第25話 おじさん、作戦を立てる

 エヴァン達が用意してくれた晩餐は決して豪奢なものではなかったけれど、地の物や旬の素材をふんだんに採り入れ、心配りが行き届いた料理の数々は、旅に疲れた僕達にとって最高の美食だった。


「どうだ、うまいか、おチビ?」

「うまーい! うまいうまい! おいしーよジェヴォンおねーちゃん!」

「だろ? ここの別荘には毎年夏に来てさ、お父様と一緒に裏の川で釣りしてたんだよ。んでな、釣れたやつをシェフのボビーに焼いてもらうんだ、いい感じに! そうすっと、ホント、マジでうめーんだよ――」


 いきいきと料理の説明をするジェヴォンはすっかり例の口調に戻っていたけれど、ようやく実家に帰れてはしゃいでいるのだと思うと、むしろほっこりとした気持ちになった。

 いくら立派に見えても、まだ十四歳だ。


「おとーさん! カレンも魚釣りしたい! ボビーに焼いてもらう!」

「ボビーさん、だよ。分かった、明日行こうね」

「やったぜー! みんなでいこーね!」


 ……ああ、やっぱりちょっと感染ってるじゃないか、ジェヴォンの口調。


 こうして和やかなひとときが過ぎ。

 デザートに供された近くの果樹園で採れたリンゴのパイを堪能し終えると、次は大人達・・・の時間がやってくる。


「マリーアン・テレボワ・ラーヴェルート伯爵。この度はご足労、ご助力をいただきまして、このエヴァン・ディアス・リリー、感謝の言葉もございません」

「そうかしこまらないでいただきたい、エヴァン殿。ご息女とレオン殿の熱意に胸を打たれ、我が手助けを申し出ただけのこと」


 食後の談話室サロンに集ったのは、マリーアン様とフランソワーズさん、エヴァンとレオン、そしてエレナと僕。

 今後の方針を決める大人達・・・の間で、最初に繰り広げられたのは貴族の会談らしい格式張ったやりとりだった。


 謝意と善意の確認が済むと、いよいよ本題に入る。


「さて、皆様にお集まりいただいたのは、前当主の弟パイクによって簒奪されたリリー家当主のお立場を、前当主の妻であるエヴァン様のもとに取り戻すためです」


 事実上のリーダーであるレオンは、エヴァンの傍らで直立不動のまま。


「パイクは、ご葬儀を終えて喪に服されている奥様のもとに私兵を連れて姿を見せると、不遜にも当主の座を譲るよう奥様に迫りました。パイクの私兵団には複数の魔法使いがおり、少数ながらもリリー家の騎士団と渡り合う能力があると思われました」


 平静を装っていながら、レオンは続ける。


「当主が倒れたばかりの現状で、身内で争っている場合ではないと奥様はご判断され、当主の座をお譲りになられました。しかしその結果、奥様はこのような僻地にて軟禁状態となり、パイクは強引に霊銀ミスリル鉱山の採掘量をあげ、過重な労働に多くの民が苦しんでいる状況」


 しかし、怒りに震える拳は隠しきれない。


 マリーアン様はレオンの言葉を継いだ。


「その私兵団とやらに対抗する手札として、来訪者ビジターの力を求めていたと」

「相手は戦術魔法士、あるいはそれに並ぶ魔法使いです。生半可な戦力では太刀打ち出来ないものと思いました」

「残念ながら来訪者ビジター殿の力添えは難しいが、我らが鉄壁騎士団アイアン・ウォールズは、魔法に等しい異能を持ったモンスター達と戦い得る。戦術魔法士の一団も、迂闊な動きはできまいよ」


 この辺りの話は、辺境を出発する前に話してあったことだ。


 レオンとマリーアン様にはもう伝えてある。来訪者ビジター――チヅルさんの天恵ギフトはまだ発展途上で、とても実戦レベルではないと。

 それを聞いても、二人はあまり動じなかった。


 何故なら。


「何より我らには“世界最強の魔法使いオールマイティ”という切り札がある」

「ええ。心強い限りです」


 二人とも、そこは意見が一致していた。


 僕がいれば相手は動けない。手を出せばただでは済まないから。

 それでこそ、話し合いの場を作ることが出来る、と。


(……買いかぶりもここまで来るといっそ清々しいよ)


 パイクの私兵団が有するという戦術魔法士は、魔法を使った戦闘のプロだ。

 僕も宮廷魔法士時代に何人かと知り合ったが、要するに彼らはエレナ級の怪物である。

 とてもじゃないけど、僕が真っ向勝負できるとは思わない。


 向こうが視認できないような超遠距離から超大規模魔法を使っていいなら、勝利は確実だけれど――その場合、領都は丸ごと灰になる。


「……いいですよ、マリーアン様がおっしゃられるなら、僕は脅しの道具でも風呂係でも何でもやりましょう。問題はその次ですよ」

「うむ。いかにしてパイクを当主の座から引きずり下ろすか、だな」


 戦って勝った方が当主の座を得る、というのが一番分かりやすいやり方ではある。

 けれど内乱となれば、すぐに王立騎士団キングズ・オーダーが出てくる。


 彼らを敵に回したが最後、リリー家は反逆者のレッテルを貼られて孤立無援となり、敗北は必至。

 領地は没収、リリー家は取り潰し。

 という最悪の結末が目に見えている。


「マリーアン様。引きずり下ろす、なんて淑女の台詞ではありませんよ。こういう場合は『説得』とおっしゃってください」

「そんなの、どっちでもいいだろフラン。おい、レオン、その辺りの算段は付いてるんだろうな?」


 地元産のワインをジョッキでがぶ飲みしながら、エレナが言う。

 というかそれ、何杯目?


「鉱山労働者達の協力は取り付けています。虐げられている彼らの声を取りまとめて領内の有力者の支援を集め、家督の移譲を迫ります」


 レオンは聞き取り調査と署名のリストをテーブルに広げていく。

 なるほど、しっかり準備は整っているらしい。


 だが、マリーアン様の表情は厳しい。

 整った顔に険が宿ると、迫力が違う。


「……まだ足りないな」

「と、おっしゃられますと」

「パイクの鉱山経営で利益が上がっているのは事実なのだろう。となると、有力者の中にはパイクを支持するものもいる。それに、労働者達は嫌がらせを恐れて、パイク側に付く者も出るだろう。そうなると証言の信頼性が損なわれる危険もある」


 鋭い分析だ。

 確かに、領主は民に慕われなければいけないが、一方で民に富をもたらさなければいけない。

 どちらか一方だけを勝ち取っても、領主としてふさわしい人物とは認められないだろう。 


「いっそのこと、パイクを直接狙うのはどうだ。首さえすげ変わればこっちのものだろ」

「気持ちは分かるが悪手だ、エレナ先輩。前当主が亡くなってまだ間もない。このタイミングで現当主であるパイクまで死んだら、後を継ぐエヴァン殿にどんな目が向けられるか」


 最悪、パイクどころかジャックを殺したのもエヴァンだと疑われてもおかしくない。

 リリー家の信用は地に落ちる。


(……ん? 待てよ)


 はっとする。

 そういえば、重要なこと・・・・・を聞いてない。


「しかし、パイクとて悪党であっても無能ではありません。どうやってつけこむ隙を見つけましょうか」

「わたくしもエレナに賛成してしまいますわねぇ。いっそ決闘なんていかがです? こそこそやろうとするからあらぬ噂が立つのですもの」

「決闘に引きずり出す大義名分が必要だ、フラン。ジェヴォン殿はお母様と生家を侮辱されたと言っていたが、その場で切り替えせなければ、言った言わぬで子供の喧嘩にしかならぬぞ」


 僕はエヴァンを見た。

 目が合う。


「……エヴァン様――」

「エヴァンと呼んでください。アルフレッド君」

「じゃあ、エヴァン。一つ確かめておきたいことがあるんだ。辛い話だと思うけど」


 サロンが静まった。

 全員の注意が一点に集る。


「……ジャックは、どうして亡くなったの?」


 エヴァンの瞳が揺らぐ。

 レオンが代わりを務めようとするのを、彼女は手で押し留めた。


「事故でした。急な会議があり、あの人は急いでいました。土砂降りの悪天候だったのに、少しでも急ぐためと迂回路を避けて山道に入り……土砂崩れに巻き込まれて」


 いつまでも到着しないからと使いのものが探しに出て、現場を見つけたときには、馬車に乗っていた全員が息絶えていた。


 どうしようもない、避けられなかった災害。


「……それ。本当に、事故だったのかな・・・・・・・・・・・・


 ジャックの事故死。

 迅速なパイクの行動。

 分不相応に強力な私兵団――戦術魔法士。

 エヴァンを狙う闇ギルドの刺客。


 今までの話から、浮かび上がってくる仮説。

 いくつかの疑惑を一本の線で結ぶと見えてくるストーリー。


「何か思いついたのか、アルフレッド先生」

「まだ分かりません。あくまで僕の想像ですが……もし正しければ、現当主パイクの足元を突き崩す武器になるかもしれません」


 検証が必要だ。

 確たる証拠がなければ、武器としては機能しない。


「マリーアン様。パイクとの会合まで、まだ時間がありましたね」

「ああ。仕込みをする余裕はある」

「親衛隊の方を何名か貸してください。それとレオンの力も必要だ。エヴァン、いいかい?」


 マリーアン様とエヴァンが頷いてくれる。

 僕はフランさんとレオン、それからエレナに向かって言った。


「調べておきたいことがある。みんな、付き合ってくれ」

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