同じ鍵 いつも そばにいたい
fujimiya(藤宮彩貴)
第1話 OMIYAGE HAKODATE①
「おはよう、あおい!」
今日のさくらは張り切っていた。
函館ツアーの翌朝。冷蔵庫内の食材不足につき、お弁当は作れなかったけれど、わが家って最高。家族って最高! の気分だった。
「……うーん、おはでしゅ。まま……」
テンション低めで起き出したあおいだったが、目をぱちぱちさせているうちに、だいすきなまま……さくらが、目の前にいることに気がつき、笑顔になって抱きついてきた。
「ままー! ままっ! ま、ままー」
「ただいまあおい。昨日はお留守番、ありがとね」
「うん。ぱぱと、かいくんと、おする? おるす、した!」
「えらいよ。はい、これおみやげ」
「おみあ?」
あおいは手のひらに載るサイズの紙の包みを、ごそごそと開けた。
「みどりの、いかしゃん! こわい!」
思わず、あおいはイカのキーホルダーをぶん投げた。
「ええ? 乱暴はだめですよ」
壁に当たってぽとりと床に落ちたイカを、さくらは拾い上げた。
「オトナでもこわいよ、それ。色も、目つきもホラー」
朝シャワーから戻って来た半裸の類が、さくらの横に立った。
「ぱっぱ。おは!」
「おはよう、あおい。ママの美的センスはまじ、マイナス」
「まじ、まいにゃす!」
「壊滅的!」
「かいめつちぇき!」
「建築士の仕事をさせるの、心配だよ」
「けんち……しんぱい!」
さんざんな言われようだった。
「ひどいなあ、せっかく買ってきたのに……誕生月でみんな違う色のイカちゃんなんだよ、でもお揃いなんだよ? 父さまとお母さんの分もあるよ?」
「だいじょうぶ、ぼくは使うけど。赤いイカ、家の鍵につけよっと。あおい、ままがかわいそうだから、保育園バッグにつけてあげようね? ん、そっちの包みはセンスよさそうじゃん、なに?」
「ああ、これは」
玲からおみやげにもらったオルゴール……とは、さすがに言い出しづらい。
「あおいに、だよ」
とだけ言って、そっとあおいの両手に渡した。少し重いので、丁寧に。
「いかしゃんでてきたら、どしよ……」
「いかしゃんはいないよ。どうぞ」
いかしゃん、軽くトラウマ? ゆっくりと、あおいは勢いよく包装紙を破いて中身を取り出した。
「……はこ。はこ! きれい」
あおいが上のフタを開けると、音楽が流れはじめた。
「きーらきーらひかりゅー、だ! あおい、しってる! きらきら、ひかりゅー!」
「ふうん。ハコダテだけに『箱』か。これはさくらのセンスじゃないね。さては」
類はさくらを睨んだ。気がついてしまったらしい。
「あ、えーと。あおい専用のオルゴールがあってもいいんじゃないか、って」
「ふうん、あっそ」
嫉妬の視線、痛いです。笑ってごまかそう。やましいことは、なかったんだから。
「類くんには、シバサキのおみやげもあるよ。函館店限定品」
「へえ、ルームライトか」
「光るんだよ。いろんな色に」
プラグをコンセントに差すと、あおいが飛びついた。
「あか! あお! きいろ! むらしゃき!」
「……派手だね」
「単色に固定もできるって。頑丈なつくりだそうで」
「しばらくは、あおいのおもちゃだね。あおいが飽きたらベッドサイドに置いて、ピンク色固定で使おうよ、ね? さくらの肌がピンクに染まるとこ、見たーい」
「やだ、類くんってば朝から……」
さくらが照れていると、類は満足そうに頷いた。
「じゃあ、次。お、これはいいね! 吉祥寺店でも作れないかな」
トートバッグに喰いついた、類。A4サイズの入る大きさで、内ポケットが何個かついている。ペットボトルも小物も入れやすい。
「いいよね、通勤用にもなるし、普段使いもできそう」
「規格だけ流用して、ルイくんデザインで売り出せば……」
「『北澤ルイ』を使うの、禁止でしょ」
さくらのことばに、類はほほ笑んだ。あ、北澤ルイの必殺技・天使のほほ笑み。
「それがさ、ルール変更になりそうなんだよ」
「ルール?」
「うん。母さんとちょっと、昨日いろいろとあって……この話は長いし、あとでね」
たまに、思わせぶりな発言をする、類。自分ひとりだけ、納得していた。ああ、もやもやするなあ。
***
「今日はお弁当を作れなくてごめんね、明日は必ず。じゃあ、行ってきます」
「気にしないで。明日、楽しみだよ。いってらっしゃい、ぼくのさくら。ぼくのあおい」
「いってちまーっしゅ!」
で、さくらにちゅっとキスをする類。続けて、あおいのほっぺにも。
さくらのほうが通勤時間は短いけれど、出社時間が早い。類に手を振って家を出た。
会社に到着すると、意外な人物に遭遇した。
「父さま? おはよう!」
「じいじ、おっは!」
弟の皆をだっこした涼一が、シバサキ本社のエントランスにいた。
「おお、さくら。あおい! おはよう」
「どうしたの。こんなところで」
涼一は苦笑した。
「いやあ、それが……聡子の調子がよくなくて」
「あ!」
そうだ、そうだった。ずいぶん、時間が空いていたような気がけれど、昨日の話だった!
「おめでとう、父さま。類くんに聞いたよ!」
「こ、声が大きい、しーっ」
「だいじょうぶ? 早いよね、つわりになるの」
「しーっ! まだ、この件は秘密なんだ。私だって昨日聞いて」
「うわあ、そうなんだ」
「類くんはさすがだね。女性の身体に敏感というか」
「だって、類くんだもん」
「聡子は、今日もダウンしている。でも、私も休めない会議があるし」
ゆえに、涼一が皆を保育園へ連れてきたのだろう。
「お迎えしておこうか。あおいと一緒に」
「類くんに叱られないかい? 両親の生活とは、けじめはつけろって」
「非常事態だもん、細かいことは言っていられないよ。よかったら、今夜預かるよ。ねえあおい、皆くんが泊まりにきたらうれしいよね?」
「かいくーん、かわいい」
「……ほら、あおいも賛成だよ、父さま?」
「なにもかも、さくらにおんぶにだっこ。ほんとうに申し訳ないよ。実は明日、産婦人科に予約を取っていて……」
「分かった。片倉さんのところだね。診察が終わるまで、皆くんを預かる」
「す、すまない……だめ親で」
「そんなことないよ。たまには役に立ちたいし。今も、急いでいるんじゃない? 皆くん、保育園に届けておくよ」
「さくら、やっぱり私はいい娘を持ってしあわせだ! 毎晩、あの類くんに組み敷かれていても、私の娘だよ! ありがとう」
「や、やだぁ! 毎晩とか、あおいの前で」
「そうだった。つい」
父は、会議の準備があるとのことで、さくらに皆を託すと、走って行った。
「よしよし、皆くん。あなたも大変だね。今日はうちでお泊り会だよ」
あやすと、皆はにこにこと笑ってくれた。ああ、かわいい。うちも、次の子が早くほしいかも。できたら、類くんにそっくりな男の子。でも、忙しくなっちゃうな。
とりあえず、お昼休みにでも聡子へ連絡してみよう。出社できればいいのだけれど。
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