第78話 おじさん、責任を取る
やけに寒々しい岩肌むき出しの造りで、どういう訳か手錠やら鉄球やらロープやらマスクやら棺桶やら猿ぐつわやら、他人を拘束するための道具がふんだんに揃っている。
何故なのかは知らない。知りたくない。
知っていたとしても僕には言えない。
そういう趣味はないから、ちゃんと説明できる自信がない。
「どしたのアル兄さん、変な顔して。もしかして、こういうの興味あるん?」
「昔、とある貴族のご婦人に誘われたことあるけど、丁重にお断りしたよ。痛いのも痛めつけるのもごめんだし」
「……意外と経験豊富なんよねー、チトセはん一筋って顔してるくせに」
だから断ったって言ってるじゃないか。
……
スタッフの女性はみんな手慣れていて、見惚れるほどの早さだった。
何人かは素敵な笑顔で僕も縛ろうとするので、丁重にお断りしたけど。
(これでまた、衛兵に差し出す。僕に出来るのはここまで……だよな)
僕は――何故か中心に大きな溝が掘られた椅子に腰掛けると、不自然な体勢のまま眠る不良冒険者達を見下ろした。
「それで、フレデリカ? 彼らがギャングに雇われた不良冒険者ってことは、もう分かった。問題は、宮廷魔法士の候補生が彼らに手を貸してるってことだ」
彼は、候補生という身分を隠そうともしなかった。
それどころか。
「候補生は言ってたよね。『ドミニク副所長に逆うヤツに、この国で魔法使いを名乗る資格などない』って。王立魔法研究所は、表立ってギャングと取引してるの?」
「……バカ親父から、何も聞いてないん?」
言われて、思い出す。
マーティンおじさんは言っていた。
王立魔法研究所はもう魔法使いの居場所じゃない、って。
「……ドミニクのせいや。ドミニク・アージェント=ボイル副所長。アル兄さんがいなくなって、ヤツが研究所を動かすようになって――こんな風になってもうたんや」
フレデリカは苦虫を噛み潰すような顔で、吐き捨てた。
ドミニク・ボイル。
彼のことはよく憶えている。
王立魔法研究所の副所長。
ボイル男爵家の出身で、宮廷魔法士としては僕の同期に当たる。
王立魔法学園をストレートかつ主席で卒業した、いわば
ある意味では宮廷魔法士らしくないと言える如才ない振る舞いと優秀さで、またたく間に幹部まで登りつめ、アージェント公爵家への婿入りをも叶えた。
高潔な精神と溢れる才能を兼ね備えた、宮廷魔法士の理想形だった。
……少なくとも、僕が知っているドミニクは。
「そんな、あのドミニクが……いや、待って、いくら副所長だからってそんな真似が許される訳ない。他の幹部達もいるじゃないか」
「おエライさんはみんな苦い顔しとる。でも……
なんてことだ。
僕は、言葉を失った。
(……これも、僕のせいか)
三年前、僕が起こした事故――
組織の解散は避けられたものの、実験の安全性や研究テーマについては監視が厳しくなったとは聞いていた。結果的に全体の予算が縮小傾向に入った、とも。
でも、だからって。
こんな風に一般の人々を傷つけるやり方が許される訳じゃない。
「この色街の再開発計画も、多分、アージェント公爵家が糸を引いとる。運河に面したエリアに新しく市場を作って、王都の流通を仕切りたいんやろうね」
フレデリカは僕の表情を見るなり、深く溜息をついた。
「……そういう顔すると思っとったわ。責任を感じるんはもっともやけど、アル兄さん。アンタには、もっと大切なことがあるやろ?」
「それは……分かってる」
『
そして何よりも――カレンとチヅルさんの未来を守ること。
すべての問題を、この一週間で片付けなければいけない。
間違っても、王都の土地権利問題やギャング達の抗争に付き合っている暇はない。
理解している、けれど。
「てか、ぶっちゃけアル兄さんが首突っ込んだら余計ややこしくなんねん。大罪人っちゅう以前に、そもそもこういう政治関係あかんやろ。兄さんの場合、全部ぶっ壊すか、敵全員に地獄見せるかの二択しかできひんやん」
いや、そこまで雑じゃないよ。
「嘘こけ。あのな、兄さん、なんで自分が“
「……えっ、そういう、なんか……大雑把、みたいな感じの蔑称だったの?」
「そんなことない、とは口が裂けても言えへんわ」
それ、結構ショックだ。
まあその、良い意味だとは思ってなかったけど、その、なんか……思った以上にダメな理由だな、と思って。
「さて。そしたら、コイツらのことは
本当に、この状況で手を引いていいのか?
衛兵さえ信用できない状況で、レディ・シモーヌやレニーさん達がどうやってグリザム一家に対処すればいい?
例えば彼女達も対抗して冒険者を雇ったとしても、宮廷魔法士の候補生に太刀打ちできる在野の魔法使いがどれほどいるだろう?
(それに……レディとペレグリンの仲はこのままでいいのか?)
もちろん親子にはそれぞれ事情がある。
通りすがりの僕が口を挟むのは、余計なお世話だ。
でも。
吹き出す疑問と、僕自身が置かれた状況と。
すべてが頭の中で一体となって――弾ける。
「……グリザム一家の根城は、確か七区だ。ちょうど色街のある十三区と王立魔法研究所のある二区の間にある。それは変わってないよね?」
「え、まあ、そうだった、ような……えっ、ちょ、アル兄さん? 何考えとんの?」
僕はフレデリカに頷きかけた。
「つまりね。複数の課題を効率よく解決するには、一つ一つを切り分けた上で、順序よく対処すればいい。魔法使いの基本だよ」
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