第45話 おじさん、若き剣士に襲われる

「アルフレッド殿ッ! それがしとッ! 立ち会っていただけませんかッ!」


 勢い込んだオリガがそう申し出てきた時。


「なるほど、それじゃショーの閉幕に合わせて、花火が始まる流れが良さそうですね。ご協力ありがとうございます、マダム・カミラ」

「いやー話の分かる人がいて助かるわーアルちゃんセンセ!」


 僕は、夏祭りでショーを披露してくれるサーカス団の人々と打ち合わせしている最中だった。

 毎年、夏祭りの締めには花火を打ち上げているのだけど、せっかくだからショーの演出に使えないかと僕達から申し出たのだ。


「ほんっと、こういう商売やってると、色々あるんだけどさー、まあこんな気の利く顔役は初めてよ! センセ、どう? ウチで働かない?」

「いやいや、恐れ多いですよ。あの『マダム・カミラのサーカス団』に入団なんて」


 マダム・カミラ率いるサーカス団は王都でも人気の一団だ。領主のマリーアン様のコネと財力を駆使して、今年ついに呼び寄せることができたのだ。


 村の子供達はもちろん、大人達も楽しみにしている。

 せっかくなら一段と特別な時間になってほしい。


「それにしても魔法って便利だよねえ。ウチにも一人いてくれれば、もっと派手なショーが出来るんだけどさあ、なーんかみんな感じ悪いのよねー。『見世物にするなんてもってのほか』みたいなさあ」

「ええ、まあ、魔法使いは目立つのが苦手な人が多いというか……まあ昔は魔法狩りなんて事件もありましたしね」


 マダム・カミラはパイプから漂う紫煙をくゆらせながら、長く美しい脚を組み替えた。

 王都では平民の間で流行しているというパイプたばこに、深いスリットの入った色っぽいスカートルック、アクティブさを象徴する赤毛のベリーショート。


(いかにも大衆文化の最先端を行くショービジネスの旗手、って感じの女性だよね)


 とはいえ彼女のサーカス団を王都の貴婦人達がもてはやすようになったのは、僕が王立魔法研究所に入った頃だ。

 つまり十年以上前になる訳で、しかしマダム・カミラはどう見ても僕と同い年か、ひょっとすると年下にも見える……


 あー、やめよう。他人の年齢を詮索するのは失礼だ。


「センセ、今失礼なこと考えたでしょ?」

「……はは、すみません。マダムがあまりにもお若く見えたので」

「あら、お上手。でも、センセよりはたくさん経験積んでるつもりよー」


 マダムは鷹揚に笑う。

 鮮やかなルージュの隙間から、小さく八重歯が覗いた。


「ですよね。だから、そんなにお美しい」

「……ふふふ。あなた、相当モテるでしょ。アルちゃんセンセ」

「まさかそんな! 全然ですよ、ホントに」


 なんて談笑していたら、オリガの登場だ。


「あのッ! アルフレッド殿ッ! 今、お時間よろしいでしょうかッ!」


 テント入り口の幕を除けて飛び込んでくるなり、例の大音声。

 びっくりしたマダムのパイプから、灰が飛び出した。


「あーらびっくりするじゃないのよオリガちゃん! あなたもホントここまで護衛ありがとねー。今アルちゃんセンセのとこにお世話になってるんですって? よかったわねー、この人、懐広そうだもの」

「あの、マダム、正確には僕の隣人の弟子なんですが……ええと、どうしたの、オリガ?」


 オリガは昨日の、僕とエレナの模擬戦の後、ずっと黙りこくったままだった。

 少し心配していんだけど……どうやら行動を起こす気力が沸いてきたみたいだな。


「アルフレッド殿ッ! それがしとッ! 立ち会っていただけませんかッ!」


 ……ええー。

 どうしてそうなった?


 呆気にとられる僕の横顔を見て、マダムは心底おかしそうに笑った。


「あらあらまあまあ。モテる男は大変ねー、アルちゃんセンセ」


 僕も他人事だったらそんな風に笑っていただろう。

 というか正直、今までの被害者がエレナだけだったから、気楽に構えられてたのかも。


(ごめんよ、エレナ。オリガを押し付けて)


 今更そんな懺悔をしながら、僕はサーカス団のテントから引きずり出された。

 騒ぎを聞きつけた団員達――当然ながらみんなお祭り好きで、野次馬根性たくましい人々だ――が囃し立てる中、オリガと対峙する。


「ええと、ごめんオリガ。なんでそうなったのか、説明してもらっても?」

「あなたを“剣聖ソードマスター”と誤解して刃を向けたこと、魔法使いとしての実力を疑ったこと、そしてこの度の無礼、重ね重ねお詫びいたします」


 オリガは至って真剣な顔だった。

 いつもそんな感じだと思っていたけど、今日は取り分け思いつめているように見える。


「しかしッ! それがし、どうしても納得できぬのですッ! あの“剣聖ソードマスター”殿が全力を出してもあなたには勝てないなど――それでは、この剣は何の為にあるのかとッ!」


 オリガが抜刀した。

 彼女が冒険の中で見つけて愛用しているというロングソード。

 その切っ先を向けられるのは二度目だな、などとぼんやり思う。


「そうか……うん、ああ、ええと、その疑問はもっともだよね。ただ、なんていうか、そもそもの話の筋がズレているというか」

「言葉など無用ッ! それがし、この立ち会いの中に答えを見出しますッ」


 ちょっとちょっと、結局話は通じないのか。

 この流れも二回目だな、なんて思いつつ。


(エレナの特別授業、効きが強すぎたんじゃないか?)


 魔法使いとの戦いを実演することで剣の道の険しさを示し、オリガの向上心を引き出そうと思ったのは分かるけど。

 憧れの“剣聖ソードマスター”が負けるはずない、ってオリガの気持ちは予想してなかったんだろう。


 自分のネームバリューを低く見積もりすぎるのは、エレナの悪い癖だ。

 オリガの矛先が僕に向くのも、当然といえば当然かもしれない。


「……分かった、付き合うよ。ただし、君は真剣を抜いた。その意味は理解してるね?」

「おうともッ! この剣はそれがしの魂なりッ!」


 その意気や良し。

 っていうところだろうな、剣士なら。


「じゃあ、僕も全力でやるから。いつでもどうぞ」

「ならば――いざッ」


 オリガの構えた剣が、ギラリと光る。

 その瞬間。


(【炸裂弾ショック・ボム】)


 僕は、エレナとの模擬戦では禁じられていた中級魔法を放った。


 ――ずどんっ!

 オリガの足元が凄まじい音を立てて爆裂する。

 大気の圧縮と解放による、火炎を伴わない衝撃波の開放。


「んぎゃあぁぁぁぁっ――ひっ、ぃぃぃぃぃぃっ」


 オリガの身体はボールのように空中へ打ち上げられ、しばらくの後に落下してくる。


(【風の枕ウインド・ピロー】)


 中級魔法で作り出した柔らかな空気の層が、オリガを優しく受け止めた。


 ……大の字で芝生に横たわる姿は、エレナそっくりだな。

 サーカス団があげる歓声や口笛の中、僕はオリガのそばに膝をついた。


「……まだやる?」

「な、なななな、なんの、これしきぃ……ッ」


 完全に目を回したまま、それでもオリガは剣を杖に立ち上がろうとする。

 僕は彼女の肩に触れると、


(【重力倍加グラビティ・プレス】)


 彼女にかかっている重力を倍増させた。


「ぼぎゅおっ」


 オリガは、今度は顔面から地面に突っ伏す。

 ちなみにこれも中級魔法。無形の現象を選択的に操作するのは、結構難易度が高いのだ。


「そろそろやめてもいい?」

「は……はいぃ……」


 オリガが剣を手放してくれたので、僕も魔法を止めた。

 ついでに、ポケットに入れてあったハンカチで泥まみれになった顔を拭ってあげる。


「……ぐっ、ぐ――ぐすん」


 ……ああ、オリガの目には涙が溜まっている。

 これは泣きそうなやつだ。


「ええっと……とりあえず、落ち着こっか。ね。あの、あれだ。甘いものでも食べに行こうか、ね」

「……はい」

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