第23話 おじさん、闇ギルドと遭遇する

 台地に茂る鬱蒼とした森を抜けた時、ようやくそれが見えた。


「あれが――エヴァン・リリー殿が追いやられたという村か」

「あァ。アタシら・・・・に残された最後の領土、ってワケだ」


 赤い瓦が入った白亜の館、そして周囲には小さな村と田園。

 もとは戦争に使われた砦だったのだろう。

 ところどころに無骨な石壁が残り、用水路は畑用とは思えないほど入り組んでいる。


 僕らは、丘の上からその全てを一望する――


「……おい。何か騒がしくないか?」


 エレナが目を凝らす。

 彼女の視覚と聴覚は信じられないほど鋭い。修行の成果だと言うが、いくら訓練したからって、地平線にいるうさぎの毛色は当てられるものだろうか?


「……武装した人間が、四、五、六――館に侵入するつもりだな」

「クソ、パイク叔父のヤロー、やりやがったなッ! ぶっ飛ばしてやるッ」


 唾を吐くと、ジェヴォンは馬の腹を蹴った。

 矢のように丘を下っていく。


「ジェヴォン様、お待ちください! お一人では危険ですッ」

「続け、フラン! ジュリア、カスミ、テレサ、タチアナもだ! ジェヴォン嬢を守るのだ!」

「かしこまりましたわッ!」


 レオンとミドとファド、そしてフランさんを先頭にした親衛隊の五人がジェヴォンを追う。

 丘の上に残ったのは僕とカレン、チヅルさん、エレナとマリーアン様に親衛隊の二人――ソフィとニスタ。


「エレナ先輩、敵の編成は分かるか?」

「男が三人、女が三人――女の一人はダークエルフ、多分魔法使いだ。まずいな、館の警護がパイクが立たせた監視役なら、役に立たんぞ」


 少人数、屋内戦用の軽武装。普通の騎士や強盗じゃない。

 エヴァン・リリーに差し向けられた刺客だろう。

 現当主のパイクがどこかの冒険者に金を掴ませたか。


 ジェヴォンの話から察するに、あの館に戦力はない。衛兵という名の監視がいるだけだ。

 刺客の連中は状況を理解した上で、白昼に正面から乗り込んだ方が手間が少ないと踏んだのだろう。

 目撃者など存在しなくなる・・・・・・・・・・・・のだから。


「ジェヴォン達のスピードじゃ、間に合わない。刺客に屋内へ入られると面倒だな」

「アルフレッド先生、ユーリィ殿、足止めできるか?」


 マリーアン様に言われるまでもなく、僕は魔法の構成を編み始めていた。


「こんな、人が豆粒みたいな距離じゃ無理ですよっ! もっと近づいてから仕掛けましょう、アル先輩っ」

「ダメだ、ユーリィ。僕達はここを離れちゃいけない」

「じゃあ遠隔発動の破壊魔法でまるごとドッカンと――」

「門衛を巻き込めばこっちの言い訳が立たなくなる。敷地に被害を出すのもマズい」


 荒野のマン・イーター退治とは、状況が全然違うのだ。


「じゃあどうすればいいんですかっ、先輩っ」


 一番最初に思いついたのは精度を高めた遠距離魔法でのピンポイント攻撃だった。

 狙いすました強烈な一撃で見せしめを作り、他の警戒心を煽るやり方だ。


(……いや。流石に、カレンとチヅルさんのそばで、人は殺したくない)


 だから違う方法を取ることにする。

 一番地味なやつだ。


「ユーリィ、連中の注意を空に向けてくれ。その後で僕が仕掛ける。出来るかい?」

「この距離からですかぁ? え~と……やってみますっ」


 勢いよく詠唱を始めるユーリィ。

 距離を考慮して、無詠唱での発動よりも精度を重視したんだろう。


 いい判断だ。伊達に保護官の紋章を受けた訳じゃないんだね。


「――行っけぇ、【氷雨アイスレイン】っ!」


 ユーリィの声をきっかけに、突如として雹が降りはじめる。

 拳大の氷塊――陽動じゃなくてもう攻撃じゃないかな?――は自由落下の勢いもそのままに大地へ叩きつけられ、物々しい音を立てながら砕けていく。


 館の周囲にいる誰もが、つかの間空を仰いだ。

 そこに生まれる隙。


(ここで【泥沼スワンプ】――)


 一瞬にして、敷地の入り口周辺が泥沼と化した。

 侵入者達と門衛が、まとめて大地に飲み込まれていく。

 腰のあたりまですっぽりと。


(――と、【凍結フリーズ】)


 泥に含まれる水分が凍りつくと、沼は抜け出せないトラップと化した。

 遠すぎてよく聞こえないけど、侵入者達が何かを叫んでいるみたいだ。


「完璧だ、アル! 連中、もがいてるぞ! 流石、“落とし穴名人ピット・マスター”の腕は衰えないな」

「やめてくれ、恥ずかしい」


 子供の頃の渾名だ――エレナが退治できなかったモンスターを、落とし穴に嵌めたことがあったから。


「ユーリィの完璧なサポートがあってこそですよっ! ねっ、先輩!」

「見事だったよ、ユーリィ。この距離であれだけの雹を落とせるなんて。本当に成長したんだね」


 ユーリィは、いきなりぐいっと頭を突き出してくる。


「でしょう! ご褒美くださいっ★」

「……え? なに? なんで?」


 困惑と共に周りを見ると、苦笑いのマリーアン様と目が合った。


「我が初めて魔法を使った時と同じだな、先生」

「いやそれ、マリーアン様が十歳ぐらいの時の話ですよね?」


 僕が十四かそこらだった頃。

 ラーヴェルート家で家庭教師を務めていた僕に、マリーアン様はよく『よしよし』をねだってきた。父君も兄君も厳しい人だったから、当時の彼女にはそういう甘えが必要だったのかもしれない。


 今思うと、あの頃のマリーアン様は、まさに深窓の令嬢というか、儚げな愛らしさがあったな……

 いや、回想はやめておこう。

 なんかマリーアン様に睨まれてる気がするし。


「ご褒美っ! くださいっ! ご褒~美っ★」

「ユーリィ、君、もう二十歳超えてたよね?」

「年齢なんて関係ありませんよっ」


 ほとんど頭突きの勢いになったユーリィの頭を、少しだけ撫でてやる。


「やったーっ★ えへへ、ユーリィ、今日は頭洗いませんからっ」


 ……本当にちゃんと成長したのか、不安になってきた。


「遊んでる場合じゃないぞ、アル! 敵の魔法使いが凍った泥を溶かしてるッ」


 僕が遊んでた訳じゃないんだけど――そうだよね、敵にも魔法使いがいる。


 でも迂闊なやつだ。

 いくら凍ってるとは言え、それ、泥だからね?


(溶かすのを手伝ってあげよう――【発熱ヒート】)


 見る見るうちに氷が溶け始め、侵入者達が安堵の溜め息を漏らす――


 しかし。

 泥だったものが、もわもわと水蒸気を吹き出し始めると、あっという間に土へ戻っていく。

 ずっしり重く、がっちり固まった土塊に。


「……あ。また、もがき始めたぞ」

「泥をちょっと強めに温めたから、水気が飛んで土になったんじゃないかな。腰までしっかり固まってるから、抜け出すのは時間がかかると思う」

「流石はアルフレッド先生。地味だが効果的な魔法だな」


 魔法は地味な方がいい。

 派手なやつを使うと、真っ先に敵の矛先がこっちを向くから。


 これは僕の師匠――戦術魔法士として従軍した経験を持ち、“永遠不敗ジ・インヴィンシブル”の異名を持つ魔法使いからもらったアドバイスだ。

 曰く、そもそも戦わなければ負けない・・・・・・・・・・のだとか。


 ――そうこうしているうちにジェヴォン達の隊が丘を駆け下りて、敷地の門へと辿り着く。ようやく地中から這い出した刺客達は、馬の突進力と親衛隊の長柄であっという間に叩きのめされていく。

 僕らが追いつく頃には、完全に決着がついていた。

 

「随分とナメたマネしくさってくれたじゃねェか、オラ! テメェら、どこのモンだ、オウ!!」


 縛られ転がされた六人組を前に、十四歳らしからぬ口汚さで怒鳴るジェヴォン。

 カレンが真似するから、できればやめてほしいんだけど……


「…………」

「だんまり決め込むたァいい度胸だな、アァン? 一人ずつ痛ェ目見せてやろうか? 何人目で吐くか数えてやろうか、オウ?」


 刺客達は、口を開くどころか、こちらを見ようともしない。

 黙っていれば解放されるとでも思っているんだろうか?


「……蟄居しているエヴァン殿よりも、当主となったパイク殿から下される処罰の方が恐ろしいということか?」

「…………」


 マリーアン様が出したパイクの名前にも反応しない。一応、雇い主だろうに。


 ふと思い立って。

 僕は【情報呼出レコード・コール】を使った。

 この魔法では、個人情報プロフィール――名前や出身地、雇い主みたいな社会的な情報は分からない。体内にある霊素エーテルの量や状態を計測して『ステータス』――能力や状態、魔法の付与状態などを推定するだけだから。


 僕が気になったのは、そこだ。

 もしかして、彼らは何かの魔法の影響下にあるんじゃないか?


 ほどなく【情報呼出レコード・コール】の結果が、僕の脳裏に描かれていく。


「……なるほど。【呪詛カース】を仕込まれてるね。もしかして、特定の情報を漏らそうとするとマズい奴かな?」


 初めて、刺客達の顔色が変わった。

 恐怖。


「オイ、待て、まさかコイツら――闇ギルドの人間か」

「慧眼だ、エレナ先輩。状況を考えれば筋が通る。いくらパイク殿が現当主とはいえ、何の罪もないエヴァン殿の暗殺を配下の騎士に命ずるのは、流石にまかり通らぬ」


 闇ギルドとは、正しい名前ではない――というより、彼らに正式な名称などない。


 表立っては行えない汚れ仕事――暗殺、拷問、誘拐、脅迫、監禁などなど――を処理するため、どこかの貴族達が立ち上げたギルドがあるらしい。

 それはもちろん、あくまで噂だ。誰もその存在は立証できない。


 けれど、冒険者ギルドではとても取り扱えないような依頼を斡旋する者がいて、ある種の冒険者がそれを引き受けている、というのは事実だ。

 各地の冒険者ギルドが『闇狩り』と呼ばれる専任パーティを雇っていることが、それを証明している。


「……どうやら私達の危惧が、現実となってしまったようですね」


 レオンは青ざめていた。

 悲劇を予想するのと、目のあたりにするのとでは、ショックの大きさが違うだろう。


「コイツらが闇ギルドの人間なら、尋問方法を考える必要があるな。大方、戦争奴隷か、食うに困って冒険者ライセンスを質入れした間抜けってところか」


 冒険者にも色々な人間がいる。

 立身出世を夢見てライセンスを手に入れ、そこそこのランクになってまとまった報酬を得ると、途端に身を持ち崩す者がいるんだとか。

 借金で首が回らなくなり、虎の子のライセンスを質に入れ、それでもどうしようもなくなって最後には汚れ仕事に手を出すらしい。


「――まだ表に出られてはなりません、奥様! 他の伏兵が潜んでいるやもしれませぬ――」

「こんな女一人にそこまで手を尽くす馬鹿がどこにいますか! 邪魔ですリデル、どきなさい――」


 不意に、館の玄関が開け放たれた。

 そこから飛び出してきたのは、短槍を構えた美女と、やけに重武装をした侍女だった。


「――お母様!」

「ジェヴォン!」

 

 先程まで凄んでいたのが嘘のような笑顔で、ジェヴォンが駆け出す。

 お母様と呼ばれた美女――エヴァン・リリーは槍を放り捨てると、広げた両手でジェヴォンを抱きしめた。


「ああ、ジェヴォン、ジェヴォン! こんなに日に焼けて――お転婆も程々になさいとあれほど言ったのに!」

「ごめんなさいお母様、でも、持ち帰ることが出来ました――当主の座を取り戻すための切り札を!」


 得意満面の少女を、エヴァンは更に強く抱きしめる。

 考えてみれば、わずか十四歳の娘を旅に送り出して、その身を案じない親もいないだろう。

 僕ならとても考えられない――カレンを一人で『辺境』に送り出すなんて。


「いいのです、そんなことは! あなたが無事に帰ってきてくれただけでっ! もしあなたの身に何かあれば、私は、私は、ジャックに、なんて報告すれば良いのか……っ」


 こうして本人を前にして、はっきりと思い出す。


 確かに僕は、エヴァンと出会ったことがある。

 宮廷のパーティ会場で言葉をかわした彼女はまだ十代で、それこそジェヴォンのように頑固で勝ち気な少女だった。


 でも、今は違う。


 きっと、カレンを得た僕と同じように――エヴァンもまた、人生の『最高』を手に入れたんだ。

 その為なら何を犠牲にしても構わないと思えるぐらい、大切なものを。


「やれやれ……ここまで足を運んだ価値があるというものだ。なあ、アルフレッド殿」

「全てはマリーアン様の寛大なご処置のおかげ、ですよ」


 マリーアン様の目元がわずかに潤んでいるのは気付いていたけれど、何か言うのは野暮というものだ。


「……ご無礼をいたしました。私、エヴァン・リリーと申します。まずは皆様のご助勢に心よりの感謝を――」


 ひとまずジェヴォンを手離すと、エヴァンは改めて、館の前に集った面々に一礼をして。

 僕の顔を見るなり、ピタリと固まった。


 彼女は口を抑えながら、震えるような声で、


「あ――あ、あ、あなた、は……」

「えっと……すみません、お先にご挨拶してもよいですか、マリーアン様?」


 マリーアン様に許可を取ってから、


「アルフレッド・ストラヴェックと申します。王立魔法研究所に勤めていた時分に、何度かお話をさせていただいたのですが、憶えておいででしょうか」


 エヴァンはこくこくと頷く。


「こちらのマリーアン・テレボワ・ラーヴェルート伯爵の顧問を務めさせていただいております。どうぞよろしくお願いいたします」


 まだこくこくと頷いている。

 

 ……え、なに、どうしたんだろう、大丈夫?

 と、誰もが思うほど――ジェヴォンは実際、エヴァンの顔を覗き込んでいた――長い首肯の後。


「まさか。まさか、そんな――もう一度、会えるなんて……アルフレッド、君」


 それ以上は言葉にならず、エヴァンは泣き崩れた。


「お、お、お母様! どうなさったんです!?」

「奥様! ええい、レオン、来なさい! 奥様をお運びするのです!」

「ええ、了解です。――奥様、しっかり、しっかりしてください!」


 館の使用人も総出で、エヴァンを奥へと運び込んでいく。


 ……あとに残されたのは、僕達だけ。


「えっ、え、あれ……? 僕、なんかマズいこと、言ったかな……?」

「……なあ、アル?」


 振り向く――

 一瞬、刃を向けられたのだと思った。


お前、・・・本当に、・・・・エヴァン・リリー・・・・・・・・とは何も・・・・無かった・・・・んだよな?・・・・・


 そう錯覚するほど冷たい眼で、エレナが僕を見ていた。


 僕はとにかく全力で首を振って――

 改めて館の使用人達が出迎えてくれるまでに、どうにかエレナの殺気を収めてもらうことが出来たのだった。

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