第63話 おじさん、それはズルくない?

 だから、なんで今その話なの?

 と口を挟む前に、ユーリィが続ける。


「ユーリィ、王都に、戻った時に、大師匠とかっ、所長とかっ、他にも、研究所の幹部達と、いっぱい話したんですっ! また、先輩が、自由に、王都で、研究できるように、ならないかって!」


 ……初耳だ。


「いや、そんな……ユーリィ、あのね。僕の存在は、王立魔法研究所がなかったことにしたい罪の証拠なんだ。それを復帰させようなんて言い出したら、君の出世にも影響が」

「だから、ユーリィのことは、どうでもいいんですよっ! ううん、よくないんですけどっ、それぐらいのハンデ、実力でなんとかしますからっ」


 僕達はいつの間にか、立ち止まっていた。

 村の中心を流れる川のほとり。

 茂る夏草が、むき出しの脛をくすぐる。


 ……痴話喧嘩から話題が逸れたのを感じ取ったのか、一度は止まった周囲の人々の足も、また動き始めていた。


「アル先輩は……幸せに、なってください。あの工房アトリエで、また研究して。新しくて面白い魔法を作って。もうユーリィは、ただの後輩でも、いいですからっ」


 僕には、返す言葉がなくて。

 自分が大きな思い違いをしていたのだと、気付いたから。


(ユーリィは……自分が欲しいものを求めてただけじゃなくて)


 僕が失くしたものを、代わりに取り戻そうとしてくれたんだ。

 あの日諦めた、色々なものを。


 宮廷魔法士という立場。懐かしい工房アトリエ。やりがいのある研究。

 そばにいて、僕を愛してくれる人。


 あの、幸せに満ちていた日々。


「あっ、いた! アルフレッドさん、ユーリィさんっ!」


 ――チヅルさんが、喜色満面で駆け寄ってくる。

 肩にかけた薄絹が風をはらんで、まるで風の妖精のようだった。


「探しちゃいました、待ち合わせ場所にいないから――って、あ、あー……ええと。大丈夫ですか、ユーリィさん? その、目、真っ赤ですけど……」

「……はいっ★ そのっ、ちょっとっ、さっき食べた煮込みが辛くてっ。ぜんっぜん平気ですよっ」


 目元をぬぐうユーリィにハンカチを差し出そうとして、いつものローブに入れっぱなしだったことを思い出す。

 というかこの衣装、ポケットとか全然ないんだよなあ。

 正直、ほぼ裸だもんな……


「それよりチヅルさん、お一人ですか? あの大きくてイカツい殺戮モンスターは?」

「誰がモンスターだ、小さくて平たいキッズは黙ってろ」


 そう毒づきながら現れた彼女のことを。


 僕は一瞬、エレナだと認識できなかった。


「……エレナ? それ、その、それ、なに……その衣装」


 ユーリィやチヅルさん達と同じ、白布で作り上げられた星祭スターフェスの装束。

 もともとグラマラスな体型のエレナは、こういう露出の多い服も当然似合うのだけれど。


 特徴的なのは細かく星を編んだレースの使い方だった。

 袖やスカート部分をレースだけで編み上げることで、エレナの長く逞しい手足に繊細さと上品さをプラスしている。


 肌に残る多くの傷跡が、華やかなアクセサリーのように感じるほど。


「……オイ。何か言えよ、アル」

「あ、ごめ、その……すごい、綺麗だよ」


 チヅルさんが慈悲深き女神だとすれば、エレナのことは猛々しい戦女神ヴァルキュリアとでも表現すればいいのか。

 いや、でもなんか……それは、ちょっと気恥ずかしいというか。


(昔からずっと、美人だとは思ってたけど)


 これは、全然違う美しさだ。

 いつもより少しだけ優しくて、儚く見える。


「もう一回、言え」

「えっ……綺麗だよ、エレナ」

「もう一回!」

「ええええ、き、綺麗だよ、ホントに」


 ……戸惑う僕を見て、チヅルさんが達成感たっぷりの握りこぶしを作っている。


(あっ、そうか、チヅルさんがエレナの衣装も作ってたのか)


 エレナはニヤリと笑って、チヅルさんと拳を突き合わせた。


「よし、勝った! この戦い、あたし達の勝利だ! なあチヅル!」

「はいっ! アルフレッドさんに『綺麗』って言わせましたもんね!」


 えっ。何の話?


「聞きましたよ、アルフレッドさん。今までエレナさんに、一度も『綺麗』って言ったこと無いって」

「……そうだっけ」


 いつも思ってたけど……あれ? 口に出してなかった?


「お、おま、おま、え……な、それ、それはズルいだろうがァッ!」


 動揺したエレナの大声で、また人々の視線が戻ってくる。

 僕のせいでお騒がせしてすみません……


「……久々に。そういうところですよ、アルフレッドさん」


 さらに、チヅルさんの突き刺すような眼差し。

 しまったな。こんなことなら、もっといっぱい伝えておくべきだった。


「アル先輩」

「え、ああ、ごめん、ユーリィ。その」


 すっかり話が逸れてしまった。

 ユーリィは真剣に、僕の未来を案じてくれてたのに。


「……いいんです。ユーリィ、ちょっと先走っちゃいましたっ」


 彼女はいつものように笑うと、また僕の手を掴んだ。


「今はとにかく、二人で星祭スターフェスを楽しみましょうね、先輩っ★」

「オイ、何さりげなくデート続行みたいな顔してんだ、ユーリィ」


 すかさずエレナに逆の手を掴まれる。

 ちょっと、いや結構痛い。手首が折れるかもしれない。


「あっ、エレナさん! ちょっと、今はユーリィの番ですよぉっ」

「うるさい黙れ、行くぞアル。あっちの通りの屋台、片っ端から奢ってもらうからな」

「全部? え、多くない? そんなに食べる?」

「うるさい、これは正当な報酬だ。お前も来い、チヅル。好きなもの食えッ!」


 チヅルさんはエレナに引きずられて、結果、四人ひとつなぎのペンダントのようになって歩き出した。


「は、あの、はいっ! い、いただきますっ」

「じゃあユーリィも! あっ、ユーリィだけは特別にあ~んしてもらいますねっ★」

「それはダメだ、あたしだけな」

「え~っ、エレナさん、ずる~いっ!」


 そんな訳で、なんかぐにゃぐにゃのごちゃごちゃのまま、僕達は盛り上がる星祭スターフェスに繰り出したのだった。


 もちろん、僕の財布はひどいことになったけど……まあ、みんな楽しそうだし、これぐらいはね?

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