あきらと慎二 2
こういうとこ、やっぱあっちが一枚上手なんだよなあ。
場数が違うわ。
犬みたいな目で見てくんな。
俺は恥ずかしいから目なんて見れないぞ。
「……俺も、悪かったよ。良い態度じゃなかった」
静かな部屋に静かな二つの反省の弁が落ちる。
窓からはいつも通り、緩くて気持ちの良い風が入り込んでくる。
馬鹿らしい言い合いしてんなあ。
「仲直りしてくれんの?」
「仕方がねえからしてやるよ」
あまりにも恋人同士のそれに似ているようで、かといっても相手は慎二なわけで、気持ち悪くて照れ隠しに笑ってみせると、慎二もようやく安心したように表情を弛めてから、あああー、と口を開けて呻いた。
そのままだらりと仰向けに畳に転がる。
「っあー、良かったー。心の底から嫌われたと思ったー」
はははは、可笑しそうにひとりで笑うのを見て、俺もそこでやっと身体の力が抜けた。
俺だって嫌だったわ、ここ数日。
どうしていいのか分からなかった。
あちい。
やっぱ脱ごう、作業着。
着てられっかこんなもん。
タンクトップ一枚になった俺に、慎二は寝転んだままにやにやと笑ってみせた。
「おいおい勝手に脱いでんじゃねえぞ。また襲っちゃうよ」
「うるせえ。友達やめっぞ」
「友達やめて彼氏になってよ」
「やだよ」
「ちぇ」
やだよ。
俺はやっぱ、お前とそんな関係になるなんて想像できねえよ。
でも居なかったら寂しい。
猛烈に寂しい。
居ないと困る。
「もしかしてお隣さんのこと好きになった?」
だらけた姿で寝そべったまま、慎二は少しだけ探るようにして聞いてきた。
「隣?エリカさん?」
「そうそうエリカサン。仲良いじゃん。お前好きそうなタイプだし」
うわあ焼きもちだ。
キモいわ慎二のくせに。
「エリカさんかあ。エリカさんなあ」
「その様子だとそうでもなさそうだな」
「いや好きだと思うよ」
「……やっぱりか」
慎二は盛大な溜め息を吐いた。
いや、まあ、エリカさんは好きだよ、正直なところ。
でも、慎二が俺に向けてくるような好きとは、やっぱ違うかな。
陽平さんもいるし。
第一エリカさん俺のこと男として見てないからな、多分。
「キスしてもあれじゃあなあ……」
「え?」
「ところでお前はさあ、一体俺のどこを好きになってしまったわけ?」
「え、キスした?」
「したよ、全然相手にされてないけど。答えろや」
「なら、まあ、いっか」
「いやいや答えろや」
「あ、なにが?」
「だーかーらー、」
変な言い合いが自然にできる。
この関係性が一番しっくりくるんだよ。
変わりたくない。
「お前は俺のどこを好きになってしまったんですか」
「ええー、それ答えんの」
慎二はあからさまに嫌そうな顔をした。
学生の頃、答えの分からない問題を当てられて板書しろと言われたときみたいな顔だ。
それを見て気分が良いと思うのは、俺の心が汚ないからだろうか。
「そうだなあ。いろいろあるけど、」
慎二は言葉を選ぶようにしてゆっくりと喋りながら、それと比例するようにして、ゆっくりと起き上がった。
そのまま立ち上がって、ゆらゆら歩きながら俺の前に立ち止まった。
「顔かな」
「顔かよ!」
「うん。そう」
照れなんて微塵もないようないつもの弛い顔で、俺の前にしゃがみこむ。
「笑った顔」
そう言って、俺の左頬を親指で撫でた。
「全然気にしてなかったんだけどさ、ある日急に気づいた。あきらの笑った顔って、すげえ可愛いんだなあって」
……うわあ。
しまったこれ……ガチのやつじゃんかよ。
「一回気になったらあれもこれもってなってさ、可愛いなって思って、そんでもっかい気づいたら好きだった」
からかうつもりが完全に地雷を踏んだらしい。
近い。
触られちゃってるし。
頬に当たる指の感触がこの状況の現実味を際立たせる。
目線だけは外したけど、俺今多分相当顔赤くなってる。
なんだこいつ。
慎二ってこういう奴だったっけ。
なんでそんな恥ずかしいこと普通に言えんのかなこの人。
「あーれぇ、照れた?」
にやにや笑いをしながら目を覗き込もうとしてくる慎二に軽く苛ついて、うるせえよとか悪態を吐きながら肩の辺りを殴った。
たいした痛みにはならなかったみたいで、慎二はわざと尻を畳につけてから、声を上げて笑った。
やっぱ嫌だこいつと付き合うとか。
例えばこれが、相手が慎二じゃくて他の男だったら、俺はもう少し上手く立ち回れたかもしれない。
相手がどれだけ本気だったとしても、きっと俺は全てを無理矢理冗談にして終わらせたに違いない。
なに言ってんの、無理に決まってんじゃん。あんまふざけたこと言うなって。
笑ってそれでなかったことにしたはずだ。
でも残念ながら相手はこいつなわけで。
お互いの手の内も外も知ってるような間柄相手にそんな真似は通用しないわけで。
そういった駆け引きにおいて俺はこいつに勝てる自信は微塵もなく、結果為す術がないからどうにもならないんだ。
「なあ、あきら」
「なに」
「ごめんやっぱ、キスしていい?」
「は?」
なにを言っているんだこいつは。
俺今そういうのやだって言わなかったかな。
通じなかったかな、ばかだしな、慎二。
唐突すぎて驚いてその顔を見ると、慎二のこの顔はあれだ、至って本気のやつだ。
まじか。
「やだよ」
「いいじゃんか、減るもんじゃないし」
「減るわ、俺の中のなにかが減るわ」
「ちゅってするだけだよ、それ以上しないし」
「お前それ今誰が信用すんの」
じりじり。
尻を後ろにずらして逃げると慎二が同じだけにじり寄ってくる。
こんなにまで背後の壁の存在を憎らしく思ったことが未だかつてあっただろうか。
「信用してよ、嫌われたいわけじゃない」
「んなこと言われても……」
誰がはいどうぞなんて差し出せるか。
「無理矢理してもいい?」
「落ち着けって言ってることおかしいから」
近い近い近い近い近い。
顔触んな。
くっそ、なんでこんなとこにあんだ壁!
「するよ」
なんでだよ!
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや待てって落ち着けってちょっとお前……」
身体を丸めるようにして避けても、下から覗き込むようにして慎二の顔が近づいてくる。
っだああああああああああもおおおおおおおお!!
「分かったよもう!ちゅってしたらすぐ離れろよ!、っ」
根負けして喚いた瞬間。
キスを、されてしまった。
こいつこんなグイグイ来るやつだっけ。
せめて返事くらいしてからにしろや。
しかも……離れない……。
吸い付きすぎだって……。
抵抗虚しく呆れが勝った頃、名残惜しそうに慎二は離れた。
「奪っちゃったー」
へらりと笑う。
さいあく、こいつ……。
「最低、慎二さんたら」
自分の動揺を包み隠すためにわざと大袈裟に芝居染みてみると、慎二は相変わらずの弛い顔で、だっていいっていったじゃんよ、なんて、都合の良いところだけを強調してきた。
「すぐ離れろっつったろ」
「そこについてはほら、俺返事してないし」
なんだとこの屁理屈野郎が!
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