アルケミック・ガール1 骸骨海岸と二人の人造人間

タイダ メル

第1話 (ミライ)

 私は生まれた時、大きな瓶の中で溶液に浸っていた。

「会えて嬉しいよ」

 私を作った人は、そう言って笑った。

 その人は、私を瓶から引き上げて体を拭いて、服を着せて食事を与えた。私はすぐに食事をこぼして服を汚した。その人はすぐに私の服を取り替えて、汚れたテーブルを綺麗にした。

 どうにか私に食事を取らせると、その人は私を布団に連れて行って寝かしつけた。私は全然眠くなかったので眠らなかった。その人は困った顔をしていた。

 その人は私に毎日話しかけた。その人の話から私は言葉を覚え、知識を蓄えた。私が言葉を理解するようになると、文字を教えて本を与えた。

 その人の話によると、私を作った人は名をレンといい、錬金術師なのだという。私の名前はミライで、錬金術によって生まれた人造人間、ホムンクルスなのだそうだ。

 私はレンにたくさんのことを教わった。意志の伝え方、食事の摂り方、天気を読む方法、食べられる植物の見分け方、錬金術。他にもたくさん。

「この世の全てのものはね、目に見えないほど小さい粒が集まってできているんだ。その粒を固めたり、バラバラにしたりして違う物質に作り変えるのが錬金術だよ」

「全てのものは、火、水、風、土のどれかに属しているんだよ」

「色が変わったものは口にしてはいけないよ。お腹を壊してしまう」

「体を冷やしてはいけないよ。風邪を引いてしまう」

「夜更かしは良くない。日が沈んだら眠りなさい」

 私に語りかけるレンの声は、いつだって優しかった。

 レンが教えてくれないことは、レンが与えてくれる本が教えてくれた。家には本がたくさんあった。私は文字を覚えると、好き勝手に気になったものに手を伸ばした。

 その中に、「恋」に関する記述があった。恋に関する説明を読むと、私はすぐさまレンに告げた。

「私はレンに恋をしてる」

 レンは、困った顔で笑いながら、頬を指でかいた。

「なぜそう思うんだい?」

「この本によれば、恋心を抱いている対象を見ると、嬉しい気分になるんだって。もっと話を聞きたくなるし、もっと話を聞いて欲しくなる。私はレンにそう思ってる」

 レンは、私にいろんなことを教えてくれる。身の回りにある道具や、森の草木や動物たち、本の中のいろんなもの。一つ一つ知るたびに、今までなんでもなかった風景の一部が輝いて見える。彼の優しい声で語られるいろんなことを聞いている時間が、たまらなく好きだ。

 はっきりした口調でレンは答えた。

「それはきっと勘違いだよ」

 困ったように半笑いで、レンは続ける。

「今、僕は君の親代わりをしている。君のその気持ちは、親に向ける親愛の情だろう。それに、君は僕以外の人間を見たことがない。この先きっと、僕よりも好きな人ができる。その時初めて、君は人を好きになるんだ」

 どうやら私はフラれたらしかった。

 私をフった後も、レンは変わらず優しかった。

 私と共に食事をとり、同じ家で眠り、生きるのに必要なことを私に伝えた。

「私のなにが気に入らないの?」

 ある時私は聞いた。

「気に入らないことなんてないよ。君は完璧だ」

 レンはそう答えて、私の頭を撫でた。

「君はいい子だ。健康に育ってくれたし、気性も優しいし、賢い。銀の髪も赤い瞳も美しい」

「だったらどうして、私と恋人になってくれないの? 私は完璧なんでしょう?」

 私がむくれて見せると、レンは少し戸惑っているようだった。

「いずれ分かるよ」

「もう! ごまかさないで!」

 私が大きな声を出すと、レンは嬉しそうに笑った。

「君は、元気だね。いいことだ」

 どうやら、私が元気だとこの人は嬉しいらしいとわかった。私は試しに、森に出て木に登ったり、走り回ったり、虫を捕まえたりして遊んで見せた。レンは嬉しそうに私が遊びまわる姿を見ていた。

 ある時、私は綺麗なヘビを見つけた。鮮やかな赤と黄色の縞模様が華やかだった。それを捕まえて、レンにも見せようと思った。首元を掴むと、ヘビは激しく抵抗した。それでも構わずに家に帰ると、レンは私を見て固まった。

「見て見て! 捕まえた!」

「捨てなさい! 毒ヘビだ!」

 レンは大慌てで私からヘビを奪い取って、床に叩きつけた。ヘビは動かなくなった。

「なんでそんなことしたんだ!」

「綺麗だから、あなたにも見せようと思って」

「……僕のために?」

「うん」

 レンは、少し考えてから、私の目を見て「危ないから今度から触っちゃダメだよ」と言い含めた。それからヘビを拾い上げて、瓶に詰めて保存した。多分喜んでくれたんだろう。

 私は毎日のように「好き」だって言い続けたけど、返事は決まって「やめなさい」だった。

 数ヶ月後、レンはもう充分だと呟くと、私を伴って家を出て、今まで暮らしていた山小屋に火を放った。

 今まで共に寝起きしていた家が、炎の中で崩れていく。

「なぜ燃やしたの?」

 私は聞いた。

「もうここには帰ってこないからだよ」

 レンは答えた。

「これから二人で旅に出るんだ。本に書いてあったいろんなものの、実物が見たいだろう?」

 別に私はそんな願望は持っていなかったけど、私がそう願うことをこの人は望んでいると思った。

 私は頷いた。

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