第44話 女戦士、教えを説く

 笑った。

 抗う障壁の強さのせいで、小刻みに震える木剣の下――アルの奴は、確かに口角を吊り上げた。


(ははっ――いいぞ、そうだ! 待ってたぞ、アルッ!)


 カレンが生まれて、今ではすっかり丸くなってしまったが。

 そうだ。

 子供の頃のあたしが憧れたお前は、そうやって笑うヤツだった。


 この世に面白いことは二つだけ。

 魔法を創ること――そして魔法を使いこなすこと。

 そう断言して憚らない、馬鹿みたいな冷血漢。


(それでこそ――あたしが惚れたアルフレッド・ストラヴェックだっ)


 あたしは、左の木剣で再び結界を打ち据えた。

 アルが維持していた魔法の障壁が、音を立てて解けていく。


 ついにあたしが両手の剣を振り下ろしたとき、アルはもうそこにはいなかった。

 置き土産のように弾けた魔法の光が、あたしの視界を奪う。

 続けざまに右手を襲う衝撃。


 ――ようやく開いたあたしの目に映ったのは、石礫にへし折られた木剣だった。


(武器破壊! 相変わらずこすっからい手をっ)


 アルフレッドの得意技だ。

 速さを奪い、知覚を奪い、攻撃力を奪う。

 あとは全てヤツのペース。


 選べるのは二つだけ。

 屈服するか、殺されるか。


「まだだ――これからだぞ、アルッ」

「言うと思ったよ!」


 あたしは残った木剣を両手で構え直し、視界の外に飛び退っていたアルを振り向く。

 当然のようにアルは待ち構えていた。


「これでも――喰らえっ!」


 ヤツが突き出した手のひらから放たれるのは――んっ?


(なんだこの……風に乗って――匂い?)


 マズイ。

 と思った時には遅かった。


 例えるなら唐辛子を煮詰めまくった南方料理のソースのような刺激が、鼻孔を突き刺す。

 いや、それだけじゃない、目、口、顔全体を苛む痛み。

 なんだこの、畜生、相変わらずえげつない攻撃を思いつく奴め!


「なん、この、おま、お前、アルぅっ! つ、痛っ、痛ぇ、ったたたたたた……ッ」

「わあ、ごめんエレナ、やりすぎた、あー、待って待って、誰か、タオル持ってきて!」


 ――魔法で生み出した水をぶっかけられ、数人がかりで顔を拭かれ、それでもしばらく悶絶して――


 あたしは毛布の上で大の字になったまま、覗き込んでくるアルを睨みつけた。


「……お前、ホント、こういうのはさぁ、もうちょっと見た目とかを考慮するとか、なんかあっただろ! 見ろ、このパンパンに腫れた顔面をっ!」

「ごめんエレナ、君があまりにも全力だから、僕も全力を尽くしたというか……あ、ちなみにね、さっきのは開発中の魔法で【催涙風ティア・ウインド】って言うんだけど、粘膜にダメージを与える刺激物を生成して吹き付ける魔法でさ、コンセプト的には人間のカバーしきれない弱点を突くってことで――」


 真っ赤に腫れたあたしの顔に火傷に効く薬草を貼り付けながら、アルは楽しそうに魔法のウンチクを語り始める。

 出た出た、この魔法バカ。


 あたしは剥がれそうになったおでこの薬草を撫で付けつつ、生徒達――カレン、チヅル、ユーリィ、そしてオリガ達を見回す。


「どうだ、分かったか?」

「ええっと……お二人が強いっていうのは、よく分かりました。正直、動きが速すぎて、わたしはよく見えなかったです……」


 チヅルが頷き、絞り終えた濡れタオルをあたしの顔に当ててくれる。

 コイツ、本当に面倒見が良いな。そんなところもチトセに似てる。


「それはまあそうだが、そうじゃない」

「はい! 魔法ってすごいね! エレナおねーちゃんでもバッサリ斬れないんだね!」

「そうですよカレンちゃんっ★ 魔法っていうのは、とってもとーってもすごいんですっ」


 いやうんまあそうなんだが。

 ……まあ武器を選べば、あの結界ならいけるか? 今度試してみるか?


「……質問をお許しください、“剣聖ソードマスター”殿。先に受けた魔法、“剣聖ソードマスター”殿はいくつご存じでしたか?」

「まあ大体はな。【催涙風ティア・ウインド】とか言うのは、見たのも聞いたのも初めてだ」


 オリガの目には闘志が燃えている。

 力強く拳を握って、


「ならば、それさえなければ、“剣聖ソードマスター”殿の勝ちだったはず――」

「その仮定に意味はあると思うか、オリガ?」


 あたしは頭を振った。

 今度は頬の薬草が落ちそうになる。


「魔法使いというのは、大体このアルと同じような連中だ。そこのユーリィもな。いつも意表をついて、相手を出し抜こうとする。比べて、あたし達剣士にできることなんて、たかがしれてる。腕も足も二本しか無い。剣は増やしても二本が限度だ」


 手のひらでぺたりと貼り直しながら、あたしは溜息をついた。


「それでも勝とうと思うなら。他の宮廷魔法士どもより、自分がヤツの隣・・・・に立つに相応しいと思うなら。知らなかった、では意味が無い。分からなかった、気付かなかった、予想してなかった……全て無意味だ」


 うっかりドジを踏んでいる余裕など、どこにもない。


「分かるか、オリガ。できることを全てやる。思いつくこと、考えられること、それ以外のことも全部だ。魔法使いと肩を並べるというのは、そういうことだ」


 ……オリガからの反論はなかった。

 唇を噛み締めたまま、下を向いてしまう。


「あたしはまだ続けてる。魔法がなくてもアルと肩を並べられる戦士であるために、鍛え続けてる。結局、あたしもお前と大差ないってことだ。“剣聖ソードマスター”なんて、よく事情を知らん連中がつけた渾名に過ぎないんだよ」


 いくら教師係を請け負ったとは言え、必要以上に自分を大きく見せる必要はない。

 今の話とあたしの姿を見て、何を考えるかはオリガ次第だ。


 最初に言ったとおり、魔法使いと共に戦いたいなら魔法使いになるか、来訪者ビジターとして生まれて直すのが一番早い。

 あたし達凡人・・には悲しい話だが。


 ……次の日、オリガは稽古場に来なかった。

 どこに行ったのかは知らない。あたしが干渉することじゃない。


 ヤツが何をどう決めた・・・・・・・のか、今が最初の試されどきってことだ。

 これから何回、何十回、何百回と試される――これが一回目。

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