第29話 激突!ポルシェキラーvs紅のくノ一 後編
先行したのは美都の4Cだった。都心のビル群を縫うように張り巡らされた右へ左へ連続するコーナー群を通り名の如く、くノ一のように素早く駆け回った。4Cの軽量低重心でコンパクトなボディが活き活きとその能力を遺憾なく発揮していた。ユリのシビックも負けじと4Cから離されないよう追撃していた。
「っくしょお・・・・・あの子速いわね・・・・。あの車、見るからにすばしっこそうだしねえ・・・・・。」
「重心も車重もシビックより低いしね・・・・・。コーナーが連続するC1には確かにドンピシャな車ね。でも、シビックも・・・・いや、今の成長したユリなら負ける相手じゃないと思うわ。」
う・・ん・・・とゆっくり答えながら、ユリはシビックを巧みに操っていた。
車の実力的には車体が軽くて重心の低い4Cが若干優位にはあるが、絶対的なエンジンパワーや挙動の安定性ではシビックも負けていない。 ・・・そしてあの時より練習を積んで腕前を上げた今のユリならきっと負けない・・・・。凛子は真剣に走るユリの横顔を弟子を見守る師匠のような面持ちで見つめていた。
一方、その頃美都の4Cの車内では
「・・・・・・あのシビック、なかなかやるじゃない。あたしの車にここまで付いてきたやつはこれが初めてよ。それなりに実力はありそうね。」
「ま、まあ、あれだけみっちり練習してたもんね。ユリちゃん。」
「練習?」
「うん、ユリちゃんね、凛子ちゃんと仲良くなってから直談判してよくここで運転教えてもらってたりしてたんだ~。あ、私も結構教えてもらったよ!」
「そう・・・なんだ。ってか篠塚さんって一体何者なの?」
ん~そうね。と自分の顎に左手をスッと添えながら莉緒は少し俯き、そしてこう答えた。
「昔ラリーをちょっとかじってた超運転の上手い事務員さん、って感じね。」
なにそれ・・・・・と少し怪訝な表情をしながら美都は答えた。
「ってか、美都ちゃん本当に車の中だとよくしゃべるのね。」
「・・・まあね。あたしもよくわからないけど、車に乗ると性格変わるとはよく・・・言われる。」
美都はポツリと答えた。
緩めのカーブが多い神田橋区間を過ぎ、千代田トンネルの前に差し掛かる。ここはキツメの左カーブがあり、中々の難易度の高いコーナーなのだが、ユリはそこでも美都の4Cに食らいついていった。
トンネル内に、二台のエンジン音がこだまする・・・。千代田トンネルの中の緩い直線でユリのシビックは並びかけるも、一般車に引っかかり抜くまでには至らなかった。
「っく・・・・・。いけそうだったのになあ・・・・・。」
「大丈夫よ、ユリ。まだまだ抜きどころはあるから・・・・。とにかく、落ち着いていこ。」
うん・・・。とユリはコクリと頷いて答えた。
以前のユリならこの辺で車も精神的にもかなり消耗していたのだが、今回は違った。車の調子を上手く持たせつつも、ちゃんと離れず付いていくペース配分が出来ていたし、何より、後半になるにつれて動揺してきて操作にムラが出ることが少なくなっていた。前の特訓の成果、サーキット走行会での経験が着実に生きてると実感した瞬間であった。
そこから暫く抜きにかかるも抜けず、抜きにかかるも抜けず、を繰り返しながら勝負はもう折り返し地点まで来ていた。カーブのキツい浜崎JCTで、再びユリは勝負を仕掛けた。
コーナーの侵入で一瞬美都の4Cがふらついた時、ユリのシビックがそのインを刺した。
「しまった・・・!あたしとしたことがこんなところでミスるなんて・・・・・!!」
美都もどうにか封じ込めようと必死に4Cをコントロールする。それに負けじとイン側からグイグイと立ち上がるユリ。そして、コーナーを抜けて立ち上がった時、前を走っていたのはユリのシビックだった。
「やったああ!!抜いた!」
「やったねユリ!本当に鮮やかに追い抜いてったねえ~。」
シビックの車内で私とユリは沸き立っていた。
そして、一方で美都はかなりヒリついていたようだった。明らかに雰囲気がおかしい。
「・・・・・・抜かれた?このあたしが?ありえない・・・・ユルセナイ・・・・。」
ブツブツと小言をボヤキながら、美都は眉をヒク付かせていた。
「だ、大丈夫~?美都ちゃん。まだゴールまであるんだからさ・・・・まだ勝負はできるよ。」
「そうね・・・そうよね・・・・・・。ふっ・・・・フフフ。」
完全に鬼の形相だった。
「なら、完全にブチのめしてやろうじゃないの!! 待ちやがれポルシェ殺し!!」
「ひ、ひえええええ・・・・・・・。」
怯える莉緒を尻目に美都は4Cに更にムチを打ち、ユリのシビックのリアにピタリと張り付いた。
バックミラーを見ながらユリは様子の変化を察知していた。
「・・・・なんか向こうはかなりキレかかってるみたいね。キッチリここは抑えないと・・・・。」
「そうね・・・・。後は何か手荒な真似をしなきゃいいけど・・・・。」
ユリは、そのままクレバーにシビックをコントロールし続けた。
そして、遂に後半の銀座区間に入る。ユリがS字カーブに差し掛かった時だった。
「オルルルルアアアア!!!!!」
美都は叫びながらユリのシビックの横っ腹に飛び込まんとした勢いで強引にインを突いた。
「な!?あの子・・・頭おかしいんじゃないの!?」
ユリは叫びながらもインを開けんと必死に押さえた。両者の意地の張り合いが、交錯した。
「ドンッ!!」と美都の4Cのフロントがユリのシビックの左リアドアに接触した。二台ともバランスを崩し、ユリのシビックは外側に膨らみ、美都の4Cは内側に巻き、スピンしかかった。
ユリも美都も必死に車を立て直し、事なきを得た。
「あっぶない・・・・・。流石にアタシも焦ったわ。」
「美都ちゃん、完全に冷静さを欠いてるわ。ユリ、無理しないでね。」
「わかってるわよ・・・・。とりあえず、なんとか江戸橋JCT立ち上がりまで持ってく・・・!」
シビックはそのまま、ハイペースをキープして銀座区間を駆け抜ける。
「ユルセナイ・・・・ユルセナイ・・・・絶対にブチ抜く!」
「ちょ、落ち着いて美都ちゃん!!恐いよおお・・・・・。」
目の色を変えながら4Cもまだまだ追撃する。
ぎりぎりまで緊迫したこの勝負は遂に、最後の江戸橋JCTのコーナーのみとなった。
二台は連なったまま、そこに差し掛かる。・・・・すると、またも美都の4Cが強引に外に覆いかぶさるように抜きにかかった。
「ここでも来るかよ・・・・・こんにゃろ~~!!」
「おりゃああああ!!!!」
狭いコーナー内でシビックと4Cが並ぶ。じわじわ4Cが鼻を我先にと出そうと立ち上がった。その時だった。
4Cのリアタイヤが堪えきれずに流れ出した。そのままスピン状態に陥る。
「くっっっ・・・・!?」
必死にカウンターステアを当てるも空しく、4Cは挙動を戻そうとしなかった。
ユリはスピンする4Cをぎりぎりでかわしながら、そのままコーナーを立ち上がっていく。
その瞬間、勝負は決した。
「う・・・うううう・・・・やった、やったよ凛子・・・アタシ、勝った。」
「よくやったわ!ユリ!!本当、上手くなったわね!!」
車内で私とユリはハイタッチした。 ユリの目は少し涙でにじんでいた。
美都も何とか4Cをスピンしてからすぐ車を向き直し、ユリのシビックの後ろ姿を遠くに見ながらついて行っていた。
「ま・・けた。初めて・・・負けた。」
美都は茫然自失としていた。一方、助手席にいた莉緒は泡を吹いて気を失っていた。
辰巳パーキングに二台が戻ると、そのまま車から降り、4人で集まった。
シビックの左リアドアを見ると、はっきりと赤い塗料が付着し、少しくぼんでいた。美都の4Cも、右フロントに大きく傷が入っていた。
美都はユリに向かって頭を下げた。
「ごめ・・・・なさい・・・・あなたの車に・・・当たっちゃいました・・・・ごめんなさい。」
暫く重たい空気が流れた後、ユリは美都の顎を手でグッと引っ張り上げた。
「えっ・・・?」としたような顔の美都の頭をユリは手で軽く叩いた。
「今回は無事帰ってこれたからいいけど、熱くなりすぎるのは厳禁よ。・・・・横に莉緒も乗ってたんだし。まあ、アタシが言えたことじゃないけど・・・さ。」
ユリはそう呟いた。
「う・・・ん・・・・。ほんとに・・・・ごめ・・・なさい。」
少し泣きそうになりながら俯いている美都にユリは手を差し出して
「ま、とりあえず無事に帰れたことだし、これも何かの縁だから、仲良くしましょ。お互い折角車好きなんだしさ。」
「う・・・ん。ユリ・・・とも・・・仲良く・・・・なりたい。」
二人はガッチリと握手を交わし、そしてその後連絡先も交換した。
「・・・・・ところで、シビックのドア、修理代・・・・出そうか?」
「別にいいわよ。これくらい。お互いさまってことで。」
「わかった。・・・・・・じゃ、ごめん。あたし・・・・明日の朝から・・・収録だから・・・・これで。」
「了解。じゃ、また一緒に集まろうね。」
そのまま手を振って走り去る美都を見届けながら、
「じゃ、アタシらもここでお開きにしますか!」
と美都が言って、そのまま今日はお開きとなった。
あまりの美都のハードなドライビングでぐったりしていた莉緒は後席に寝かせて、そのまま3人はユリのシビックに乗って家路に着いていた。
「しっかし、マジでボディブロー喰らうとはね~・・・・。まあ、これくらいならすぐ直ると思うけどさ~・・・・・やっぱ修理代もらっとくべきだったかな。」
「あははは。でも、本当ユリ成長したね。一皮むけたって感じ。」
「本当!?凛子にそう言ってもらえるんじゃ嬉しいなあ・・・・。でも本当、アタシがこうして上手に走れるようになったのは凛子のおかげよ・・・・ありがとうね。」
「別にいいって。私はちょっとコツを教えただけで、それを物にしたのは他のものでもないあなたなんだから・・・・。」
ユリはコクン、と満足げな顔をして頷いた。
3人を乗せたシビックはそのまま、朝日の昇る都内を走り抜けていった。
続く。
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