青い航路
王子
青い航路
なんだっていいから書いちゃえばいい。
そうやって書き出した小説がいくつもある。数えればキリがないから数えたくない。面倒だ。面倒事は何よりも嫌いでいつだって楽な方へ楽な方へと流されている。これが海だったら沖に行けば行くほど危険なはずなのに、いったん
なんだっていいからと書き始めた小説はもちろん取り留めがなくて面白くない。少なくとも自分では分かっている。それなのに周りのフォロワーは
小説は足だ。北の大地を食べ歩いて
遠くに行くのが怖い。車だろうと電車だろうと、家から遠ざかるにつれて不安が増してくる。今、全速力で僕の体を運んでいるこの乗り物は、きちんと目的の場所まで送り届けてくれるだろうか。無事にたどり着いたとして、僕の代わりに帰り道を覚えていて帰宅まで面倒をみてくれるのだろうか。途中で
K君は身軽だった。体型のことじゃない。それを言うならK君はずんぐりむっくりな体だし、僕の二倍くらいの体重……三桁付近を推移しているらしい。それなのにどこへだって一人で行ってしまう。アニメの聖地巡礼だと言って青森まで車を走らせ、朝食に海鮮丼が食べたいというだけで四時間近くかけて茨城へ
ご飯行く? と連絡を入れるのはいつもK君からだった。K君は
K君は必ずサラダを注文する。サラダとライスと三百グラムのハンバーグを
高校の修学旅行先は沖縄だった。僕は行かなかったからみんなが何空港に降り立ったのかは知らない。沖縄で那覇空港以外に旅客機が着陸できる場所があるのかどうかさえ知らない。市内でも迷子になる僕が、沖縄の、それも空の玄関のことなんて手に余る。修学旅行を
K君は、仕事で行っただけで別に面白くはなかったと言っていた。下調べしていったソーキそばの人気店は行列だったから別の店に入ったらおいしくなかったとか、近場で見るものも無かったから仕事が終わったらまっすぐホテルに帰るだけだったとか。
そんな話を聞きながら、僕は頭の隅で別のことを考えていた。
「沖縄って、天気予報で地図出るときに別枠になってるじゃん。鹿児島からどれくらい離れてるんだろう」
僕の疑問が口をついて出ると、K君は「沖縄本島だったら結構離れてるよ」とすぐにグーグルマップを見せてくれた。拡大された鹿児島県からスタートして、K君の指で画面が左下へとスクロールされていく。
「福岡から韓国に飛ぶ方が近いじゃない」
「そりゃそうだよ。でも沖縄本島だって茨城空港から三時間くらいで着くよ」
あの島々には人が住んでいて島と島の間には広大な海が
K君の開いたグーグルマップに自分の指でも触れてみた。島の住人たちを
「そういえば、飛行機の下に見えた海はきれいだったよ」
K君は独り言のように言ったけれど、それが一番言いたかったことなんじゃないかと思った。
「やっぱり茨城の海とは違うの?」
「違う。全然違う」
K君の記憶に焼き付いた美しい海は深い
僕はK君の見た海を想像する。しばらく飛行機の下は
新しい世界を見て回ろうなんて考えたことは無かったし、誰かが強引に手を引いて連れ回してくれたことも無かったから、僕の世界は小さい。本当に小さい。でも今から世界を広げようとか新しいものをたくさん取り入れようとか、そういう気にはならない。いつの間にか未知に対して
二人して小さな画面を
だからK君、それまでは。小さな白い紙の上に足跡を付けてはしゃいでいる幼い僕のことを許してやってくれたらと思う。
青い航路 王子 @affe
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