に地位のある家という肩書は正直ありがたいのだ。

 僕は四つ学校から離れた駅、つまりは、家から七つ離れた駅に降りる。

 ここまでくれば学校の知り合いもいないだろう。

 だからこそ、このダンス教室を選んだのだ。

 決して綺麗なダンス教室ではなかったけれど、飾り気のないところがとてもお洒落で、本当にダンスが好きならどんな場所だって、というような気概を感じられるものだった。

「あぁ。今日踊る人だよね。」

「はい、お願いします。」

 ダンスの先生は。

「よろしくね。」

「はい、頑張ります。」

 見た感じ、僕と同い年だと思えた。

 とても大人な女性に見えた。

「高校生だよね。」

「はい、高校生です。」

「あたしも、高校生。でも、ダブりだから。」

「あ。そうなんですね。」

「引いたでしょ。」

「いっ、いえいえ。」

「あたしの場合は、海外にダンス留学してて、それで足りなかっただけだから。勉強できなかったわけじゃないからね。一応。」

「だっ、大丈夫です。うっ、疑ってません。」

 正直、疑っていた。

「本当は疑ってたくせに。」

 先生は笑っていた。

 僕は最初、基礎的なことからやらされるのかと思っていた。

 けれど、求められたことは、自分がかっこいいと思うダンサーの映像を先生に見せることだった。

「へぇ。なんで、こういうダンサーになりたいの。超意外なんだけど。」

「笑いませんか。」

「笑わないようには、する。で、何。」

「好きな女の子がいて、その子が。」

「キモいなぁ。そういうアプローチの仕方。」

 でも、先生はそのダンサーの特徴と、このリズムの取り方が何のジャンルであるかを教えてくれた。どことなく北欧的で、ストリートの香りよりコンテンポラリーのような体幹の強さを感じる。と言っていた、と思う。

 そんなことをしていくうちに、時間は過ぎていった。

 気が付けば。

 四か月たっていた。

「好きな女の子の趣味に自分を合わせるんだ。」

「好きな人のものを好きになりたいじゃないですか。」

 五か月たった頃には。

 僕はランニングマン、ギャングスタホップくらいは簡単にできる様になっていたし、ウィンドミルとヘッドスクラッチはキレが正直悪いけれど、やればやるほど自分の体に染みついていく感覚が楽しかった。

 これが。

 僕にできることなのかと信じられなかった。

 気が付くと。

 ダンスが好きになっていて。

 あの女の子のことは、ほぼほぼ忘れていた。

 女の子と仲良くなるより、ダンスの女神を振り向かせたくなっていた。

「ねぇ。もう休憩した方がいいんじゃないの。」

「いや、もう少しくらいやりたいです。せっかく、先生にここまで教えてもらったのに、中々できないの、凄い嫌なんで。」

「もう、ミコでいいよ。じゃあ、今日、終わったらお菓子用意してるから食べてきなよ。」

「あ、ありがとうございます。」

「うん、たててやるからさ。」

 僕は汗をぬぐうと、聞き返す様に首を動かして見せる。

「茶道、始めたんだよね。最近。」

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