一夜のキリトリセン

@chauchau

勿論捕まえました。


 友人には、どうしてあの馬鹿が彼氏なのかとよく聞かれる。


「あっれー!? まじで無いんやけど! えぇ……、ちょぉぉ、まじありえへんってまじ意味不明やし」


 面と向かってお前の彼氏は外れだと指摘してくれる友人たちの心意気には涙が止まらないわけなんだが。


「絶対この辺にあるはずやねん! なあ、ホンマに知らん? 一昨日使ったのだけは覚えてんねん」


 さきほどから必死になって鋏を探し続ける自分の彼氏に、


「あぁ……! もう! すぐに中見たいねんって!!」


 だから普段から掃除をしておけばと正論を言う気もなく、


「ンで、一番良いとこで袋とじなんかするかなァ!!」


 探すなんて真似に意味がないことも知っているので、


「この!!」


 ため息をつくだけにしておくのであった。



 ※※※



「く……ッ! も、もうちょ……! い!!」


「ねえ」


 ついぞ目的のブツを見つけることが出来なかった彼は、なんとか中が見えないものかと袋とじ部分を限界ギリギリまで広げることに一生懸命だ。


「見、見え! 見え……へぇん!! 神は、神は俺を見放した! オゥ、マイゴッ! オウマイゴォ!」


 …………。……。


「ごぱッ!?」


「ねえ」


 いきなり床にキスをしだした彼に寛容な私は再度声をかける。


「なにすんねん!?」


「声をかけただけだけど」


「おもっくそ後頭部蹴られましたけど!?」


「ああ……。ごめんね、伸ばしたら当たっちゃった。ほら、私『は』足が長いから」


「おほほほぃ、おもろいこと言うやんけ。嫌味か? 足の短い俺に対する嫌味か?」


「落ち着いて」


 額に青筋を立てる彼をこれ以上刺激しないようにと私は言葉を選ぶことにする。


「君は足が短いんじゃなくて、そもそも背が低いだけだから」


「全面戦争じゃボケ!!」


 あれほど執着していたエロ本を投げ捨てて、腕まくりしながら寄ってくる彼は実に単純で、やはりどうして自分はこんな男と恋愛関係にあるのだろうかと不思議に思わずにはいられなかった。


 謙遜をする気はないので真実だけを言えば私は美人だ。

 街を歩けば老若男女がかなりの確率で私を二度見するし、スカウトされるのだってもう日常と化している。ラブレターだってもらい飽きるほどもらったし、私への告白待ちの列が出来たことだってある。

 それに比べて彼は、……彼女補正を込めても中の下だろう。顔がどうのこうの言うつもりはないが、まず服のセンスがない。せめて自分の中で芯がありそのファッションをしているのならば百歩譲るが、それもない。適当に目の前にあった安い服を買っているだけに過ぎない。

 背も低く、運動神経も悪い。そのせいで最近少しずつではあるがおなかに肉が付いてきている。のを気にしているくせにダイエットをする根性もない。

 頭が悪くない、というより国立大学に入る程度に偏差値は高いのだが、それ故に屁理屈をこねるところがあり、のくせに悪い意味で子どもっぽい。負けず嫌いで負けそうになるとすぐ逃げる。


 言い出したらキリがないほどに彼の汚点ばかりが目に付くわけなのだが、そんな彼と私はれっきとした恋人関係にある。

 その流れは大学生としては実に普通なもので、偶然合コンで出会った時に一目惚れして告白して、別にその時相手がいるわけではないしとお試しで付き合うことになった。それだけであり、それが今もずるずる続いているだけだ。


 だからこそ私の友人はどうして彼氏が彼なのかと何度も聞いてくるわけだ。実に最もであり、


「ギブッ! ギブギブギブッ!!」


 あまりにも彼が弱すぎるため考え事をしながら対処していたのだが、考え事のほうに熱中するあまりに手加減を少し忘れてしまっていたようだ。

 腕関節を極められた彼は、情けないほど無様な顔を曝しながら泣き言を零している。


「おまッ! 死ぬぞ! まじで俺死ぬからな! めちゃくちゃ弱いんやぞ! 手加減しろや、泣くぞ!!」


「普通さ」


「聞けや!」


「普通さ」


「ハイ」


 彼の頭蓋骨を優しく掴んであげれば大人しくなった。


「見るかな、エロ本。彼女が目の前に居るのに。見ないよね?」


「そんなん世間一般が言っとる普通を俺に当てはめられても困る言うか」


「見ない。よね?」


「せやな。普通は、見ぃひん、かもな」


「うん。じゃあ、どうして?」


「いや、ほら、あのー。うーん……、なんていうかさ、ハンバーグが好きやからってそれがエビフライになるわけやないやん? 目の前に彼女居る言うたかて、それがじゃあこの女優さんとか、そういうのに代わるかなぁ、ってなったらやっぱりちょっと、ちょっと? な? 難しいかもしれへんこともないこともないかもしれへんしぃ、いや、まあなんというか」


「無駄話をこれ以上続けるつもりなら殴る」


「実は貧乳ロリが好きやねげぼぉ!!」


 潰れたカエルのような声をあげながらせっかく畳んだ洗濯物に彼は突っ込んで行った。


「端的に言うたやんけ!?」


「端的に言えば殴らないとは言っていないじゃない」


「無茶苦茶かおどれは! て、おいおいおい、なにため息ついとんねん、こら」


「別に、どうして君の彼女が私なのかと思っただけ」


「はぁ?」


「私たちが付き合っていると知るとみんな驚く」


「はぁ」


「絶対に不釣り合いだって」


「ああ、まあな」


「だいたい君はロリコンだし」


「それに関しては、まあ……」


「よく君の彼女を続けれるなって言われる」


「ん?」


「いい加減別れたほうが良いとも何度も何度も忠告された」


「え?」


「お情けで付き合ってあげているにしてももう充分だよって」


「おい。え? ……なあ」


「なに?」


「いや、俺の記憶間違いやったらあれやねんけどな」


「だからなに」


「告白してきたん、やんな?」


「……」


「……」


「……」


「……」


「そうだけど?」


「せやんな!? お前からやったやんな!? お前が俺に一目惚れして告白してきたから、そん時彼女居るわけでもないし別にええでって俺言うたんやんな!?」


「そうだよ? ……もうボケたの?」


「おかしない!? お前の友達からしたら、俺がお前に告白して付き合ってもらってることになってへんか!?」


「ああ……」


 彼の言いたいことは分かる。

 確かに私の周りの人たちは彼と私の関係性で少々の認識のずれを含んでいるのは間違いない。

 だけど、


「訂正するとさ」


「うん」


「私が君にベタ惚れだと、惚気話をすることになるわけで、その……。恥ずかしい」


「俺への風評被害は!!」


「今さら多少評価下がっても良くない?」


「お前ホンマに俺のこと好きなんか!?」


「愛してる」


「お、おおう……」


「好きなんて言葉じゃ物足りない。それこそチープだけど愛している。私たちはまだ学生だから仕方ないけど、お金を稼げるようになったらすぐ結婚したい。というか今すぐに式だけでもあげたい。あげよう」


「怖い。待って、いや、待ってください、すいません。あの、怖いっす」


 後ずさろうとする彼をじりじりと壁際まで追い詰めていく。

 彼の瞳に私以外が映っていることにいらだちが隠せない。目の前に私が居るのにエロ本などに心奪われていることが悔しすぎて吐きそうでため息しか出ない。


「分かった! よし、分かった! こうしよう、あれや、今から俺シャワー浴びてくるから!」


「大丈夫、気にしない」


「俺は気にするかなァ! 俺はめっちゃ気にするかなァ!!」


「……三十秒」


「せめて五分ください」


「三分以上経ったら私も中に入る」


「二分で終わらせるわ」


 テキパキと準備を始める彼の背中を見つめながら、


「ねえ」


「あん?」


「どうしてさっき捨てた本と財布を持っているの」


「ああ……。コンビニで鋏買おうかなって」


「ふぅん」


「……」


「……」


「……」


「……」


「あばよッ!!」


 世界的に有名な大泥棒も真っ青な逃げ足の速さで外へ出て行く彼を見送ったあと、ズボンの後ろポケットに隠しておいた鋏を机の上で戻してから、

 私も彼の部屋を後にした。


「待てこらァァァ!!」


「ぎゃぁぁああぁぁあああ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一夜のキリトリセン @chauchau

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ