第1139話 リクの匂い



「って事は、やっぱりセンテを魔物が囲んだ時に、全員いなくなったって事だね」

『ワレワレ、ヲシタガワセル、ナニカハ、モウナイ。ソウカンジルデス』


 朗報、と言えるのかな? ボスワイバーンを始めとしたここに残っているワイバーン達に対して、強制的に従わせる事はできないってわけだ。


「あれ、でもそれじゃあ今は? 指示する人物がいなくても、一度指示されたら有効だというなら、今もそれに従っているんじゃ……?」

「サキホド、ボウダイナマリョク、ト、ハカイテキナナニカ、ヲカンジタ。ダカラ……」


 俺達が来るよりも前、大きな魔力を感じてそれが体内にある魔力に干渉して、従わせていた命令が打ち消された……らしい。

 膨大な魔力ねぇ……俺も魔法を使ったけど、それ以上に魔力を使った存在がいたね。

 おそらく、スピリット達の事だろう。

 もしかしたら、アーちゃん達がサマナースケルトンをついでで倒した時、ワイバーン達にも影響が出たのかもしれない。


『ボウダイナ、マリョク、ハ、ワレワレノナカニアル、イシツナ、マリョクヲ、ケシサッタ』


 ほぼ間違いないと思う。

 狙ってやったのか、偶然なのかはわからないけど……スピリット達ならそれくらいできそうだし。

 やり方はわからないけど。


「それじゃ、ここに集まっていたのは? 俺達が来た時、地上にいるワイバーンも空に集まっていたけど」


 空に数十体のワイバーンが集まっていた。

 地上からも次々浮かび上がっていたし……何かをしようとするのでなければ、わざわざ集まらなくてもそれぞれ飛んで行けばいいだけの事なはず。

 それこそ、指示に従っている状態じゃなければね。

 順番的に、その時には既に魔力と指示による束縛が解けているはずだけど。


『ワレワレハ、ボウダイナマリョク、ヲオソレテ、トオクヘムカオウトシテイタ。ソコニ、ソラノハシャガ、キタノデスマス』

「……あー。うん、成る程ね」


 ボスワイバーンがいるから、ある程度統率されているため、群れでここを離れて別の場所へ行こうとしていたわけだ。

 そんな時、俺達が突撃してきて有無を言わさず戦闘を仕掛けてきたってわけか……なんとかしないとと考えていたけど、実際は放っておいて良かったって事かぁ。

 余計な事をしちゃったかな。

 まぁでも、ワイバーンのような魔物と話す事ができるようになるなんて思わなかったし、これまで魔物は襲って来るだけ、冒険者としては討伐対象。


 早まったという思いは多少あるにしても、後悔はしてられないか。

 今回のように敵意のない魔物と、こうして話す事自体が特殊だから。

 それから、どうしてこの辺りに集まっていたのかを聞いてみると、ワイバーンを潜ませていた場所が近くにあったらしい。

 大量のワイバーンを叩き落した辺りだね。


 ただ、その場所を調べるにしても、呪縛的なものが解けたワイバーン達が、意思に反して従わされていた事に対する不満というか、怒りで潰してしまったとか。

 北の山のような洞窟ではなく、森の中に穴を掘った場所だったらしく、既に崩壊していると。

 まぁ、落ち着いたら詳細を調べてもらう必要はあるけど、潰れて何もないのなら俺が見に行く事はなさそうだ。

 ……センテを魔物で囲んで攻めるという目的が達成されている以上、重要な物は既に引き上げられていると思われる。


「まぁ、とにかく事情はわかったよ。それで、ボスワイバーンはこれからどうしたいのかな? できれば、他の場所に行ったとしても罪もない人間を襲ったりはしないで欲しいんだけど……」


 エルサの通訳があってこそだけど、こうして話ができているし、こちらに敵意を向ける事はない。

 そんなワイバーン達を今からどうこうしようなんて、あまり考えたくないからなぁ……甘いんだろうけど。

 そもそも、全てのワイバーンを倒すのが現状の魔力では無理だろうから、退却しようとしていたわけだし。

 地上だから戦いやすいけど、空から叩き落す事ができないので、結局全てを完全に倒し切るのは難しそうだ。


 とはいっても、ここで見逃して本当にどこか別の場所に行くとして……ワイバーンは魔物。

 俺の知らない所で、罪もない人間を襲ってしまうのは嫌だ。

 あとで被害が出た事を知ったら、見逃したからなんて後悔しそうだし。

 できれば、人の来ないような場所でひっそりと暮らして欲しい……なんてのは、俺の勝手な考えだ。


『ワレワレハ、ソラノハシャ、ニ、カンゼンニハイボクシタトミトメテイル。キョウシャニハ、シタガウ、デス』


 キョウシャ……強者ね。

 空の覇者をエルサとするなら、確かに強者だ。

 飛行が得意なワイバーンをして、空中戦闘機動を楽しそうにやりつつスパスパ斬り裂いていたくらいだから。


『ソレニ、ニンゲン、カラ、ナツカシイニオイガスルマス』

「懐かしい? 人間って事はエルサじゃなくて俺か。……変な臭いはさせていないつもりだけど」


 宿を出る前に、服を着替えたり体を拭いたりはしたから、臭いって事はない……と思いたい。

 汗はほとんどかいていないから、汗臭いって事はないはずなんだけど。


「エルサ、俺臭い?」

「臭かったら、背中に乗せないし、こうしてくっ付いてもいないのだわ」


 良かった、臭くないらしい……今日一番の安心感。


『ナツカシイニオイ、ホンノウ、ソンザイリユウ? ヨクワカラナイ。デモ、イヤナニオイジャナイ、デス』

「本能と存在理由? もしかして……」


 なんとなくピンときた事……破壊神だ。

 魔物を作ったのは破壊神で、ユノが創った人間を含めた世界を破壊するため、らしい。

 本能だけでなく、存在理由とまでなるのなら魔物としては破壊神に関わる事だろうと思う。

 もしかすると、俺が破壊神と接触した事で、その匂いが移ったとか? 匂いを嗅ぐような余裕は一切なかったけど、破壊神は別に臭くなかったとは思う。


 ……臭いとか言ったら、残りの干渉力とかも無視して怒って今すぐ来そうだね、エルサが言う駄神とかにも大きく反応していたし。

 って事は、ボスワイバーンは俺に移った破壊神の残り香のようなものを、感じ取ったって事かな。


「多分だけど、懐かしい匂いって言うのを持っている存在と接触したからだと思う」

『ワカラナイ。ニンゲン、カラ、ニオウキガスル、ケド、マザッテイル、キモスル、デス』

「混ざっている……うーん」


 破壊神の匂いだけじゃないのか? よくわからないな。

 でも、ボスワイバーンに聞いてもこれ以上の事はわからなさそうだ。


「それじゃ、ボスワイバーンはどうしたいんだ? 懐かしい匂いとか、空の覇者とか、強者に従うって言っていたけど」

『キョウシャ、ト、ナツカシイニオイ、シタガエ、サカラウナト、ホンノウ、ガイッテイル、デス。ダカラ、ワレワレハ、ツイテイク。ニンゲン、オソワナイ、カラ』

「うぇ? えーっと……俺と一緒に行きたいって事?」

「ソウ、マスデス」


 えーーーーーーっと……ボスワイバーンは俺達に付いて来たいって言っている、で合っているんだよね? 聞き返す俺に深く頷いたし。

 ワイバーンかぁ……ワイバーンねぇ……。


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