4-3

 栞は天子達に何か起こらない限りここには近づかないようにともう一度念をおされ、駆人と共に神社を後にした。栞の家は同じ住宅街の中でも、神社を挟んで駆人の家と反対方向にあるようだ。暗くなりつつある道を、二人は並んで歩く。

「……。怪奇ハンターのことだけど」

 しばらく無言のままだったが、栞が唐突に口を開く。

「お化けに目をつけられてるって言われたときに驚いてたけど、いやいややってるってわけではないんだよね?」

「まあ、そうだね」

 最初に勧誘されたときに勢いでこの町を守りたいなどと大層なことを言ったが、そのすべてが嘘というわけでもない。

「他の誰かが危険にさらされてるって時に、助けられるんなら黙ってみていられないかな」

「ふーん。やっぱり変わってないんだね」

 『やっぱり』。栞は神社に入る前にもその言葉を使った気がする。駆人は彼女とこんな風に会話するのはほとんど初めてだ。家が近いということは小中学校も同じであったのだろうが、同じクラスになったことはないはず。霊感があることは誰にも話してないし、過去に目立つような行動をした憶えもない。

「もう一度聞くけど、それって本当に危なくないの?」

「心配しなくても大丈夫だよ。あの二人は実際強いし」

「それに美人だし?」

「うん。……、え」

 栞は少し安心したような顔で笑う。その笑顔を駆人はどこかで見たことがあるような気がした……。


 しばらく歩き続けると公園が見えてきた。住宅街の中にあるにしては比較的大きな公園だ。遊んでいる子供も多い。その子供たちももう帰り支度を始めているようだ。あたりはもうだいぶ暗い。

 二人が賑やかな公園を横目に通り過ぎようとした時、栞が足を止める。

「七生クン。ちょっと公園によってもいい?」

「いいけど……。なにかあるの」

「ちょっとお手洗いに……」

「ああ、そういうこと。じゃあ僕はその辺のベンチで待ってるから……」

 ごめんね、と一言添えて栞は公園内のトイレに向かう。


 駆人をあまり待たせるわけにもいかないので、そそくさと個室に入る。

 と、そこで気づいた。備え付けられているホルダーのトイレットペーパーがない。個室内を見渡すが、予備は置いていないようだ。今日は特に用事もなく手ぶらだったので、このままではどうしようもない。もしかしたら外にあるかもしれない、と思い扉を開けた。

 すると、そこには人影が……。他の利用者か、と思ったが、どうにも様子がおかしい。この人影は……、男!?

「紙が欲しいのか?」

「ひっ」

 男が言葉を発する。女子トイレの中に男がいる時点で、明らかに不審者だ。栞は小さく悲鳴をあげた。

「赤い紙、青い紙。どちらがいい?」

「きゃ……」


 一方外で待つ駆人はベンチに座って手持ち無沙汰に公園の時計を眺めていた。もう六時を回ったところだ。天子はいつものように野球でも見ているのだろうか。そういえばお腹がすいたな。空子さんの手料理を一度食べてみたいものだ。

 そんなことを考えていると……。

「きゃああああああああああああああああ!」

 !栞の悲鳴だ。駆人はベンチから跳ねるように跳びあがり、トイレの方へ駆ける。

「綾香さん!?何かあった!?」

「あ、駆人クン!紙がないから探してたらこの人が……!」

 栞の声のする女子トイレの方を見れば、出口をふさぐように男が立っている。

「不審者!?いや……」

 その男は、駆人の登場に目もくれず。栞の前に立ちふさがり続ける。

「赤い紙、青い紙。どちらがいい?」

「この気配は……。都市伝説か!」

「都市伝説!?」

「紙がなかったんだよね?じゃあ……」

 駆人は男子トイレの方に入り、予備として積んであるトイレットペーパーを一つ手に取り、女子トイレの方に戻る。立ちふさがる男のわきから取ってきたものを栞に投げ渡した。

「とりあえずそれ使って。こいつは俺が見とくから」

「え、でも……。こいつは……」

「……。そういえば、あの紙を持ってきちゃったから、男子トイレの紙がなくなったなあ~!」

 駆人はわざとらしく大声で状況を説明する。その声に出口をふさいでいた男は駆人の方に向かいなおり……。

「紙が欲しいのか?赤い紙、青い紙。どちらがいい?」

「な、七生クン!?」

「大丈夫だから。用を済ませた後でいいから、あの神社に戻って天子様を呼んできてもらえる?」

 駆人は表情を一切崩さず、都市伝説の男と対峙する。

「わ、分かった」

 にらみ合った姿のまま、対峙する二人は少しづつトイレから離れるように動く……。


 栞は住宅街の中を走る。早くあの神社に行き、今も都市伝説と対峙し続ける駆人を助けなければならない。

 実のところ栞が駆人に助けられるのはこれが初めてではない。駆人は栞のことを憶えていないようだし、天子から説明を受けていた時に言っていたが、霊感に関することで他人と関わったこともないと言っていたから、その出来事も憶えていないのだろう。


 あれは小学生の頃だ。栞はその頃、突然にこの世のものでないものが見えるようになった。急に見えるようになって、お化けが見えるとか、ありもしないものがあるなどというものだから、当然周りの人たちは気味悪がった。友達も、先生も、果ては親でさえも。

 そんな時に学年合同の遠足があった。行き先は大きな公園。そこには遊具や広場のほかに、森のようになっているところがあった。お化け発言で気味悪がられている栞は、クラスメイト達の輪になじめず、一人その森の中を歩いていた。

 トボトボとうつむいて森の中を歩いていた。ふと何かを感じ顔をあげると、周りには何とも形容しがたい、お化けの群れ。そいつらが栞を取り囲んでいた。悲鳴でも上げれば誰かが気づいてきてくれるのかもしれない。しかし、栞はその場にしゃがみ込む。こんなに怖いのに、誰も信じてくれない。誰も助けてくれない。今までもそうだった。むしろ泣けば泣くほど自分が不気味に思われる。

 その時だった。顔を覆っていた手を誰かが握る。その手の主は力強く手を引っ張り、栞を立ち上がらせた。

「大丈夫だから。僕の背中だけを見てついてきて」

 そう言って栞の手を引いて、生徒がたくさんいるところまで連れて行ってくれた。

 近くにあったベンチに二人で座ると優しい口調で栞に喋りかけた。

「あいつらは見えるだけで何もしてこないから、もし見えても、見えないふりをするんだ。それにほとんどの人には見えないから、なるべく周りの人には言わない方がいいよ」

 こわいのはこわいけどね。そう言いながら笑いかける。

 初めてお化けの怖さを他人に理解してもらった。安心した栞は、笑顔を返すのだった。


 その出来事は、栞にとって大きな心の支えになった。その後、栞は彼の言葉に従った。害がないと分かれば、大したことはない。他の人に言いふらすのもやめた。

 もしあのままだったら、他人を信じられないままだったかもしれない。

 駆人は忘れているのかもしれないが、栞にとっては彼はかけがえのない恩人なのである。

 そんな駆人がまた、自分を助けようとしてくれている。一刻も早くあの神社へ向かわなければ。

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