第2話 OMIYAGE HAKODATE②

 お昼休み。


 総務部の先輩たちと楽しくランチを終えて会社に戻ると、壮馬と叶恵が出社していた。壮馬の午後出勤は知っていたけれど、叶恵が会社に来るのはたぶん、三ヶ月ぶりぐらい。


 あれ……ふたりの距離が……近いんですけど?


 てか、叶恵が壮馬にべたべたしている。腕を組んだり、頬を近づけたり。壮馬の腕を豊かな胸にぎゅぎゅっと押しつけたり。えぇ、ここ会社だよ?


 見ていられなくて、さくらは駆け出して話しかけた。


「おはようございます、壮馬さん。叶恵さんっ」

「ああ、さくらさん。おはようございます」


 壮馬はいつもの壮馬だった。おそるおそる、叶恵に視線を移す。


「おはよう、さくらさん」


 び、美人だなあ、今日も。かっちりメイクに、膝上のミニスカートで美脚丸出し。さくらはどきどきしてしまった。


「昨日は多大なるご迷惑をかけてしまい、ほんとうに申し訳ありませんでした」


 さくらに、壮馬は頭を下げた。


「い、いいえ! こちらこそお世話になりました。酔いは醒めました?」

「おかげさまで。玲さんに、謝罪と感謝の手紙を送りたいので、京都の住所をあとで教えていただけませんか」

「ええ、それはもちろんですか……玲は」

「午前の新幹線で京都へ帰られました」


 なんだ、ちょっと残念……でも、しばらく逢わないほうがいいのかもしれない。


「ふうん。まだ、義兄に未練? 振ったくせにいい根性」


 叶恵が冷やかした。


「ち、違います! そんなんじゃありません。そういう、か、叶恵さんこそどうなんですか」

「どうって。昨夜は、三人で楽しく、いろいろと仲よくしたわよね、壮馬くん?」


「誤解を与えるような言動はやめるように。ほら。さくらさんの顔が真っ赤ですよ」

「あら、純情ね。ネット小説では、『過激』なのが人気なのに。まあ、とにかく、今日は総務部希望の異動願を提出しに来たの」


「ほ、ほんとうですか!」

「どこかの純情ちゃんを調教しようと思ってね。そうでないと、安心して玲さんを口説けないもの」

「は……!」


「というわけで、もうしばらく席を留守にしますが、よろしいでしょうか」

「はい。函館ツアーの残務はだいぶ進みました。あとは参加者さんのレポート待ちです」


 激安ツアーの参加条件として、参加者はレポート提出が必須だった。期限は週明け、月曜日の朝までとなっている。優秀作品には賞品が出るらしい。


 もちろん、さくらたちにも課されていた。内容は、なんでもいい。函館のことでも、新店のことでも、海鮮丼のことでも。まあ、もちろんお店について書くのが筋だと思うけれど、読み手はあの聡子社長だ。斜め上(下?)狙いかもしれない。


「ところで、社長は出社されましたか」


 昨日、あれほど具合が悪そうだったのを、壮馬は心配していた。


「午前は休んでいましたが、できれば午後は出たいと電話で言っていました」


 今夜、皆を預かる話など、ざっと聞かせた。


「相変わらずのいいこちゃんね。弟を預かるなんて」

「どこか、悪いのでしょうか」


「あー……、それは」


 朝の涼一の様子からして、ご懐妊、とはまだ公表したくないらしかった。


「たぶん、社長の疲れは、ピークだったんです!」

「……そうですか、分かりました。じゃあ叶恵、人事部から回って、社長に面会できそうだったらそのあとに」

「はい」


 壮馬と叶恵は去って行った。


 な……なんだあの距離感、親密度。昨日、ホテルでなにかあったとしか思えない。玲、面倒ばかり押しつけちゃって、ほんとにごめん。でも誘惑されたこと、類くんには絶対黙っているからね。


***


 そのころ、シバサキファニチャー吉祥寺店。


「うははははははははあはh! おはよう諸君! 久しぶり! オレの登場、ずいぶんゴブサタじゃない?」


 魔王ではない、ただの遅番・イップクの出勤だった。


「すごいテンションだね。現実世界では、『信じている』完結後にちょっとだけ時間が経過したけど、この物語の時系列的には函館ツアーの翌日だし、別にゴブサタでもなんでもないと思うよ」


 類に冷やかされる始末。


「ぐぬぬ! まあ、いい。そら、昨日のおみやけだ! 北海道昆布キャラメル! 塩辛、あげちゃいました! としぞうくんクッキー! ラッピバーガーの包装紙!」


 うちのさくらと、いい勝負のセンスだなあ、類は眺めた。


「函館店は、どうだった?」


 ちょっと意地悪な質問だなと思ったけれど、類は尋ねてみた。


「おおおぉ、おお! 広くてきれいだった! 赤レンガ倉庫の高い天井から、わーっと照明器具がぶら下がっていて、壮観だった」

「……あとは?」

「函館店オリジナルの商品がよかった! だーっと並んでいて」


 持ち前の明るさと根性だけが評価され、シバサキに入社できたのではないかと勘繰ってしまう、イップクの語彙の貧しさ。『壮観』なんて、よく知っていたなと思ったが、単に入社後の教養テストで出題されただけだった。

 これ以上聞いても、いい答えは返って来そうにない。あとで、清書したレポートを読ませてもらおうと決めた。


「社長の代わりにうちの兄が来たんでしょ、どうだった?」

「お、おう! 玲さんはいい人だったぜ! やさしいし、気が利くし」

「結婚すれば」

「な……なにを! 玲さんは、叶恵さんに狙われていたぞ。ずっと一緒だった」


「叶恵さんが? 玲を?」

「ああ。本気っぽかった。でも玲さんはさ」

「さくらのこと、忘れられないんでしょ」

「すごいな、類! エスパーか? なんで、俺が次に言うこと分かっちゃうんだ?」

「だって玲だもん」


「あんなにいい人を振るなんて、さくらって見る目ないよなー」

「きみも、いちいち癇に障ることばっかり言うね、イップク。さくらにとって、玲以上の男がいたから、そっちを選んだの!」

「あ、ああ……そっか。次期社長だもんな、お前」


「それだけが理由じゃないよ。総合的に、ぼくが上だったってこと」

「お前の魅力は認めるが、あおいちゃんができちゃったから結婚したんじゃないか?」


 イップクのくせに、痛いところを突いてきた。


 あおいは、望んで生まれた子だけれど、もし、さくらが妊娠しなかったら、婚約者の関係のままだったかもしれない。派手な類との生活に疲れたさくらが、玲に助けを求める展開もじゅうぶんあった。


「絶対にさくらと結婚したかったから、作ったの!」


 思わず、類はイップクの頭をグーで殴った。


「いってー! 暴力反対!」

「バカなこと、言わないで」


「あー、そーか、類も不安なんだぁ、まだ。さくらが、玲さんのところへ行っちゃうんじゃないかって心配なんだぁ」

「……ぼくを、これ以上怒らせたい?」


「ふん。この件に関してはオレ、玲さんの味方なんだ。地味で普通なさくらには、玲さんのほうが似合うよ。お前なんて女選び放題なのに、なんでわざわざ奪ったし? この鬼畜め。あのふたり、今でもめちゃくちゃ信頼し合っているもん。類なんて割り込めない絆だよ? いちゃらぶするだけが、恋愛じゃないんだなあ」

「……は。『この件』って、どの件?」


「やっべ失言。オレ、店内の見回り行ってきまーす!」

「え。ちょっと、イップク。待てコラ!」


「正直、お前みたいな美男子に迫られたら、誰だって気分いいと思う。今の柴崎家だって、あおいちゃんはかわいいし、明るくてしあわせそうだなって思う。だけど、さくらには、もっと身の丈に合った、穏やかな普通のしあわせがあったんじゃないかって話!」


 捨てセリフを吐き、イップクは逃げて行った。元・駅伝ランナーだけあって、逃げ足だけは、ほんとうに早い。


 イップクは、類の不安をはっきりと言い当てていた。

 格下だと思っていた相手に手痛く傷つけられ、類はがっくりとうなだれた。

 あいつなんかに……!


 函館でのさくらの様子も詳しくは聞き出せなかった、珍しくヘタレな類だった。

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