紅田島の物語

深手藤峯

第一話

男「…どうしたもんかな」

 背もたれの壊れた椅子に浅く腰かけた男が、薄暗い部屋に独りごちる。彼の目の前の卓には無造作に積み上げられたプリントが散らばっていたが、その独り言はそれらに向けられた言葉では無さそうであった。


 男はふと立ち上がりコンクリートに囲まれたその部屋を見回し、この部屋は昔から変わらないんだなとこれまた誰に言うでもなく呟いた。


『せ、先生どこに行ったんですか…』

『赤田先生、一年一組副担赤田先生~!何処~!』


男「…」

   

 赤田と呼ばれたその男は自分を呼ぶスピーカーからの声に返事をしない事に決め、また物思いに更けるのであった…


第一話 ハジマリ


 男はこの春教師になったばかりの田舎育ちの真面目な人間だった。実直な性格と体格の良さを評価されここ、私立第二南原(なんばる)高校に勤めることになった。何を隠そう男の母校でもあり、古い歴史を持ちまた国内でも知名度の高いここで教鞭を取れることは若い男にとっては誇れる事だったろう。一時間前までは…


始まりは始業式の三日前まで遡る

男「第二…野球部ですか?」

副校長「そう。君には顧問をしてもらおうと思いまして…ん?知りませんか?」

男「はい…お恥ずかしながら…」

副校長「知らない…善良な生徒でしたからね、友紀さん」

男「…あの、それで第二野球部と言うのは」

名前で呼ぶのは止めてください、と付け加えつつ尋ねる。

副校長「端的に言えば問題児の巣窟」

男「…」

副校長「要は若くて多少無茶を言っても立場には逆らえない君に適任の仕事ということです」

男「…つまり不良の溜まり場みたいな」

副校長「そうではないのですが…まあそんなものです」

男「はあ…?」


ともあれ男は副校長の辞令通り『第二野球部』の顧問となった。そして三日後である今日がその部員との顔合わせの日であったので、副校長の言葉に気後れを感じながらも始業式(入学式も兼ねている)が終わり放課後部室棟に向かう。


男(しかし『第二野球部』だなんて部室は無いじゃないか、副校長に担がれたか…?)

男「…困ったな」

?「…あの、赤田先生ですよね?」

男「え…ああうんそうだけど…」

?「私、二年三組の岸華聖(キシバナヒジリ)です。よろしくお願いします。」


 岸華と名乗った女子生徒はくっと一礼するとこちらの顔をちら、と見て


岸華「どうかされましたか?お困りの様ですが…私に手伝えることなら…」

男「そうかい?じゃあ申し訳ないんだけれども『第二野球部』の部室はどこかな?探してるんだけどね…」

岸華「それなら知ってますよ、こっちです」


言うが早いか岸華は階段を上がる。ひらひらと整えられた腰まである長い黒髪と膝丈のスカートが揺れている。


男「助かったよ岸華さん、ええと確か始業式で司会をしてたかな?」カツ

岸華「そうですよ、生徒会に入ってるので…」カツカツ

男「そうだったね、ええと…」カツ

岸華「もう着きますよ」カツカツ


いつの間にか屋上の扉の前に立っている、岸華が錠前を外す。


岸華「ところで、第二野球部にどのような用件があるんですか?」

男「いや副校長に顧問を頼まれてね」

岸華「…そうですか、これからよろしくお願いします」

男「それはどういう…」

岸華「私、第二野球部に所属してるんです」ガチャ

男「そうなんだ、岸華さんみたいな真面目な人がいると助かるよ」

岸華「…そうですか」


屋上の扉を開け左を向くとグラウンドが見えた。野球部やサッカー部が小さく見える。


男「ところで部室は…」

岸華「こっちです」


いつの間に昇ったのか屋上の扉の横の梯子の上に岸華が立っていた。


岸華「こっちです」

男「あ、ああ。待ってくれ…よいしょっと」カタンカタン

岸華「ここが第二野球部の部室です」

そこにはコンテナが置かれていた。赤錆色をした、少し大きめのコンテナだった。

男「こんなところにこんなものがあったんだな…」

岸華「はい、以前はちゃんとした部室があったと聞きますが新校舎の改築に伴いここに設置されたそうです」

男(直射日光が当たるけど暑くないのかな…)

岸華「どうぞ」ガチャ

男「こんにちは~…」


コンテナの中は意外なほどに明るく涼しかったが、汚さこそ感じないもののモノで溢れかえっていた。


?「やっほー岸華ちゃ…誰?」

?「誰誰?岸華?」

岸華「…そこのソファーに座って雑誌を読んでいるのが二年三組の吉祥縁、奥で何か食べてるのがマネージャーの佐藤某さんです」

男「よろしくね」

吉祥「いや岸華その人誰?マジ誰?」

佐藤「名前…」

男「えーっと今年度より第二南原高校に赴任しました赤田友紀です…というか着任式居なかったのかな?」

吉祥「そのとおり!」


吉祥と呼ばれた肩までの長さにボサボサと跳ねた茶髪の女生徒がソファーから立ち上がり近づいてくる


吉祥「私は集会だとかそんな七面倒な事には参加しないんだ」

男「そんな堂々とサボりを告白されると困るな…」

岸華「困らないで注意してください」

男「そ、そうだね」

吉祥「後ここは男子禁制!」

佐藤「男子禁制!」

男「ええ…僕、今日からここの顧問なんだけど」

吉祥「顧問~?嘘だ!せんせーからはなーんにも感じないよ!」

?「吉祥さん、教師に向かって随分な物言いですね」

岸華「新田部長」

男「こ、こんにちは」(いつの間に入ってきたんだ…?)

新田「お疲れ様です赤田先生、紅田校長から話は聞いています。これからどうぞよろしくお願いします」

男「よろしく頼むよ、ええと…生徒会長さん…?」

新田「はい、ここの部長を任されてる新田塔と申します。困ったことがあれば私か養護教諭の戸ノ内先生までどうぞ」

男「是非そうさせてもらうよ」

男(しかし…大きいな…私も186㌢はあるが完全に見上げる形になってるぞ)

クスリ、と新田は笑うとこれまた腰までの長さの一本にまとめられた黒髪を揺らす

新田「初めて会った異性をじっと見つめるのは失礼ですよ、先生」

男「あ、ああごめんね」

吉祥「目立つもんね、仕方ないね、デカイからね、色々ね、ははは」

新田「…吉祥さん?少し、外、いいかな」ガチャ

吉祥「えっ」


<ちょっと!ちょっと!ストップ!

<あ、ああ!首は!首は駄目!

<バキッ…メキメキ…ボキッ…


男「…」

岸華「部員は後一年生が二人います」

男「全員で五人か…あれ、入学式今日だったよね、もういるんだ…」

岸華「校長先生が前もって勧誘したんです。部員が五人いない部活は廃部になるから、だそうです。春休みから来てましたね」

男「そうなんだ…ところでここってどんな活動をしてるのかな?五人だと野球は出来ないとおもうんだけど…」

岸華「別に『第二野球部』という名称なだけで野球は全くしてないですよ、活動としては…」ガチャ


ドアが開き、黒髪ポニーテールのおどおどした感じの女の子と、私と同じくらいの身長の見覚えのある顔の女生徒が立っていた。


?「こんにちは…」

?「こんにちは。あれ、副部長と…赤田先生?」

男「ん、七原か。と…」

?「あ…えっと…一年二組の香椎創カシイハジメです」

男「よろしく、香椎さん」

岸華「こんにちは。…ああ赤田先生は七原さんのクラスの副担でしたね」

七原「そうなんですよ、どうしたんですか?こんなところに…」

男「いやそれが今日からここの顧問に副校長から指名されてね…」

七原「あ、そうなんですか。意外ですね」

男「嫌だったかな」

七原「いえ、嫌とかでは無いですよ。むしろ嬉しいです」

男「え、あ~、そう?ありがとう…?」ガチャ

新田「さて。これで全員揃ったな」

香椎「あの…外の…アレ…吉祥先輩は…」

新田「戸ノ内先生に届けてきました。死んではないです…多分」

佐藤「残念…」

岸華「全くです。さて、今日は新入部員と新任顧問の歓迎会です。まずは自己紹介からお願いします、部長どうぞ」


新田「三年一組、部長の新田塔です。趣味はスポーツ全般、後は研究とかかな?よろしくお願いします…じゃ、岸華さん」

岸華「はい、二年三組岸華聖です。勉強が好きです。次は…佐藤さんお願いします」

佐藤「了解!二年一組佐藤!以上!」

香椎「えっ、どうしま…あっ私ですか、はい…一年二組香椎創です…その、好きなことは動物を見ることと、編み物とか色々、小物を…い、以上です…海ちゃん」

七原「一年一組七原海です。趣味は…水泳と映画鑑賞です、よろしくお願いします。」


男は美少女達が自分の目の前に並んでるのを見、教職員としてあるまじき感情を抱きかけたが、かろうじてこらえる。


男「一年一組副担任の赤田友紀です。趣味は水泳とカメラ…かな?よろしく」

七原「それじゃあクラスでした挨拶と変わらないじゃないですか、先生」

?「そうですヨー、もっとこう…好きなタイプは!とか、この中で好きな娘は!とかあるでしょうニー」


唐突に現れた白衣の人物は男が高校の頃と何一つかわりなく人の心の内を読み、嫌がるような事を言ってのけた


男「戸ノ内先生…変わりませんね…」

戸ノ内「いや、君が変わりすぎたんだよトモキ君」

私はトモノリです、あと生徒の前で名前で呼ばないでください。と心の内で思った

吉祥「でも気になるねー確かにこんな美人揃いなんてないっしょ?どーなのよそこんとこ」

男「みんなかわいい、とか言ってほしいのか?」

七原「へー…先生そういうこと言っちゃうんですね」

新田「真面目な先生だと思ってたんですけど…」

男「…え?」



カチャカチャ『みんなかわいい』『みんなかわいい』『みんなかわいい』『みんなかわいい』キュルルル


香椎「お、男の人ってみんな変態さんなんですよね、し、知ってます…」

男「ち、違っ…」

七原「違う、とでも言うつもりですか?」ススス

男「な、七原…近い近い」ススス

七原「そうですか?これくらい普通です」

男「普通じゃない!普通じゃない!」

香椎「も、もう一度『かわいい』って言ってください…私に」

七原「創ちゃんずるいよ。先生、私にもいっぱい『かわいい』って、言ってく・だ・さ・い」

男「き、岸華!岸華さん!」

岸華「…最低ね」

戸ノ内(ドッキリなんだろうなー…)

男「あ、ああ…うわああ!!」


新田「あ、逃げた」

香椎「し、しょうがないですよ。この状況なら…」

七原「ま、ドッキリ大成功ってとこですよ」

新田「あとは吉祥がネタバラシをして歓迎会をするだけ、だな」ウンウン


戸ノ内「吉祥?あいつ頸椎粉砕骨折してたから安静だぞ…」


新田「やり過ぎましたね…」

七原「逆に良く死ななかったですね」

香椎「で、ですね…」

岸華「…」

「「「「ネタバラシどうしよう…」」」」

新田「…まあなんとかなるでしょう。とりあえずパーティーの準備をして待ちましょう」

七原「ですね」香椎「はい!」

岸華「一応私、探してきますね」

戸ノ内(吉祥…安らかに…)


男は屋上から駆けおり副校長の言ってた『問題児の巣窟』だとか『君には最適』だとかいう言葉を思い出しながら部活棟を飛び出し、旧校舎に入った


男(こ、これから私はきっとあいつらの下僕として、奴隷として扱われるんだ…グッバイ教師生活…)ハアハア


男「どうしようか…とりあえず帰ろうかな…」

「赤田先生、どこですか、ここですか」

男「き、岸華だ…逃げないと…」

岸華「先生?あっ…待って下さい」

男「…っ」タタタ


男は廊下を駆け抜け階段を上り適当な空き教室に逃げ込む


男「はあはあ…ん?」

?「え?」


着替え中の女子生徒が一人


?「っ」

男「ち、違っ…」

岸華「赤田先生ここですか?…あ」


?「きゃあああああああ!!!!!!!!」


男「ごめんすぐ出てく、出てくから!」

?「最低!変態!あんた教師でしょ!なんのつもりよ、ド変態!」

男「うっ…ごめんよ…」ガラガラ


岸華「…これは」

男「な、なに?私、本当偶然で…なにがなんだか」

岸華「これは責任をとるしかないですね…」

男「え…」


戸が開き女子生徒がこちらを睨む


?「ちょっとあんた!こっち来なさいよ!」

男「わ、ぼ、僕?」

?「あんた以外誰がいるって言うのよ!言ってみなさいよ!」

岸華「…」

?「岸華さんはそこにいて!こいつに急に襲われなんかしたらたまったもんじゃないわ!」

男「そんなことしないよ!」

?「どうだか!息を荒げて着替え中の乙女に欲情してた癖に!ケダモノ!」

岸華「そうなんですか?先生」

男「違う!断じて違うよ!」

?「信用ならないわ!とにかくこっちに来なさいよ!」

男「わ、わかったよ…」



?「私、名桐風香。名前くらいは聞いたことあるでしょ?」

男「…名桐…?いや、ないな」

名桐「はあ?誰に口聞いてると思ってるのよ!敬語を使いなさいよ、け・い・ご!」

男「うっ…いえ、ないです」

名桐「ふんっ…良く見たら新任の…なんて言ったかしら、赤田?だっけ」

男「は、はい。そうです…」

名桐「で?私の体を見た感想は?」

男「はい?」

名桐「質問を一々聞き返すんじゃないわよ!一度で覚えなさいよ!」

男「い、いや質問の意図が良くわからなくて…」

名桐「はあ?あんた現国の担当でしょ!?こんなのが教師だなんて※二南高も地に落ちたもんね!」


※第二南原高校のこと。生徒は二南生と自称している。


男「いえそれは…」

名桐「言われたことに否定から入るんじゃないわよ!返事は『はい!』でしょ?」

男「は、はい…」

名桐「で?私の体を見た感想は?」

男「い…その、暗くて良く見てないです…」

名桐「下らない言い訳してんじゃないわよっ!腹立つわね…ま、いいわ」

男「許してください…」

名桐「はっまさか。これから私の奴隷としてこき使ってあげるから、覚悟しなさい」

男「…」

名桐「返事が聞こえないんだけど」

男「…はい」

名桐「…ま、そういうことだから。じゃあ」

岸華「…」


名桐、と名乗った女学生が教室から出ていく。


岸華「あの…すみませんでした」

男「…岸華さんは何も悪くないですよ」

岸華「鳥肌モノなので私に敬語はやめて下さい」

男「…わかったよ」

岸華「いえ、私が追いかけなければこんなことには…」

男「いや、皆から逃げ出した僕が悪かったんだ、話せば…わかってくれただろうに」

岸華「そのことなんですが…」


男「…ドッキリ?」

岸華「はい」

男「なんだあ!滅茶苦茶ビックリしたよぉ!もう!だよねー!」

岸華「申し訳ないですが、私達は楽しかったですよ」

男「いやー明日からどんな顔で学校に来ようかと思ってたよ…あの名桐って子にも一杯食わされたなあ」

岸華「あれはドッキリじゃないです」

男「…まじ?」

岸華「はい」


男「」ダッ

岸華「あ…」

岸華「…逃げちゃった」


カミングスーン


こうして一学期の一日目にして『変態』の汚名を得る事になった新米教師赤田友紀。今後の学校生活が楽しみかな。次回、「オドロキ」…楽しみかな?(新田)

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