死人と話せる電話ボックス

aki

第1話 プロローグ

 ある日の夜、森の鬱蒼うっそうとした山道を一台の車が走っていた。空には無数の星が広がっており、夏の星座の南斗六星なんとろくせいやアンタレスが綺麗きれいに見て取れる。夜道には虫の鳴き声と共に車のエンジン音が聞こえていた。


 黒塗くろぬりで古い型の車の中には、運転席に20代後半のせ形の男と助手席にはまだおさなさが見える20代前半の女性が座っている。二人とも緊張とも不安ともとれるような、こわばった表情をしていた。


 車を運転している男性が前の山道を見つめながら少女に話しかけた。


「まいご、もう一度確認しておこう」

男性が話しかけると、まいごと呼ばれた少女は男性を見ながらうなずいた。

「今から行く電話ボックスで死んだ友人と話せるのは本当だ、だが厳密げんみつに言うと少し違う。話せるのは死んだ友人ではなく、昔の元気だった頃の友人。つまり、電話は過去の電話とつながって話せるようにするだけだ」


男性が少女の方を向いて確認する。

「そして、ここからが重要だ。話せるのは1度だけ、話せる時間は10分間だけだ、10分を過ぎると電波が悪くなり雑音ざつおんしかしなくなる。そして、電話を切ってもう一度かけてもかからない。そのため友人に伝えたいことを短い時間で全て話さないといけない」


 車は暗い山道を登り、だんだんと頂上付近ちょうじょうふきんまで近づいている。


 「だから、こちらが3年後から電話で話していることを友人に説明している時間はない。電話で話すときは、3年前と同じように普段どおりに伝えたいことや思っていることを話せ。こっちの状況などはすべてせるんだ、いいな」


少女はうつむいて、自分のにぎりしめている手を見つめていた。男はそんな少女を見ると顔をくもらせた。


「話すのが難しそうなら今日でなくてもいいんだ。べつの日にあらためることもできる」


男がそう言うと、少女は首を横に振るう。

「うんうん、大丈夫。伝えたいことは決まってるから。ちゃんと話せるよ、ハカセ。」

少女は明るく話し、不安や緊張する気持ちを抑えているように見える。


「そうか…」

少女の気持ちを確認すると、ハカセと呼ばれた男はうなずき、車の運転に集中した。


 男が横の窓を見ると、町の明かりが見渡せるくらいに高いところまで登ってきたのが分かる。下一面に広がった町の明かりの綺麗さに不安な気持ちが少し和らぐようにも感じていた。


 しばらく外の景色を見ながら運転をしていると、前方に古びたコテージのような建物がいくつか見えてきた。はしらや壁にツタがからまっているのを見ると、もう使われなくなって何年か経ってるようだ。誰かが別荘として買ったが、手放してしまったのだろう。


 そんな古びてしまった家々が並ぶ道を車はさらに奥へと進んでいった。細い入り組んだ道を右に左にと車のハンドルを回し、何度目かの角を曲がったとき、開けた場所に出た。


 そこは広場になっており、円に広がった広場には洋風のって作られた木製のベンチが数か所に置かれている。まだ人がいた時にはそこに座って隣人同士が世間話せけんばなしをしたりしてたのだろう。ただ、そのベンチも年月により破損はそんし、今では廃墟はいきょの暗い影を落としている。


 また、広場の中央には水がなく、ひび割れが目立つ古い噴水ふんすいがあった。噴水の中央には鳥が空へ羽ばたこうとしているオブジェが飾られているが、鳥のオブジェもまたひび割れがひどく、見ているとどことなく悲しい気持ちになってしまう。


 そして、そんな広場の片隅に二人が目指していた電話ボックスがうすい光をっしながら立っていた。


 暗い中で光る電話ボックスはとても不気味な存在感で、人がいない家や広場のせいでいっそ際立きわだっていた。


 男は広場の近くで車を止め、少女とともに車を降りた。

「準備はいいな?」 

男はあらためて、隣にいる少女に尋ねた。


少女は黙ってうなずき、電話ボックスを見つめていた。空には雲一つなく、星が輝きつづけ、二人の姿を照らし出していた。

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