2-4.end
「あの老婆のことですが」
さらにしばらく走った後、駆人が口を開く。
「思い出しました。やはり都市伝説でしょう」
「!やはり駆人君知っていましたか」
「はい。名前は確か『百キロババア』とかなんとか」
「百キロババア……。今はすでに百五十キロを超えていますけどね」
いくつかのカーブを越え、その『百キロババア』との距離は縮まりつつある。
「それで、あのお婆さんには何か弱点とか対処法はあるんですか?」
「それですが……、僕の知る限りないんです」
「ない?」
「はい。元々ただ走ってる車の近くに現れて、目撃した人が驚く、というだけの話ですから。実際に直接害をなす存在ではないわけで。強いて対処法と言えば、現れても驚かずに事故が起こらないように安全運転する、程度かと」
老婆がただ高速で走るだけ、の都市伝説。害がなければ対処法もない。
「なるほど……。でも実際にあの方に驚いて事故が起こってしまっている以上、何らかの措置は必要ですね。策はありませんが、とりあえず近づくほかないでしょう」
「ええ」
方針が固まったところで、駆人はカーナビを見る。
「あ、カーブです!それも右と左に連続で!」
「分かりました!」
空子は駆人の声にこたえると、ハンドルやシフトレバー、ブレーキにアクセルをせわしなく操作する。カーブに差し掛かると速度を維持したまま、タイヤをきしませ、コーナーを突破する。前を見れば、こちらの車のヘッドライトに照らさせた老婆が体を思いきり傾け、同じようにコーナーを走り抜けるのが見えた。
連続コーナーを抜け、車が体勢を立て直すと、駆人はバックミラーになにかが動くのを感じた。その疑問を解消すべく後ろに思いきり首をひねると、何かが高速で近づいてくるのが見えた。
「!?後ろから何か来ますよ!」
後ろから迫ってきた何かは、果たしてこちらに並び、追い越し、前に出た。その姿は…。
「今度はおじいさんですか!?」
空子が声を荒げる。今度は老爺が百キロババアと同じように素晴らしいフォームで走っている。
「……。『百キロジジイ』。話によっては登場するのがお婆さんだったりお爺さんだったりするんです」
「それが参戦してきたってことですか」
さらに横の木立からも何かが飛び出してきた。今度は動物のようだ。四本足で、やはりこちらと並走している。
「今度は何ですか……、って犬!?」
体の大きな犬がこちらと同じスピードで走っている。しかしその顔は犬というよりは……。
「犬の体に人の顔がついている!?あ、あれは『人面犬』!そうだ、人面犬にも高速で走る車の近くに出現する話がある!」
急に増えた参戦者に空子は一瞬平静を失う。しかし、奴らが一歩も譲らないレース展開を繰り広げるのを見て、冷静さを取り戻す。
「やはり、スピードに惹かれあう者達。ということなんですかね」
顔つきも神妙なものに戻っていた。
「そういうことなんでしょうね」
もうそろそろなれてきた。
二人と一匹、そして一台のレースは、抜きつ抜かれつのデッドヒートを続けながら、激しさを増す。コーナーで空子のテクニックが優ったかと思えば、直線で百キロババアが猛追を見せる。前を走る百キロジジイが体勢を崩せば、人面犬が一気にその差を詰めた。
左右へと次々と揺られ、駆人はほとんどグロッキー状態だったが、なんとかカーナビで空子への指示は続けていた。そんな駆人の必死の指示が飛ぶ。
「次は右コーナー、そのあとはしばらく直線です」
「分かりました!」
指示を受け空子はハンドルを切る。タイヤを滑らせ、コーナーを曲がりきると四者はほとんど横並びになる!
周りの視界がかなり良くなってきた、空は、夜が明ける間近のように白んできて、左右の山の背も低くなったように思える。
「駆人君!次の指示を!」
「えっと、直線の後は……。ん?表示が遅れているのか?」
カーナビの地図は直線の後を表示しない。あまりに高速で走りすぎて表示するのが追い付いていないのだろうか。
「いえ!違います!前を!」
そう言われて前に目をやると、そこには黄色と黒で縞模様が作られたバリケード、更には工事現場のようにブロックや板が積まれている。
「ま、まさか」
カーナビに先の道が表示されなかったのは遅れていたのではない。
「この先に道はありません!途切れている!?」
左右の山も切れ、高架になっている部分が途切れている。しばらく向こうには道路が続いているのが見えるが、その間がぽっかりと抜け落ちている。しかしレース中の四者は一向にスピードを緩める気配がない。
「何してるんですか!止まらなくては!このままいけば谷底に落ちますよ!」
「止まるわけにはいきません!あの先に見える道路はおそらくこの空間の出口、すなわちゴールです!このまま突っ込みますよ!」
「いやだあああああああああ」
四者は一切スピードを落とすことなく、むしろスピードをあげながら、道路の切れている部分に突っ込む!
「行けえええええええええええ!」
詰まれたブロックと板を利用し、全員が一斉に切れた道路を飛び出した。着地するであろう道路の向こうには、合流地点で走る多くの車と、町並みが見えていた。
無事に元の道路に戻ってきた空子たちは、高速道路を走った先のサービスエリアに立ち寄っていた。空子は自動販売機で缶コーヒーを買うと、設置してあるベンチの方へ向かった。そこには先ほどまでレースを繰り広げていた、『百キロババア』、『百キロジジイ』、『人面犬』の姿もあった。合流した四人(人面犬も人でいいのだろうか。)は笑顔で健闘を称えあっている。それぞれ飲み物を飲みながら、走りっぷりがいいとか、コーナーの曲がり方がよかったとか、レースの内容を思い出しながら談笑している。
辺りは薄暗い。太陽もほとんど隠れているが、昇るのではなく沈む夕日だ。カーナビの時計は午後六時を示している。助手席でグッタリとしている駆人のもとに、話し込んでいた空子が帰ってきた。
「大丈夫ですか?駆人君」
「あ、はい。なんとか……」
のっそりと起き上がりながら答える。運転席についた空子は車のエンジンをかけた。
「あの、あいつらはどうするんですか?やっつけたりは……」
見れば、あの都市伝説三人は、別れを惜しむようにこちらに向かって笑顔で手を振っている。
「あの方達は、レースの相手が欲しかったみたいなんです。だから、高速道路で喧嘩を吹っ掛けるような真似をしていたんですね」
「レースの相手……」
「今回のことで対等に戦えるライバルたちと出会えたので、今度からはあの怪奇空間でレースをすることで満足していただけるようです。まあ、もしもまた人間たちを驚かせるようなことがあれば、その時は、罰を受けてもらうことになるでしょうけど」
「そういうこともあるんですね」
「姉さんがいっていましたが、怪奇存在であっても生きているんです。都市伝説は人間が生み出したものですが、それは一緒です。無暗に消し去る、というわけにはいきませんから」
駆人は空子の言葉を聞いて、少し考えるそぶりをした後、後ろを向いて、遠ざかる三人に手を振り返した。
「さて、都市伝説退治は終わったので、お家まで送りますよ」
「ありがとうございます。でも、くれぐれも安全運転でお願いしますよ」
高速道路は車の波にあふれ、駆人達の乗る車もその中に消えてゆく……。
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