7. ここは協力しませんか?

 言われた内容がすぐに頭に入ってこず、面食らっていると、詠介がたたみかけるように言う。


「僕も、あの二人はお似合いだと思います。ただ、このままだと関係が進みそうにないので、ここは協力しませんか?」

「協力……って何をするんですか?」


 混乱しつつも言葉を返すと、まっすぐと正面から見つめられる。


「百合子さんの恋愛がうまくいくよう、こっそり手助けをするんです。絃乃さんは、今の状況をどこまで把握されていますか?」

「ええと……、雪之丞様と藤永様との三角関係で悩んでいるんですよね。雪之丞様からは積極的にアプローチが続き、困っているところを藤永様が助けてくださっているとか。……藤永様と婚約すれば話は早いと思いますが」


 詠介は鷹揚と頷き、司令官のように両手を重ね合わせて、深刻な面持ちで語る。


「仰るとおりです。ただ、百合子さんは自分に自信がないようです。つり合いが取れていないから、と縁談の申し込みも保留にされています。僕もできる範囲で励ましているのですが、あまり効果はないようで。そこで、絃乃さんの出番です」

「わ、私ですか……!?」


 突然のご指名に戸惑っていると、はい、と肯定が返ってくる。

 思わぬ方向へ話が進んでいるようで、知らず焦りが募る。しかし、タイムを要求する前に詠介が真剣な顔つきで言葉を続けた。


「古典的ですが、二人をそれぞれ同じ場所に呼び出すんです。百合子さんは絃乃さんが、藤永さんは僕が呼び出します」

「それで、二人を強引に引き合わせるということですか」

「はい。少しくらいは荒療治が必要だと思いまして」


 記憶が正しければ、散歩中に偶然出会うというイベントがあった気がする。どうやら、それを再現しようということらしい。


「……わかりました。日時はいつにしますか?」

「そうですね。梅雨明けの日曜日、時間は午前中がいいかと思います。日が高くなると、日傘があっても暑いでしょうから」


 ふんふんと頷き、絃乃は脳内のメモに走り書きをする。

 偶然を装った再会を果たすシーンを想像し、二人のセリフを思い出す。


(びっくりしながらも挨拶を交わして、一緒に公園を歩くのよね……。だけど、ここはもう一つスパイスがほしいわね)


 刺激の強くない、ちょっとしたスパイス。とりとめない会話から脱却するための話題作り。そこまで考えたところで、ふと妙案が浮かぶ。

 勢いのまま前のめりに身を乗り出すと、詠介が驚いたように身を引く。


「それだったら、二人とも服装を変えてみるというのはいかがでしょうか。藤永様の軍服もすてきですが、私服姿も違った一面が見えて新鮮かもしれません!」


 ゲームの仕様では、八尋の姿はほぼ軍服だった。悪くはないが、ひねりはほしい。ゲームに介入できるのなら、彼の私服姿も見てみたいというのが本音でもある。


「一理ありますね。では、そうするように働きかけてみましょう」

「……失礼ながら、詠介さんは藤永様のお友達なのですか?」


 単純な疑問だったが、詠介はきょとんと目を丸くし、口元にそっと人差し指をあてた。


「企業秘密です」


 そのキーワードがすべてを物語っている気がした。おそらく、ゲーム案内役だからこその特権なのだろう。

 深くは考えないようにして、ヒロインらぶらぶ大作戦の詳細を詰めた。


     ◆◇◆


 梅雨明けは例年より数日遅かったものの、作戦決行の日曜日は快晴だった。

 よく晴れた空には雲一つない。絃乃は死角になる茂みに隠れ、公園の入り口を見張っていた。その横で詠介が同じように身をかがめ、待ち人の姿を探していた。

 通りの向こうからくるまが一台やってきて、若草色のワンピース姿の女性が降り立つ。つばの長い白い帽子に日傘を差す様子は、まさしくお嬢様といった風情で、展示絵に出てきそうな構図だ。

 百合子はそのまま公園に入り、気ままに歩き出す。

 その様子を見届け、植木に溶け込んでいた詠介が振り返る。


「……今のところ、作戦は順調そうですね」

「はい。あとは園内にいる藤永様と出会えば、作戦どおりです」


 八尋は十分前に到着し、鯉に餌をあげているはずだ。


(てっきり洋装かと思っていたけど、縞の着物に黒い羽織姿もかっこよかった。やっぱり、イケメンは何を着ても似合うわ)


 一人頷いていると、パナマ帽を被った詠介が立ち上がる。続いて、絃乃も日傘を差して横に並ぶ。

 季節は夏本番。今日は夏銘仙めいせんに名古屋帯、珊瑚の帯留めで、着物に描かれた流水と金魚が夏らしさを出している。夏によく着る、お気に入りのひとつだ。

 照りつける太陽に目を細め、詠介が額の汗を手で拭った。


「そういえば、絃乃さんは百合子さんをどうやって呼び出したのですか?」

「……今日の十時に水辺の公園を散歩すれば、待ち人現るという恋占いの結果を教えたぐらいで……。詠介さんこそ、どうやって誘導したんです?」

「僕も似たようなものですよ」


 百合子は女学校でも悩んでいるようだったし、素直な気持ちを打ち明けて、二人の関係性を明確にできるようになったらいいと思う。

 野次馬で見に行きたい思いを押しとどめていると、詠介が池の方向を見ながら口を開く。


「あとは二人に任せるしかないですね」

「そうですね。私たちができるのはここまでですね」


 頷き合い、そろりそろりと後退する。

 大きな辻を右に曲がり、しだれ柳の木陰をゆっくり歩く。


「ところで、詠介さん。話は変わるのですが、この近くに住んでいる書生に心当たりはありませんか?」

「書生ですか? どこの書生でしょう?」

「……いえ、ちょっと聞いてみただけです……ごめんなさい」


 大正の世では、大きな屋敷に下宿して勉学に励む書生は、決して珍しい存在ではない。


(結局、書生が出てくるルートをやっていないから、どう物語に絡んでくるかも謎のままだし……そもそも情報が少なすぎるのよね)


 遠くの空を見つめていると、黙っていた詠介が口を開く。


「書生といえば、うちの店にも一人いますよ」

「……そうなんですか? というか、お店をされているのですか?」


 初耳だ。できれば、もっと知りたい。

 目を輝かせて見上げると、詠介はかしこまったように背筋を伸ばした。


「うちは代々呉服屋をしているんです。規模はあまり大きくないのですが、父と兄が店を切り盛りしていて。従業員も優秀すぎて、僕の仕事がほとんどなくなることも少なくないんですけどね。とはいえ、そのおかげで趣味の時間が取れているわけですが」


 恥ずかしそうに頬をかいている様子を横目で見ながら、呉服屋という単語を頭で反芻する。何かが頭にひっかかっている。


(呉服屋なんて珍しくはないけれど……)


 ぐるぐると考えるが、あともう少しのところで答えに行き着かない。じれったい思いで、彼の苗字とその単語を合わせたところで、ふとひらめく。


「……あ、佐々波呉服屋なら、うちもお世話になっています。確か、季節ごとに家まで反物や小物を持ってきてくれて……」

「それなら上得意様ですね。訪問販売は兄の管轄なんです。これからもどうぞご贔屓に」


 花がこぼれんばかりの笑顔にあてられ、絃乃は膝から力が抜けた。そのまましゃがみこむと、焦ったような声が降り注ぐ。


「どうしました? 何か変なことを言ってしまいましたか?」

「……いえ、逆です……」

「逆?」

「なんでもないです。気にしないでください」


 まさかのご褒美に動揺しただけです。

 心の中でそう返し、詠介の手を借りて起き上がった。

 頭上では夏鳥が悠々と旋回し、一陣の風が吹き抜ける。体が火照っていると感じるのは気温のせいだけではなかった。

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