第12話 (ミライ)

 レンと二人、連れ立って歩く。ジンはなかなか見つからない。

 海の街には、湿った風が吹いている。

「うーん、天気が荒れるかもしれないな」

 空を見れば、少し雲が出てきている。さっきまでは眩しいくらいに太陽を照り返していた白い街並みが、灰色の空にぼんやり馴染んで見える。

「そうなの? でも、街の人たちが集まってきたよ? 天気が悪くなるなら帰るんじゃない?」

 広場に、人が集まってくる。みんな、さらっとした白い服を着て、険しい顔をしている。

「ううん。大事な用があるから、この人たちは帰らない」

 どういうこと? と聞こうした時、すごく大きな怒鳴り声がした。

 海に面した広場の真ん中で、なにか言い争っている。

 もめている人たちは輪になって、大きな箱を取り囲んでいる。細やかな浮き彫りが施された、木の箱だ。鮮やかな染料でたくさんの色をつけられているその箱は、白い街の中で浮き上がって見えた。

「しきたりだろ。ちゃんと海に帰してやらないと、この人は亡霊になってしまう」

「バカめ。今は海で何が起きてるかわからないんだぞ! そんなところに放り込もうっていうのか! 人でなし!」

「じゃあどうするっていうんだ! これ以上陸地に置いたままにするのか!? 早く送り出してやらないと!」

 どうしたんだろう? 説明を求めて見上げると、レンは険しい顔でもめている人たちを見つめていた。

「レン? この人たちは何をしているの?」

「お葬式をしているんだ」

「お葬式、って何?」

「死んだ人間とお別れする儀式だよ。国や文化によっていろんなやり方があるんだけど、この街では、遺骨を思い出の品と一緒に木の箱に入れて、残された人たちが思い思いに箱を飾って、それから海に流すんだ。いわゆる水葬ってやつだね」

「ああして喧嘩するのも儀式の一部なの?」

「違うよ。あれは本当に喧嘩しているんだ。タイミングが悪かったとしか言いようがない。本来、この街の人たちにとって、海岸に骨が流れ着くのは喜ばしいことなんだ。送り出した今は亡き人が、陸地を懐かしんで帰ってきていると考えているから。でも、あんなにも大量に流れてきただろう? ここの人たちは、海でなにか一大事があって、死んだ人たちはそれから逃げるためにみんな陸地へやってきたと思っている。そんな大変なところに故人を流すのをためらっているんだ」

 少し、考える。死んだ人間を海に流す文化があるなら、海岸に骨が流れ着くのは不自然ではないんじゃないだろうか。船が沈んだわけでも、誰かが溺れ死んだわけでもないのに骨が流れてくる、という話だったけど、そもそも海がお墓だというのなら、波に乗って骨が打ち上げられるのは、なにも不自然ではない。

「海岸の骨って、お葬式で流された人の骨なんじゃないの?」

「違う。断言できる」

「どうして?」

「通常なら、流された棺は長い年月をかけて海流に晒されて、少しずつ朽ちていく。沈んだ場所によって水の深さとか、流れの強さとかはまちまちだから、いつ中身が自由になるかはそれぞれ違う。だから、どれだけ一度にたくさん死人が出たとしても、あんなに大挙して押しかけてくるのはおかしいんだ」

 それに、と、レンは続ける。

「箱に入れる前に、骨を染料で染めるんだ。場合によっては模様を描いたり刻印を入れたりすることもある。家ごとに色が決まっているから、骨が流れつけばどの家のご先祖様が帰ってきたのかわかる。あの箱は、帆の印が入ってるから漁師の家のものだろう。漁師の家の骨は、晴れの日の海みたいな深い瑠璃色に染められる。でも、見ただろう?」

 海岸は、一面の白い骨だった。では、あそこに積もっている骨は、正規の手順で埋葬されたものではないということ。

「白い骨は、事故で死んだ人以外はありえない。この街の人たちには、海の中で恐ろしいことが起こってたくさんの人が毎日のように死んで、事故死した人たちはそこから逃げるために一斉に陸に帰って来ている、っていう風に見えているんだ」

 ポツポツと雨が降ってきた。でも、喧嘩をしている人たちは、構わず怒鳴り合いを続行している。

「一号が、レンと自分が殺したって言ってた」

「そうだよ」

 ピシャッ、と空が光って雷が落ちる。

 雨足が一気に強くなった。大粒の雨が地面と私たちを叩く。

「宿に戻ろう。この雨だ、ジンもきっと戻って来てる」

「うん。そうだね」

 今、レンは無理やり話を終わらせた。雨を口実に、この先の話をごまかした。私には聞かせたくないんだろうか。そういうことなら、無理には聞かないけど。


 宿に戻ると、部屋の中がすごく散らかっていた。

 ジンが、さっき逃してしまった鳥と喧嘩している。ずぶ濡れのまま帰って来てしまったのだろう。部屋の中には、二人から落ちた水滴と抜け落ちた羽が散らばっている。私たちのたっぷりと水を含んだ服に、細かい羽毛がペタペタとはりつく。

「てめーこのやろう! 降りて来やがれ!」

「ナゼダ? ナンデダ?」

 鳥が上空からジンに向かって、爪を立てたりくちばしでつついたりしている。ジンは負けじと睨みを聞かせて、しっし、と手で払おうとしてバリバリと引っかかれている。手の甲に、たくさんミミズ腫れができていた。

「鳥だ! ジン、捕まえて来てくれたの!?」

 私たちが帰って来たことに気づくと、ジンはげんなりした顔で助けを求めた。

「ちげえよ。なんでか知らねえけど絡まれてるんだ。助けてくれ」

「バーカ!」

「言ったなこのやろう! てめーの名前は今日からチキンだ! カラッと揚げて食ってやる!」

「あっ、勝手に決めないでよ、もう! もうちょっとひねろう。海っぽい名前がいい」

「えーと……。じゃあシーチキン」

「いいね」

「これはなんだ」

 レンが、困った顔で頬をかきながら説明を求めた。

「喋る鳥だよ。すごくない?」

 シーチキンがジンに飛びかかった。応戦しようとしたジンが、濡れた床で滑って転んだ。

「ノロマ! ノロマ!」

「だー! くそっ!」

「ウマクイカナイ!」

 うぎー! と怒ったジンがムキになってシーチキンを捕まえようとする。シーチキンは、ジンの手が届かない高さまで飛んで、嘲笑うように旋回し始めた。

「うん、確かに喋ってるけど、口悪いな……」

「お店で買ったんだけど逃げられちゃって、追いかけてるうちに海岸についたの」

「あれを買ったのかい?」

「うん。好きなものを買えって言ったじゃん」

「うん、確かに言った。でもミライ、君はあれを買った後、どうするつもりだったんだい?」

 レンが、じっと私の目を覗き込んだ。

「お喋りするつもりだよ」

「元のところに返して来なさい。そうでなければ、窓を開けて逃がしてあげなさい。今は雨がすごいから、後でもいいけど」

「えっ、なんで!?」

「なんでもなにも、僕たちは旅をしている身だよ? 行き先や通る道によっては、あの鳥の餌を用意できない日もあるだろう。好きな時に物資を補充できるわけではないからね。鳥が生きるのに適さない地域に行くことだってある。僕たちが連れて行ったばかりに殺してしまうかもしれないのは、嫌だろう?」

「私たちが連れて行ったら、あの子は死んでしまうの?」

 バサバサと、鳥が大きく羽ばたいた。羽毛が部屋中に舞い散る。

「そうなる可能性がかなり高いって話だよ」

「……わかった」

 私はコクンと頷いた。

 あのお店に返したら、店のおじさんは受け取ってくれるだろうか。シーチキンのことを迷惑がっていたようだったけど。

「よし、服を干して体を洗ったら、晩御飯にしようか。宿の一階で飯屋もやってるみたいなんだ。魚を食べに行こう」

 キー! と声をあげてシーチキンがジンに襲いかかった。

「その前にあれをなんとかしない?」

「うーん、そうだね。仕方ない」

 私の提案に、レンは苦笑いして人差し指で頬をかいた。

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