2. 前世の記憶

 週末は十六歳の誕生日パーティーだった。

 親戚や友人が集まる中、楽しく歓談していた。そこへ顔を出したのは顔がほのかに赤くなった叔父だった。裕福な資産家に婿養子に入った叔父は苦労しているらしく、まだ若いのに頬がこけている。


「絃乃ちゃんもそろそろ花婿探しせんとなぁ」

「そう、ですね」


 年齢を考えれば、婚約の話が出ても不思議ではない。級友の中には婚約者がいる者も少なくない。

 だが、絃乃の家は華族。それなりの身分がある者でないと、婿にはできない。

 このご時世、恋愛結婚なんて認められるはずがない。結婚ともなれば、家長の許しが必要となる。


「弟くんが生きていたらよかったのになぁ……と、口が滑ってしまったな。すまん、気を悪くしないでくれ」

「大丈夫ですわ、おじさま。弟が神隠しにあったのは六年前ですし、白椿家を継ぐのは私の未来の夫なのですから」

「そうかそうか。しっかり考えているようで安心したよ」


 世話好きな親戚の叔父に勧められるまま、付き合いでワイングラスを一杯傾ける。

 思えば、それは人生初めてのお酒で。自分がお酒に弱いのか強いのか、それすら知らなかった。

 だから、くらりと襲っためまいが、お酒によるものなのかすら判断できるはずもなく。


(……あ……れ……?)


 気づいたときには視界が暗転していた。


     ◆◇◆


 千城香凜せんじょうかりん、営業職。社畜よろしく、毎日残業のアラサーでした。

 仕事に追われた中で素敵なパートナーとの出会いは皆無で、周りは結婚・出産ラッシュ。週末に訪れる人といえば、家事スキルゼロの姉の世話をしにやってくる二歳年下の弟だけ。

 年々、恋を楽しむより、家事ができる世話好き男子を嫁にしたい願望が強くなる一方です。

 高校からの付き合いの友達いわく、枯れきっている三十路とのこと。

 私が悪いんじゃない。人手不足の社会が悪いんだ。給料は増えないのに、仕事だけが増える会社が悪い。

 そんな愚痴を吐いていたら、友人は翌日の夜に訪ねてきて、ポータブルゲーム機とソフトをセットで置いていった。「現実がつらいなら、ゲームに逃げるのも一つの手だよ」という言葉とともに。

 さすが同じ独身組。慰めの言葉が違うと思い、疲れた体に鞭を打って、ゲーム機の電源をオンにした。そこで、私は運命的な出会いを果たした。


 よくある乙女ゲームのモノローグ。


 大正時代を舞台にした純愛系で、ヤンデレ系も登場しない。

 袴に編み上げブーツという大正らしさはあるが、パラレルワールドなので、史実とは大きく異なる点も多かった。要は、大正時代の雰囲気を楽しむという趣旨らしい。


 アラサー喪女が疑似恋愛なんて、と最初は思っていた。

 だけど、乙女ゲーム『紡ぎ紡がれ恋模様』は、連日のサービス残業ですさんだ心さえも癒やしてくれた。

 イヤホン越しに再生される男性声優の声は、まるで耳元で囁かれているようでドキドキしたし、恥ずかしそうに赤面する顔のイベントスチルはご褒美に等しかった。

 ゲーム開始の数日後には、外回りの営業を終え、彼らを攻略することが癒やしとなっていた。


 初心者向けという友達のふれこみ通り、乙女ゲーム初心者プレーヤーのために、大事なポイントでは「ゲーム案内役」が必ず登場した。操作方法から攻略の仕方まで、手取り足取り教えてくれた。

 親密度のパラメーターを教えてくれるだけでなく、時に一緒に喜び、時に一緒に悲しみ、かけがえのない存在となっていた。

 隠しエピソードが配信された日は「ここだけの秘密ですが、何やら新しい逸話が配信されたようですよ。ちょっと気になりません?」と内緒話をしてくれ、バッドエンドで画面暗転すると「……困ってしまいましたね。でも大丈夫。あなたのために、僕がこっそり時間を巻き戻してあげます。他の方には内緒ですよ?」と言ってくれた。


 本気で困っていた私には、彼が天使に見えた。

 そして同時に、どうして彼を攻略できないのか、と憤りもした。二周、三周とゲームをクリアするにつれ、その不満は募るばかりだった。


 ――転生した暁には「ゲーム案内役の彼」を落としたい。


 そんな野望を胸に秘め、前世の人生はあっけなく幕を閉じた。

 社内会議中、いきなり心臓発作でそのまま現世とお別れなんて展開、誰が予想しただろう。毎年行われる会社の健康診断でも異常なしだったのに。


 ――ああでも、ここがゲームの世界なら、私の望みも叶えられる。


 唯一の希望を見出したのもつかの間、フラッシュバックする記憶の波に押され、私の意識は深く沈んでいった。


     ◆◇◆


 時は大正五年。場所は京都御所の北にある白椿家。

 誰もが寝静まった真夜中、絃乃はハッとして両目を開ける。


「……夢……?」


 ぐっしょりと濡れた寝間着を見下ろすと、寝汗をかいたのだと悟る。

 どくんどくん、と心が早鐘を打っている。夢から覚めた衝撃が心を揺さぶる。


(私は……転生……しちゃったの?)


 白椿絃乃。それは乙女ゲーム『紡ぎ紡がれ恋模様』のヒロインではなく、同じ女学校に通う友人の名前だ。

 ヒロインは軍人の娘、絃乃は華族のお嬢様。

 本来なら、明治に天皇の住まいが東京に変わると同時に、東京に移り住む予定だった。しかし、史実とは異なり、京都に残った数少ない華族としてゲームに登場する。


(ちょっと待って。絃乃って、途中で失踪するんじゃなかった……?)


 この乙女ゲームは純愛モノだが、若干だが大正ミステリーの要素も含まれている。ゲーム中盤に起きる失踪事件の謎を解かないと、絃乃も失踪してしまうのだ。

 しかも父親がショックで倒れ、白椿家は家督を継ぐ者もおらず、そのまま没落するという最悪の形を迎えて。

 ちなみに、その謎を解かなくても、ヒロインはゲームをクリアすることができる。意中の相手とフラグを立て、好感度を満たしていれば、一応はハッピーエンドとなる。


(何回かクリアはしたけど、結局その謎は解いていない……!)


 攻略キャラをすべてクリアしてから登場する隠しキャラがいないと、謎解きイベントは発生しないのだ。前世では三人までクリアしたものの、残り一人というところで命が尽きた。無念としか言いようがない。


(……って、現実で四人とゴールするなんて無理でしょ! 隠しキャラが出てこないじゃないの!)


 これはもう、人生に詰んだと言えるのでは。

 両手で顔を覆い、運命を嘆く。外では真夜中にもかかわらず、鳥の鳴く声が響いていた。

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