第56話 女戦士、最大最強の奥の手を出す

 遠く――何かが響いた。

 まるで隕石が落ちてきたような、腹の底を震わせる鈍い振動。


「……これは――魔法?」


 ようやく開幕した星祭スターフェスの賑わいを村の物見櫓から眺めていた僕は、ふと顔を上げた。


 村を囲む荒野の向こう、かすかに見える砦。

 その影を覆い隠す勢いで、土煙が吹き上がっている。


(ユーリィの魔法――風を起こす魔法を使った……んだよね?)


 それにしても要塞全体を巻き込むとなると、尋常な規模ではない。

 村周辺の霊素エーテルまで、かすかに揺らいでいるような気配すらある。

 こんな規模の上級魔法を使ったら周囲の霊素エーテルが枯渇して、次の手が無くなるんじゃないか?


 ……胸にこみ上げる予感。

 何か、ただならぬことが起きている。


 少なくとも僕達が予測していたものとは違う事態。


「エレナ、ユーリィ、オリガ……大丈夫、だよね」


 僕は、思わず祈っていた。

 あれほど頼りにしないと決めていた、女神ムール・ムースに向かって。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 来訪者ビジターの少女――【調教師テイマー】のシオンは、まだ十代の少女ということを差し引いても、かなり小柄だった。


 彼女の薄い胸から飛び出した赤熱する刃――オリガが繰り出した火竜剣サラマンダーの切っ先は、やけに長く大きく見えた。

 まるで幼い少女が、串刺し刑に処されたような。


「やった――やりましたよっ、”剣聖ソードマスター”殿っ」

「テ、メェェェェェェェェッ!」


 エイジが撃ち出したスレッジハンマーが、オリガのみぞおちを殺人的な勢いで打ち据える。

 悲鳴すら挙げられず――まるで石ころのように、オリガの身体が宙を舞った。


「く、あ――ッ」

「――オリガぁっ!」


 ユーリィが叫びながら繰り出した魔法が、かろうじてオリガが地面に叩きつけられるのを防いだ。

 無形の風に乗って、柔らかに着地する。


 ――あたしは。

 目の前が、真っ赤になった。


(やりやがったな)


 あたしの弟子に手を出しやがった。

 このクソガキども。


(生まれてきたことを、後悔させてやる)


 シオンを背中から貫いたサラマンダーの刀身は、胸の中心から飛び出したまま、真紅に輝き続けている。

 傷口から漏れるのは、肉が焼ける独特の音と異臭――


「……ああ、もう、びっくりした」


 そして、無色透明の触手。


(なんだ――あれは)


 ゆらゆら動く触手がサラマンダーに絡みつき――見る見る炭化し、崩れ落ちていく。


「バカシオン、お前っ、早く抜けよっ! 買ってやったワンピースが台無しじゃねーか!」

「あっ、ダメ、お兄ちゃん! これ、剣、お兄ちゃんが抜いて! 触りたくないって!」


 なんなんだ、こいつら。


(まさか、シオンは不死身――なのか)


 ありえない。

 来訪者ビジターは超越的な能力ギフトを持つが、それは一つに限られる。


 シオンの天恵ギフトは【調教師テイマー】。

 詳細は知らないが、ドラゴンのようなモンスターを扱う力で、肉体を強化するタイプではないはず。


「うお、なんでだ、抜けねー、焼けついてんのか!?」

「多分そうだよ、スラたんがスゴい熱がってるっ! この剣、おかしいよ!」


 ……スラたん?


(おかしいぞ……刺されているのは、シオン・・・だろうが)


 慌てふためいているようで、妙にピントが外れた騒ぎ方。

 なんだ? あたし達は何を見落としている?


(いや、考えてる場合じゃない)


 オリガが身体を張って作ったチャンスだ。

 連中には速やかに地獄を見せてやらなければ。


 あたしは全速力で間合いを詰める――両手の剣に込められた魔法が届く距離まで!


「――これでも喰らえッ」


 初撃は左の剣――風刃フウジンの一閃は衝撃波となって、二人の来訪者ビジターを叩きのめす。


「そんなもん、効かねぇよっ!」


 エイジがシオンをかばい、その身を盾とする。

 奴が纏った上等そうな鎧は、見た目通りに魔刻エンクレイブを仕込んだ上等品のようだ。衝撃波は命中した瞬間に霧散し、そよ風と化す。


(知ってるよッ、ガキめッ)


 その間にも、あたしは走り続けていた。

 二の太刀は雷刃ライジン。刀身から迸った紫電が、エイジの頭部を貫く――


 だが、それもエイジが翳した魔刻篭手エンクレイブド・ガントレットの前には無力。


「しつけぇぞ――」

「抜かしてろッ、ガキがッ」


 エイジが腕を下ろした時には、もう。

 あたしは踏み込んでいた。


 そこは必殺の間合い。

 魔法も天恵ギフトも、剣と同じ価値しか持たない――一振りで互いの首を跳ね跳ばせる距離。


「――――ッ!!」


 そしてあたしが構えたのは、二振りの剣――徹底して勝利を掴むための、執念にも似た二撃。


 衝撃波を纏った風刃フウジンが、エイジの腕を篭手ごと強引に斬り飛ばし。

 首筋に叩き込んだ雷刃ライジンは神経を焼きながら、頸動脈を切断する――


 寸前で、消失した。


(――なんだっ!? 何が起こっ――)


 予想外の事態に、思考が止まりかけたが。

 本能が命じるまま、あたしは空回っていた身体を制御して身を伏せる。


 直前まであたしの身体があった場所を走り抜ける特大の殺意――例の、武器射出だ。


「ク、ソ、い、て、ええええええぇぇぇぇぇぇッ! クソ! テメェ、マジぶっ殺すッ!」


 喉の奥から絞り出されたエイジの怨嗟。

 そして怒りに満ちたプレートブーツのつま先が、あたしを打ち据えた。


 衝撃を殺すために、後ろへ飛び退る――痛みはあるが、大したダメージじゃない。


 それよりも重要なのは――あたしの剣がエイジにダメージを与えたという事実だ。

 つまり、今度こそアタリ・・・を引いたかもしれない。


(なんでシオンは剣が刺さっても無事なのか分からんが――エイジはそうじゃない・・・・・・


 もちろん、何故あたしが振るった剣が両方とも消えたのか、そっちの理由も分からない。

 だが、この際それは二の次だ。


(狙うべきは、エイジだ。ヤツは脆い)


 オリガが稼いでくれた時間――ホワイトドラゴンも、シオンが動揺したおかげで動きを止めている――は、そこに使う。


「オラッ! 死ねッ! 死ねよババア! クソゴリラ! 人の痛みを知りやがれってんだよォォォォッ」


 感情のままに降り注ぐエイジの武器をかいくぐりながら、あたしは叫ぶ。


「ユーリィ! オリガは!?」

「それがしは、大丈夫、です――ベリンダで飛んで、衝撃は逃しましたっ」


 ……これは驚いた。

 オリガの奴、衝撃を逃がすために、ベリンダの魔法を使ってわざとふっとばされたのか。


 あたしがさっき、エイジに蹴られた時にやったのと同じことだ。

 元は東方の戦士が編み出した技術だが――ぶっつけ本番でやれるほど簡単じゃない。


 本当に、これであのドジ癖さえなければ、A級ライセンスも遠くないだろうに。


「バカオリガ、肋骨は折れてるでしょうっ。じっとしててっ!」

「大丈夫、だ、ユーリィ……あいたたたたッ」


 あれだけ喚ければ、命に別条はないだろう。


(……心配させやがって、バカ弟子め)


 あたしは森の木々よろしく突き立っていく武器の中から、手頃な得物を探す。


「ユーリィ、オリガ! お前達はドラゴンの方を抑えろ! 奴が【吐息ブレス】を吐いたら終わりだッ」

「えっちょっ、押し付けないでくださいよエレナさんっ! あんなデッカイの、ユーリィ達だけじゃ――」

「所詮はデカい蛇だ! 仕留める方法ぐらい思いつけ、天才宮廷魔法士!」


 超高速のグレートソードがこめかみを撫でるのを無視して――あたしは、地面に突き刺さったままのジャベリンをひっこ抜いた。


「――あ、そうだ、エレナさんっ! 気をつけてくださいねっ、ササハラ・エイジの【道具箱アイテムボックス】は、触れた物体を異空間に出し入れする【収集ピックアップ】と【放出スローアウェイ】の組み合わせですっ!!」

「は――なるほどなッ」


 つまりエイジはあたしが使っていた剣を【収集ピックアップ】した、ということか。

 初撃を防げなかったのは、ヤツの反応が間に合わなかったからだろう。


(ならこれは、どうだッ)


 あたしは全身をバネのようにたわませると、文字通り渾身の力で槍を放った。


 経験上、あたしの一投は岩ぐらい貫通できる威力と速度はあるはずなんだが――

 エイジの手に触れた瞬間、槍は跡形もなく消え失せた。


「効くかボケ! いい加減諦めてくたばれよ、モブババアッ」


 エイジからの挑発。

 激痛に脂汗をかきながらも、余裕を取り戻したいのか。


「お前こそな。手品のタネは割れたぞ、来訪者ビジターめ」


 あたしは続けざま、足元に落ちていた手斧を投げつける。

 やはりエイジに【収集ピックアップ】される。


「ウゼェ――」


 今度はロングソード。また防がれる。

 ウォーハンマー。今度も防がれる。

 ダガー、レイピア、ハルバード、ノコギリ、ダーツ、トマホーク――


 あたしは手当たり次第に、そこらの武器をエイジに投げつけていく。


「オイ、クソ、なんだ、テメ、そんな、ふざけ、マシンガンかよ――どんな腕力してんだッ!?」


 ふん。

 天恵ギフトが無くたって、修行すれば武器の投擲ぐらい誰でも出来るようになる。


(それよりも、だ)


 あたしが反撃を始めてから、エイジからの攻撃が途切れた。

 どうやらエイジは、【収集ピックアップ】と【放出スローアウェイ】を同時に行うことは出来ないようだ。


 やはりか。未熟な奴め。

 あたしと出会ったのが運の尽きだったな。


 絶え間なく攻撃を続けながら、あたしはエイジに迫っていく。


 エイジの顔色がどんどん悪くなっていくのは、腕からの出血のせいか、それとも焦りのせいか。


「ウゼェウゼェウゼェ! マジ、死ね、死ね、死ねよボケカスがァァァァァッ」


 エイジが自分の右腕――残された前腕部に【放出スローアウェイ】したのは、いかにも高そうなラウンドシールド。

 あたしが投げたグラブが直撃しても、傷一つつかない。


 続けて、無事な方の左手には禍々しい意匠のハルバードを【放出スローアウェイ】。

 脇下に抱え込むようにして、あたしを待ち構える。


 あたしは――笑った。

 手近に突き刺さっていた二本のサーベルを引き抜きながら。


「そのご立派なブツが奥の手か? 随分と正攻法だな」

「オイ、知ってっか、モブッ! 槍で剣に立ち向かうのは、三倍の力量がいるんだ――」


 突き込んでくる魔刻済エンクレイブドハルバード。

 体重の乗った良い一撃だ。やればできるじゃないか。


 この長大で凶悪な武器の厄介なところは、とにかく攻撃が避けづらい――リーチの長さに加えて、突きを避けても穂先の横につけられた斧で追撃できる。


 が。


「三倍で足りるか?」


 あたしはサーベルでハルバードの穂先を受け流すと同時に、跳躍――

 ハルバードの柄の半ばあたりを踏みつける。


「――んなァッ!?」


 急激に手元が重くなったせいで、エイジは体勢を崩した。

 ヤツは慌ててハルバードを【収集ピックアップ】し、間合いの短いグラディウスを【放出スローアウェイ】する。


「畜生ッ、まだだッ」


 あたしが振るった左のサーベルはラウンドシールドで受け止め、右のサーベルは肩に触れた瞬間に【収集ピックアップ】。


「テメェがどんだけバケモンだろうが、剣なんぞで勝てると思うなよッ!」


 勝利宣言とともに繰り出される、エイジのグラディウス。


「そうか――じゃあ、使わないことにするか」

「……は?」


 あたしはグラディウスをするりとかわしながら、手中のサーベルを放り捨て。

 渾身の一発――握りしめた拳を、エイジの顎先に叩き込んだ。

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