群青の高空

神奈内かんな

AGL.01

「セクメト12よりハニーポッドコントロール、IFFに反応の無い機を発見。機数4、増援の必要は無し。オーバーアンドアウト」

 赤い耐Gスーツを身にまとい、頭に透明なバイザーと酸素マスクを着けた、茶髪セミロングの少女はそう言うと、左手に握っていたスロットルを少し押し、いくつかのスイッチを操作した。

「フォックスワン」




 そこから離れた所を、4機の飛行機が飛んでいた。2機は、双発単垂直尾翼複座の戦闘爆撃機・ジールサンティ F-4E ファントムⅡ、残りの2機は双発双垂直尾翼単座の制空戦闘機・ジールサンティ F-15CM ゴールデンイーグルであった。

 その4機の受動警戒装置が作動、ロックオン警報を鳴らした。

 増槽投棄、電磁妨害対抗、回避機動を開始し、4機は散り散りに逃げた。

 そこへ、4発の紫色のミサイルが超音速で接近してくる。4機は電磁妨害を止め、チャフ(アルミコーティング箔)を散布、電波虚像を作り出す。

 3発のミサイルに搭載されたアクティブフェーズドアレイレーダーシーカーが目標を見失う。が、1発だけは見失わずにF-4E ファントムⅡを追尾、近接信管を作動させて指向性散弾を浴びせた。

〔アジェッタ25、イジェクト!〕

 エンジンから出火したF-4E ファントムⅡのキャノピー(風防ガラス)が吹き飛ぶ。そして、2人のシートベルトが巻き上げられ、後席ウェポンオペレーター、前席パイロットの順に座席ごとロケットブースターで打ち上げられた。減速用ドラグシュート展開、シートベルトが外れてパラシュートが開いた。

〔敵機は何処だ!?〕

〔ネガティブコンタクト、反応は無い〕

〔いた、ワンオクロックロー(1時方向、下方)、1機だ〕

 F-15CM ゴールデンイーグルの胴体下部に取り付けられたスナイパーXR照準ポッドの熱源索敵センサーが遥か下方の機影を捉えた。

〔アジェッタ14、フォックススリー!〕

〔アジェッタ15、フォックススリー〕

〔アジェッタ29、フォックスワン!〕

 2機のF-15CM ゴールデンイーグルがそれぞれ1発ずつ紫色のAIM-120C アムラーム視程距離外空対空ミサイルを、F-4E ファントムⅡが1発の紫色のAIM-7F スパロー視程距離外空対空ミサイルを発射した。


 赤いブレザーの少女は、コクピット右側の電子戦スコープを見、電磁妨害を開始した。同時にチャフ散布、左手のスロットルレバーを押し込み、アフターバーナーを焚いて上昇する。そして、F-4E ファントムⅡをヘッドオン(正面)で捕捉、スロットルレバーの兵装選択スイッチを[MRM]から[SRM]に切り替え、操縦桿の兵器投下ボタンを押した。


〔ブレイク、ブレイク〕

〔駄目だ、振り切れない!〕

 F-4E ファントムⅡはフレア(ミサイル妨害花火)を撒きながら旋回する。が、ミサイルの熱源シーカーはF-4E ファントムⅡの機影を追尾、近接信管を作動させた。

〔アジェッタ29、イジェクト!〕

〔ファック! こいつめ!〕

〔フォックスツー!〕

 F-15CM ゴールデンイーグルが紫色のAIM-9X サイドワインダー短距離空対空ミサイルを発射した。


 少女は後ろを振り返り、AIM-9X サイドワインダー短距離空対空ミサイルがやってくるのを視認、操縦桿を思いっきり引いてフレア放出、スロットルレバーを引いてエンジン出力を下げた。

 ハイループ(上方回転)機動、フレアに惑わされた紫色のAIM-9X サイドワインダー短距離空対空ミサイルは機影を見失った。


〔くそっ!〕

〔相当な手慣れだ、気をつけろ!〕

 2機のF-15CM ゴールデンイーグルが猛追する。


 3機の戦闘機がハイループ機動でぐるぐる回る。すると突然、少女は操縦桿を倒し、機体をロール(水平回転)させた。そして、操縦桿を引いてハイループ機動を止めた。


〔逃がすかよ!〕

 2機も続く。


 少女は機体を斜方降下、一気に高度を落とす。そして、フラップスイッチを押してフラップ(高揚力翼)を下ろした。


〔なっ……!?〕

 F-15CM ゴールデンイーグルの2人は、目標が急上昇したように見えた。そして、それを追い抜いてしまう。


 少女は開いていたエアロブレーキを閉じ、フラップを上げる。そしてスロットルレバーを押して最大出力へ。2機のF-15CM ゴールデンイーグルをバイザーに表示された円の中に捉え、兵器投下ボタンを押した。

「フォックスツー」


 2機のF-15CM ゴールデンイーグルはフレアを撒き、散開した。

〔こっちに食らいつきやがった!〕

「回避に徹しろ! あいつは俺がやる!」

 ミサイルの追尾から逃れたF-15CM ゴールデンイーグルは急旋回する。が、敵機がいない。パイロットが辺りを見渡す。

「何処行っ――アジェッタ14、ブレイク、ブレイク! シックスオクロックに敵機!」


 F-15CM ゴールデンイーグルはミサイルをかわした。が、20mm ZM61A1バルカン六砲身機関砲の弾幕を受け、左エンジンから出火した。

〔アジェッタ14、イジェクト!〕


 残ったF-15CM ゴールデンイーグルは敵機を追い掛ける。

「逃がしゃしない、フォックス――」

 そう兵器投下ボタンを押しかけた時、敵機は右上方へ急激な機動を見せた。それにより、2機は接近、ミサイル最小射程を割り込んだ。彼は操縦桿を慌てて左へ倒し、左バレルロール、敵機をかわした。

「コブラか!? あんなことが出来るなんて――」

 振り返ると、そこに敵機の機首があった。手を伸ばしても届きそうも無いがしかし、威圧的な光景に身が竦む。

 そして、その真っ青な敵機の右エアインテーク近くから煙が吹き出した。

 咄嗟に彼は、左太もも付近の黄色い緊急脱出ハンドルを引いた。シートベルトが巻き上げられ、キャノピーが吹き飛ぶ。そして、ロケットブースター点火、空中へと飛ばされた。

 減速用ドラグシュート展開、シートベルトが外れ、座席と永遠の別れを告げる。背負っていたパラシュートが開き、空に浮かんだ。見れば、愛機のF-15CM ゴールデンイーグルは、右主翼が断ち切られ、両エンジンから火が出ていた。さらば、イーグル。

 ジェットエンジンの爆音、愛機と同じ音。彼の視界に、真っ青な敵機が入り込み、翼を振った。

 クリップドデルタ形状の大きな主翼、ドッグトゥース(切り欠け)がある全遊動式水平尾翼、可変式エンジンノズル、可動式エアインテーク、真っ赤に塗られて白百合の花のシルエットが描かれた双垂直尾翼、そして真っ青な胴体――イクサチラン共和国連邦で開発された制空戦闘機・ジールサンティ F-15C イーグルを敷島連邦がライセンス生産して改修を加えた、開成重工 F-15MZ イーグルである。







 広い宇宙の中、何処かにある銀河系。

 そこに、恒星からほど近い惑星があった。水や酸素、鉱物が豊富にあるその星では、高度な知性を持った生命体が生まれ、その星全土に広がっていった。


 と、思われていた。飛行機と呼ばれる乗り物の発展と、それに伴う第一次世界大戦が勃発し、エウロパ大陸のケルティカ地方と北イクサチリン大陸のイクサチラン共和国連邦との間にある巨大な海に、未知の大陸が発見された。

 結果、イクサチラン共和国とチュートン連合帝国、さらにベリカヤラシーヤ帝国が奪い合い、焦土にしてしまった。

 戦後の調査で、何の資源も無し、更にどの大陸からも遠く離れていた為にどの国も領有権を放棄した。




 世界は再び大戦が起き、敷島皇国連盟に2発の核爆弾が投下され、チュートン統一帝国も東チュートン平等共和国と西チュートン公国連邦に分断された。

 イクサチラン共和国連邦とサビィートラシーヤ平等共和国連邦との対立が深まる中、あの名も無き大陸に注目が集まった。


 その大陸は、かつての神話になぞらえて「アトランテ大陸」と名付けられ、兵器の実験場にされた。




 それからおよそ80年。アトランテ大陸は各国から集められた高校生達による、実演弾と呼ばれる特殊な麻酔弾を用いた模擬戦争の場所にされていた。







 国立敷島学園。エウロパ大陸の東の果てにある島国、敷島連邦がアトランテ大陸に設立した防衛研究校。学生ならではの無茶を戦術に応用できないか、という研究を行うのが目的である。それ故に他国の防衛研究校と比べて規則が緩く、たとえ敷島連邦軍が正式採用していない兵器――仮想敵国である中州帝国やベリカヤラシーヤ連合王国のものであっても――の使用が許されている。それも、自由な塗装も許されて。


 敷島学園の20ある分校の内、一番北の外れにある第11分校。その16R滑走路へ、1機の飛行機が着陸順路に入った。

 フラップダウン、ギアダウン。エンジン出力を落とし、機首上げの状態で降下する。エアロブレーキ展開、タッチダウン。ウィリー状態で滑走し、減速する。前輪接地、ディスクブレーキ作動、エアロブレーキ格納。そのまま駐機場へ自走する。

 地上誘導員に従い、指定された場所で停止、エンジン出力を一旦上げて排気、エンジンを切る。搭載された2基のR&M(レンチュラー&マスケット)/OHI(大川阿閉重工) F100-OHI-220Eターボファンエンジンが静まる。

 コクピットに収まっていた、赤いブレザーを着た茶髪セミロングの少女は、顔を覆っていた透明なバイザーを上げ、キャノピーを上げる。

 真っ青な胴体と主翼には赤い太陽のマーク、右垂直尾翼だけ赤く塗られ、白百合の花のシルエットが白く引き立てられていた。

 イクサチラン共和国連邦空軍の「高機動迎撃制空戦闘機計画」のもと、ジールサンティエアクラフトが開発した双発双垂直尾翼単座の大型制空戦闘機・F-15C イーグルを、敷島連邦の軍需最大手・開成重工や大川阿閉重工、多摩重工、むつら重工がライセンス生産を行ったのが、このF-15Z イーグルである。更にそれに、熱源索敵センサーや新型射撃管制装置、電子戦システム、戦術データリンクシステム、多機能ディスプレイの搭載、ヘッドキューイングシステムへの対応等の改修が成されたのが、F-15MZ イーグル、彼女の乗機である。

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