絵に描いた顔

 ある中学生は、美術室の七不思議を試してみた。


「美術室にある描きかけの人物画が話しかけてくる」




 美術室の奥に、その絵を見つけた。

 深緑の木々を背景に立つ、一人の人。

 上品な服を着た、褐色の肌と長い茶髪が印象的な、一人の人。


 でも、顔がない。描かれてない。のっぺらぼう。

 

 耳元でささやき声。

「ねえ、続きを描いて。とびっきりの美しい顔を」


 絵の具と筆を準備し、早速描いた。かなり上手く描けた。


 耳元のささやき声は言った。

「何これ? 全然美しくない。描き直して」


 描き直した。

「こんな目じゃ駄目。描き直し」


 描き直した。

「鼻高々になってないで、もっと鼻を高く描いてよ。描き直し」


 描き直した。

「口が気に入らない。口酸っぱく言わなきゃいけない? 描き直し」


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も描き直した。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も「描き直し」と言われた。


 長いこと未完成でほっとかれた絵は、こんな顔になりたいと願望を膨らませ続けてきた。

 膨らみすぎて、人間が表現できないほど、いや、この世に存在できるはずがないほど美しい顔を望んでしまっていた。

 

 だから何度描き直しても、完成することはない。


 そうとは知らず、泣きながら描き直し続ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る