第55話 女戦士、舐められたら殺す

 発動させた風刃フウジンの魔法に体重を預けて、真横に飛ぶ。


 だが距離が足りない。

 牙を避けたところで、巨体に押しつぶされるのは避けられない――


「――【大黒風ボレアス】ッ!」


 声。

 然る後――衝撃。


 まったく信じがたいことに。

 横合いから巨人にでも殴りつけられたかのように――成竜エルダードラゴンの巨躯が動いた。


 どうにか、かろうじてあたしを押しつぶさないぐらいの距離に、城塞ほどの巨大な質量が落下する――

 大地を飴細工のように砕き、砦を半分ほど押し潰しながら。


 ――降り立とうとしたら、地面が殴りかかってきた。

 そうとしか表現できない体験だった。

 あたしぐらい鍛えてなかったら、これだけで死んでもおかしくない。


 着地と隆起の衝撃を前転でいなし、降り注ぐ岩や砂をかわしながら、あたしはすぐに立ち上がった。


 辺りは一瞬にして地獄絵図と化していた。

 街道を見守るはずだった砦はあっけなく崩れ落ち、落下の衝撃と地割れに巻き込まれた人々は、騎士も平民も関係なく吹き飛ばされ、そこかしこに叩きつけられていた。


 彼らのうち、どれだけがまだ生きているか。

 ……火の手が上がっていないのがせめてもの救い、かもしれない。


(ソフィは……いや待て、オリガのやつは――クソ、来訪者ビジターどもめ……っ)


 燃え上がりそうになる心を、一呼吸で鎮めて。


 ……あたしは奇跡的に手放さなかった――日頃の鍛錬のおかげだ――両手の魔刻剣エンクレイブド・ソードを構え直すと、改めて二人の来訪者ビジターと向き合った。

 ついでに仲間との連携を確かめておく。


「……ユーリィッ! よくやった、助かったぞ!」

「あれっ、頭でも打ちました~? エレナさんがお礼なんてっ!」


 かろうじて形を保っていた見張り塔から、ユーリィの声が降ってくる。


 落下する成竜エルダードラゴンの軌道を逸したのはユーリィの魔法だ。

 あれだけのスピードで落ちてくるドラゴンに魔法を当てただけでも驚嘆に値するのに、まさか軌道まで変えてみせるとは。

 正直、あの魔法がなかったら、あたしは死体も残らなかっただろう。


「いや、違うな、むしろユーリィっていうか、アルの指導がよかったんだな! ありがとうアル!」

「へへ~んっ、そうなんですよっ! ありがとうございますアル先輩!」


 なんで二人揃って、ここにいない男に大声で礼を言ってるんだ。

 バカか、あたし達は。


「……ちぇ、失敗かぁ。ドラたんのメテオアタック、いいアイデアだと思ったのにな~」

「やっぱウゼーな、宮廷魔法士って人種はよ。クソモブのくせに、邪魔ばっかしやがって」


 少年が唾を吐く。

 再びかざした手には、またしても水面の揺らぎ。


「その天恵ギフト、男女の二人組、東方系の顔立ちっ。【道具箱アイテムボックス】のエイジと【調教師テイマー】のシオン――ササハラ兄妹ですねっ!」


 ユーリィが確信を持った様子で叫ぶ。

 流石の知識だ、伊達に来訪者ビジター保護官を名乗ってる訳じゃないんだな。


「あっ……ねえ、正体バレちゃったよ、お兄ちゃん。マーティンのおっさんに隠せって言われてたのに」

「隠せる訳ないだろ。そもそもオレ達みたいに強い奴、他にいないんだから」


 少年――ササハラ・エイジとやらが、余裕ぶって笑う。


「それに、どうせ一緒だ。気付いても気付かなくても――最後には死ぬ」

「あはは、そうだね。お兄ちゃんとみんな・・・がいるんだもん」


 ササハラ・シオンの瞳が光を放ち。


 成竜エルダードラゴン――蛇を思わせる長い首、蝙蝠のような翼、白く輝く鱗を備えたホワイトドラゴンが、その身体をゆっくりと起こす。

 遥か雲の上から落ちてきたというのに、その肉体に傷らしい傷は見当たらない。


 掛け値なしの神話級モンスター。

 普通なら、討伐には百人単位の冒険者が狩猟団を組む必要がある。


 その上、辺境に生息する高危険度レベルモンスターが、ドラゴンが壊した塀の亀裂から侵入しつつある。

 なるほど、伏兵みんながいれば殺し漏れの心配はないな。


(一体どこにこんな切り札を隠してたんだ、闇ギルドめ)


 いくら連中の背後に有力貴族がついているとはいえ、来訪者ビジターを二人も送り込んでくるとは。

 カザモリ・ミヅキの拘束がよっぽど腹に据えかねたのか。

 それとも、リリー領の掌握が奴らにとって、よっぽど重要だったのか。


 ……いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


(どうやって武器とモンスターの波状攻撃をかいくぐり、ササハラ兄妹を仕留めるか)


 それだけに集中しろ。


「すげー、まだ心は折れてないって目ぇしてんの。何このババア、超デカくね。メスゴリこえー」

「お兄ちゃん、楽しそうだね」

「そりゃな。いつも一方的な無双じゃ面白くないだろ?」


 何の前触れもなく、エイジの攻撃は再開される。


 必殺の速度で飛来するレイピアを体捌きでかわしつつ、首を狙って歪曲軌道を描いてきたトマホークを斬り払う――手が痺れるほどの威力。

 更に驟雨の如き連続攻撃をかわしながら、あたしは全力で間合いを詰める。


(……クソ、これじゃ間に合わないッ)


 既に、兄妹の背後では巨大なドラゴンが起き上がっている。

 閉じた口から漏れるのは凶悪な気配――ドラゴンの体内で錬成される凶悪な生体魔法【吐息ブレス】の予兆。


 ホワイトドラゴンが放つのは絶対零度の凍結ガスだ。

 解き放たれたが最後、見渡す限りが凍りつき、あっという間に死の世界と化す。

 虫一匹すら生き延びられない。


 もしかしたら被害は村にまで及ぶかもしれない。

 仮に農園の一部でも凍りついたら、それだけで大損害だ。


(まさに生きる大災害だ――クソがッ)


 つまり、先に潰すべきはホワイトドラゴン――否、それを操っているシオン。

 だが、エイジの存在は無視できない。


 エイジが放つ武器の雨は一つ一つが必殺の威力を持つだけじゃなく、徹底的にあたしの進路を塞ぎ、シオンに近づけさせないようにしている。


 ああ見えてヤツは天恵ギフト一本槍の馬鹿じゃない。

 時間を稼いでいるんだ。

 シオンが――ホワイトドラゴンが戦いを決するまでの。


「ムカつくガキどもめッ」

「るっせーゴリラ、さっさと死ねよ、ババア」


 口の減らないクソガキめ。

 あたしをナメたこと、死ぬほど後悔させてやる。


 とはいえ――肩を狙うノコギリは弾いたが、同時に飛んできたハンマーが脛をかすめる――間合いを詰められないなら、他の手を見つけなければ――


「――ッこのおおおおおぉおぉぉぉぉッ!!」

「な――お前、バカ野郎――」


 響く気合の雄叫び。

 ああもう、不意打ちなら声出すなバカ!


「どこから出てきたッ、オリガッ!?」


 とはいえ、誰も予想しなかったタイミングで。


 あたしが渡したベリンダ――プロテクターに込められた風魔法を発動させたオリガは、矢の如く滑空すると。


「――な、に……これ」


 ――構えた剣は、シオンの背中を貫いた。

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