第79話 おじさん、おばさんになる

 王都の夜は、眩しい。

 それは、家々に灯る光が、道を照らす街灯が、夜を彷徨う人々の燈籠が――絶えることない営みの火がもたらす眩さだった。


 【飛翔フライト】を使って、屋根すれすれの高度を疾駆しながら。

 僕は、胸を締め付けられるような気持ちになった。


 それは、昔チトセとともに王都の空を飛び回った思い出が蘇ったからか。

 あるいは、かつて自分が犯した罪を――営みの火を消し去った罪を思い出したからか。


「……しっかし、あれやなあアル兄さん」

「なんだよ、フレデリカ」

「思いのほか似合うねんな。女装」


 フレデリカの指摘に。

 僕は悲しい現実を再認識させられ、さっきまでとは別の意味で泣きそうになった。


 そう。

 今の僕は、女性用のドレスを身にまとい、つけ毛と化粧で姿を変えているのだ。


「だって仕方ないやん。『あの』アルフレッド・ストラヴェックが王都に戻ってきたとバレないためには、あんなボロいローブで顔隠すだけじゃ不十分やもん」

「なんか、他にもあったと思うんだ。仮面をつけるとか、そういうさ」

蜜月館ハネムーン・ハウスで調達できるもんの中では、一番効果的やろ?」


 王都に入るなり騒ぎを起こしてしまった僕は、早くも『ローブの男』として噂になりつつ合った。

 これから正体を隠して行動するために、服装を変える必要があったのは間違いないのだけど。


(絶対面白がってるよな、レディもフレデリカも、蜜月館ハネムーン・ハウスのみんなも)


 ……蜜月館ハネムーン・ハウスで、僕が出した結論はこうだった。


「僕は、これからまっすぐ王立魔法研究所に行く。その途中に偶然グリザム一家の屋敷があるみたいだから、ご挨拶・・・していこう」

「……アンタ、そういうところが“魔王キング・ウィザード”やねん、ホンマ」


 フレデリカに呆れられるのは覚悟していた。

 でも、レディ・シモーヌにも呆れられたのは予想外だった。


「……アンタほど腕利きの魔法使いが言い出したんじゃなきゃ、殴ってでも止めるとこだけどネ」


 正直に言えば、怒られると思っていたのだ。

 余計なことに口を出すな、って。


「余計だなんて、とんでもないサ。ああいう連中を黙らせるには、結局カネか武器しかない。アンタみたいな凄腕を正規ルートで雇うのにいくらかかるか、アタシらには想像もつかないヨ」


 そう嘯いてパイプをふかすレディの横顔には、隠しようのない逡巡があった。


 その正体が何なのか。

 僕には分かるような気がした。


「できるだけ話し合いで解決するつもりです。ペレグリンさんに怪我をさせたら、かえってギャングを逆上させるかもしれない」

「ご配慮、痛みいるネ。でも気にしないで。あんなバカ、アタシはもう息子とは思ってないからサ」


 彼女は愛おしそうに目を細めて、ホールを掃除している女性達を見つめている。


「今のアタシにとって大切なのは、この蜜月館ハネムーン・ハウスと娘達サ。ベンジャミン――ペレグリンの父親のことは確かに愛していたけど、それも昔のハナシ」


 ふーっ、と一際長く紫煙を吹き出して。

 レディ・シモーヌは、飄々とした表情を取り戻す。


「それよりアルバートさん。アンタ、そのままオモテに出ないほうがいいネ。これだけ暴れまわったんだ、噂好きの王都民の間じゃもうとっくに有名人だヨ」

「いやあ、そんなに目立つ格好でもないですし」


 確かにローブは若干くたびれているかもしれないけど、こんな格好をしている男なんてどこにでもいるだろう。


「少なくとも、アタシはひと目で分かったヨ。お友達・・・――ホルワット工房アトリエのミシェールは、酔っ払うとよくアンタのハナシをしてたからネ。『我が盟友、アルフレッド・ストラヴェックには“世界最強のお人好し”の称号こそ相応しい!』とかなんとか」


 言いながら、レディは意地の悪い笑みを浮かべる。


 ……僕は、自分の顔から血の気が引いたのを自覚した。


「ミシェールのツケが残ってたら、僕が払います。それで勘弁してもらえますか」

「おやおや。いくらアタシらが娼婦だからって、恩人の秘密をバラすように思われてるなら心外だヨ」


 僕が激しく首を振ると、レディはあっけらかんと笑う。


「ま、もしあの風来坊ミシェールに会ったら、さっさとライラを身請けするように伝えとくれ。あんなウブな娘、ここに長居させちゃいけないからネ」


 それから彼女は、ホールにいた女性を二人――名前は確か、モニカとオリビア――呼び寄せ、


「分かっただろ? オモテに出るならそれなりに準備は必要だヨ、アルバートさん・・・・・・・。モニカ、オリビア、手伝ってあげな」

「合点承知だ、レディ!」


 僕を個室へと連れ込み。


 嬉しそうに女性用のドレスを差し出してきたのだった。


「いや、え、ちょ、なんで? っていうか、こんな、流石に女性用の服はサイズが合わないですし」

「大丈夫ヨ。男性用の寸法で作ってあるもの」


 どうして?

 という僕の問いに、レディは一言、


蜜月館ウチには色んなお客さんが来るからネ」


 と答えてくれた。


 ……なるほど、この懐深いサービス精神。

 ホルワット工房アトリエのミシェールが蜜月館ハネムーン・ハウスを強くオススメしていた理由が分かった気がした。


 あとはモニカさん達がこぞってメイクの手腕を奮ってくれた結果、僕はどこからどうみても『ちょっと背が高くて肩幅の広い三十代女性』となったのだった。


「いやでもホンマ、イケるで兄さん。なんちゅうか、暮らしに疲れた三十路未亡人の色香っていうの? 出とるで、後れ毛の感じとか」

「これ以上からかうなら、スピード上げるからね」


 【飛翔フライト】の出力を上げると、すぐフレデリカの顔が後方に消えた。


「ちょ、待ちぃや兄さん! ウチ、こういう魔法は苦手やねん! もう!」


 若干軌道を揺らしながら、彼女は追いついてくる。


「そろそろグリザム一家の屋敷やけど、どないするん? 正面玄関をノックして、牛乳の配達やで~って叫ぶ?」

「いや。一番簡単で、シンプルな方法だよ」


 僕達は、音もなく屋根に降り立った。

 ちょうどグリザム一家の屋敷が見渡せる位置。


「アル兄さんがそういう事言いだす時が一番不安やねん……具体的にどうするん?」

「逆に聞くけど、ギャングの本拠地へ殴り込むとして、フレデリカならどうやる? 真面目な話」


 フレデリカは鼻白んだ顔で、答える。


「ええ~? まあ、アレやなあ。こっちは手勢も少ないし、こっそり忍び込んでボスと話をつけるとか?」


 妥当な判断だ。

 僕もできればそうしたい。


 でも、それだと多分、話し合いは上手くいかない。

 何故なら、ギャングの世界は暴力を背景にしない限り同じ盤面に立てないから。


(本当はもっと平和的に解決したいんだけどな)


 あいにくと今回は時間がない。

 彼らの身辺を調べて弱点を見つける時間もないし、裏で糸を引いているアージェント家と話をする時間もない。


(【生命感知センス・ライブ】――【地図表示マップ・チェック】)


 脳裏に浮かんだ地図と視界でぼんやりと光る生命活動の証を照らし合わせ、屋敷と周辺にいるすべての人間の数と位置を記憶する。


「よし、いけそうだ」

「いやちょっと待ってって、ホンマ説明してや、アル兄さん」

「大丈夫だよ、信じて」


 それから、おもむろに目を閉じると。


「其は焔、原初にありて燃ゆるもの、命より迸るもの、熱く輝き、拡がり続く――」


 霊素エーテルを呼び寄せ、語りかけ、紡ぎあげ、


「焼いて尽くせ、砕いて爆ぜろ――【大爆発エクスプロード】ッ!!」


 解き放った。


 ――過ぎた轟音が、静寂を錯覚させる。


 王都の夜空に咲いた紅蓮の花は、街を赤々と照らし出し。

 グリザム一家の屋敷を、半分近く吹き飛ばした。

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