第44話 思い出は一番星の中に。中編

「いやあ・・・まさかアルシオーネだったとは・・・美しいですね・・・・。」


「ははは。でしょ。」


そう、カバーの中から現れたのはスバルのスペシャルティカー、スバル初代アルシオーネの後期型2.7VXだったのだ。


アルシオーネについて説明すると、1985年にスバルのイメージリーダーカーとして誕生した、まさしく当時のスバルの技術の粋を詰め込んだ車なのである。社内デザイナー碇穹一氏が手掛けたデザインはスバル車で唯一となるリトラクタブルライトを採用したことからもわかるように、空力性能を徹底的に追求したものになっており、今見ても強烈な個性を放っていた。徹底的にボディ面の凹凸を無くすべくカバーの被せられたドアノブや、その他造形などを徹底的に煮詰めることによって、なんと当時国産車初となるCD値(空気抵抗係数)0.3の壁を破った0.29を記録するなど、非常に優れた性能を持っていた。


また、中身も非常に凝っていて、車高を上げ下げできるエアーサスペンションの搭載、また後期型のVXではスバル初となるER27型水平対向6気筒エンジンと電子制御4速オートマチックの搭載、電子制御フルタイム4WD「ACT-4」の採用、ABSの採用、電動パワーステアリング「CYBRID」の採用など、現在の自動車技術の礎ともなった技術をふんだんに盛り込んだ、まさしくスバルの作ったスーパーカーとも言える。 国内での現存台数は極めて少なく、私も初めてこうして間近で見たので少しテンションが上がっていた。


「よかったら、もっと見てってください。鍵も開いてますんで。」


百瀬さんにそう言われたので、もっと細かく見てみることにした。パールホワイト・マイカをまとったボディは直前までボディカバーがかけられていたのもあって、まるで新車のような光沢を放っていた。少ないながらもシャープなラインで構成されたデザインはまるで宇宙船の様で思わず引き込まれてしまうような美しさがあった。

内装も百瀬さんが是非、と言ってくれたので、その独特な形状をしたドアノブを操作し、ドアを開け、内装をのぞき込ませてもらった。


スペシャルティカーらしくドライバー側に寄せて配置されたスイッチ類や、ダッシュボードの形状、まるで戦闘機の操縦桿のようなガングリップタイプのシフトノブや特徴的な2スポークタイプのステアリングが目に入る。当時のスバルのフラッグシップカーたる凝りが随所に感じられた。


とても珍しいアルシオーネ、しかもこんな新車並みのコンディションなんて中々見れたもんじゃないので、まじまじと私は見入ってしまった。


「いやあ、本当に凄いものを見させていただきました・・・ありがとうございます。」


私は百瀬さんに言った。


「いえいえ!凛子ちゃんが車好きなの知ってたからさ。せっかくだし是非見てもらいたいなと思って。よかったよかった。」


「しかしこのアルシオーネほんと綺麗ですよね・・・・レストアされたんですか?」


そう言った瞬間、百瀬さんは一瞬ハッとしたような顔をして俯いた。暫く沈黙が流れ、聞いちゃまずかったかな・・・と思った時、百瀬さんはこう言った。


「・・・・はい。うちの息子が4年間かけて全部完璧にレストアしたんです。・・・・・・もうこの世にはいないんですけども。」


重々しそうにそう言って、こう続けた。


「実はこの車、息子の車なんです。小さい頃からずっと憧れてたみたいで、18になってからボロボロのこれを買って地道に直し続けてこうなったんです。」


「あの・・・息子さんってひょっとして星奈君・・・ですか。」


と、私は訊ねた。何を隠そう、実は私も面識があったのだ。と言っても何年も前に回覧板を渡しに行く時に顔を合わせたくらいであったけど・・・・。 体が弱いからか、あまり外に出ているところを見なかった記憶がある。


「ええ、そうです。・・・うちの子は生まれつき体が弱くて病院と家にこもりっきりだったからねえ・・・。凛子ちゃんもあんま会った事がなかったよね。」


私はゆっくり頷いた。百瀬さんは話を続けた。


「で、うちの子が5歳ぐらいの時だったかな・・・・。まあ、いつも病室にこもりっきりだったし、いつもつまらなそうにしてたから、ある時たまたま模型屋にあったタミヤのアルシオーネのモーターライズド、っていうモーターが付いてて走るプラモを作ってプレゼントしたんです。そしたら、あれだけ無口で喋らない息子が目をキラキラさせて『この車ってなんていうの!?カッコいいね!?』って今まで見たことがないくらいテンションが上がっててね・・・・。そこからアルシオーネが大好きになったみたいで、ミニカー集めたり、書籍集めたり、オーナーズクラブの人と知り合ったり、デザイナーの碇さんとも親交を持ったりと凄くアクティブになっていったんです。」


「そうだったんですねえ!なんだか小さい頃の自分を見ているようです。 本当にアルシオーネに入れ込んでたんですね。」


「はい。そりゃもう熱烈に(笑) で、無事中学高校と卒業していって、とうとう国立の美術系の大学に進学していったんです・・・・。なんで美術系なんて志望したんだ・・・なんて思ってたら、どうやら、彼はカーデザイナーになりたかったみたいで。で、入学してから暫くしないうちに、ボロッボロの『こいつ』を拾って持ってきたんです。」


「え・・・もしかして、このアルシオーネですか。」


「そうです!これです。持ってきたときあまりにボロボロだったんで、こんなのとっとと捨ててこい!って言ったんですが、絶対に直して乗り回すって聞かなくて(笑) で、そこからバイト代注ぎ込んで毎日せっせとレストアし始めて・・・。流石に、板金塗装とかは一人じゃ厳しかったみたいで、仲間を呼んでやってたみたいですけど。」


これだけの希少車で、部品や補修をやっていくのは凄く苦労がいっただろうにこの年齢で成し遂げたのは素直に凄いなあ・・・・と凛子は思った。そして、百瀬さんの話も続いていった。


「そして、なんとめでたく彼はスバルのデザイナー部門に内定が決まって、この春から働き始める予定だったんです。・・・そして時を同じくして、このアルシオーネのレストアが完璧に出来て・・・・。『やっとアルシオーネで出勤できるぞ!!』って喜んでたんですが・・・・・。」


また百瀬さんは言葉に詰まっていた・・・・・。また数十秒間を開けて少し涙で震えたような声色でこう言った。


「・・・・今年の3月の末の事でした・・・・。いつもより起きるのが遅いなと思って、寝ている彼を起こしに行ったら、冷たくなっていて・・・・・・・。・・・・・・どうやら寝てるときに発作を起こしてしまったらしいんです。・・・・・本当に眠ったまま逝ってしまったみたいで・・・・。」


「・・・・・・・・。」


私は、うまく言葉が浮かんでこなかった。やっと好きだった車を手間暇かけて直して、やっとなりたかった仕事について、これから人生本番だっていう時に・・・・・。そのやるせなさは想像できないぐらいのものがあると思う。私も思わず目頭が熱くなってしまった。


「・・・・・私も正直未だに整理がついてなくて・・・・。このアルシオーネも、どうしようか本当に悩んでいるんです。そう易々と売るなんてできないし、かと言って私がステアリングを握ろうにも彼の顔がどうしても浮かんで運転することができなくて・・・結局、こうしてボディカバーを被せて眠りにつかせていたという事です。」


百瀬さんは、本当に感情を抑えながら俯いてそう言った。私はかける声が見つからなかった。


そのまま少し、空気が固まったまま暫く経ち、私も話をさせて申しわけなかったな・・・と思いつつ、一言だけ断って立ち去ろうかな・・・・と思った時、百瀬さんからあるお願いをされた。


「あの、すいません凛子ちゃん。・・・このアルシオーネを、運転してみてくれませんか?」


百瀬さんは真剣な顔でそう提案してきた。


続く。

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