第1136話 ワイバーンのボス
「わかった。このままだとどっちにしろ有効な手段もなく、ワイバーンを倒せないどころか、俺達も危険だからね。一度……ん?」
「どうしたのだわ?」
「いや、なんかワイバーンの動きがおかしくないか?」
「……そうなのだわ?」
決断し、渋々一度退却しようとエルサに声を掛けている時、妙な事に気付いた。
逃げようとしているワイバーンは、まだ少数ながらにいるんだけど……さっきから俺達に向かって来るワイバーンがいない。
それは、恐慌状態でやけくそに襲い掛かるのを諦めたのか、とも思えるんだけど……?
「……多分だけど。さっきから、ワイバーンが向かって来ないだろう?」
「今更、私の偉大さに気付いたのだわ」
「いやまぁ、それは既に気付いていたんだろうけどね」
何せ、とんでもない速度でクルクル回転しながら、モフモフした見た目の翼に触れた瞬間切り刻まれるんだから、ワイバーンでも偉大さというか脅威には気付くだろう。
だからこその恐慌状態でもあったんだし。
「ガァァァァァァ!!」
「な、なんだ!?」
「いきなり叫んだのだわ?」
突然、一体のワイバーンが大きく吠えた。
威圧や威嚇のため? ただその声は、これまでの他のワイバーンと違って、人ならざる声でありながらも少しだけ違う気がする。
「咆哮……ぽいけど、俺達に向けてじゃなかったような気がする。ワイバーンの動きが止まった……? 吠えたのは……あいつか」
俺やエルサは気圧される事はなかったけど、その声で他のワイバーン達の動きが止まった。
逃げているワイバーンも、再生が終わって空へ戻って来ようとしたワイバーンも、中途半端な位置で羽ばたくだけで完全に動きを止めている。
残っているワイバーンの中、視線を巡らせて声の主を探す……一体だけ、他のワイバーンより少しだけ大きい体を持っている……ような気がするのがいた。
「ガァァウ! ガァ! ガァウ!」
「な、なんだろう? 今度はこっちに向かって吠え始めた? けど、さっきともまた違うような……」
「あんな翼の生えたトカゲの言う事なんて、わからないのだわ」
こちらに顔を向けて、何やら吠えるワイバーンの一体。
他のワイバーン達は、その様子を見守っている状況なんだけど、さすがに何を言っているのわからない。
でもエルサ、エルサはモフモフした犬に似た形だけど、俺の知っているドラゴン……特に西洋のドラゴンは、ワイバーンみたいなトカゲに翼を生やした巨大な生物なんだけどね、空想上だけど。
まぁ、この世界のドラゴンはユノが創った存在らしいから、トカゲっぽくはないみたいだけど。
「ガァァァウ!!」
「おおう?」
「ガァウ、ガァ!」
何をしようとしているのかはわからないけど、首を上に向けてもう一度大きく吠えるワイバーン。
その後、今度は俺達にではなく周囲のワイバーンに叫んだ。
「なんだか、ワイバーン達がまとまり始めたのだわ? 一斉に攻撃とか、考えているのだわ?」
「いや、なんとなく違う気がする。なんというか……あのワイバーンだけ、今はこちらに敵意を感じないような……?」
疑問に思う俺達の前で、一体のワイバーン……体が少し大きい気がするから、ボスワイバーンとしておこう。
そのボスワイバーンに向かって、残っていたワイバーン全てが集まって行く。
こちらを襲おうとか、そういう意図があるのであればなんらかの敵意のようなものを感じるけど、声にも気配にもそれがない気がした。
「ガァウ……」
「……えっと、あれってもしかしてだけど……頭を下げてる?」
「私に聞かれても困るのだわ。けど、そう見えるのだわ」
周辺のワイバーンがボスワイバーンの周りに集まった後、こちらをじっと見つめたかと思ったら、これまでと違って小さめの声を出しながら下を見た。
地上には何もないし……下を見たというよりは、頭を垂れているようにも見える。
エルサに確認しても、確かな答えは返ってこなかったけど、俺と同じように見えるとの感想のようだ。
「あれが頭を下げているんだとして……魔物に頭を下げられるなんて初めてだけど。とにかく、どうしたらいいのかな?」
これまで、魔物は襲って来るか逃げるかの二択だったため、こんな事は当然初めてだ。
というより、ワイバーンに頭を下げたりするような礼儀というか、知恵のようなものがあるのかな?
いや、正面で確かに頭を下げ続けているボスワイバーンがいるし、他のワイバーンもそれに従って買真似をしているだけか、同じく頭を下げているけど。
「チャンスなのだわ。今はこちらを見ていないし全部集まっているのだわ。一気にやっちゃうのだわ?」
「やっちゃうって……」
絶対、殺と書いて殺(や)るって事だよね?
魔物だし、これまで遠慮なく倒してはきたけど……頭を下げて敵意を見せない相手に対して、無慈悲に攻撃をするのは躊躇われる。
まぁ、こちらに向かって来ていたのもいたし、散々戦って来て今更ではあるけども。
「無抵抗だからなぁ……降伏する意思を見せているようにも見えるし……」
もしあれが人間だったら、白旗を上げてフリフリと振っているんじゃないだろうか?
というくらい、頭を下げたまま敵意の欠片も見せないボスワイバーン。
よく見ると、ちょっと体が震えているようにも見えるから……敵意どころか怯えているのかもしれない。
「えーと……とりあえず声を掛けてみようか。通じるかわからないけど」
「ワイバーンは、魔物の中でも知能が発達しているとどこかで聞いた……ような聞いていないような気がするのだわ。多分、こちらが言う事くらいは理解できると思うのだわ」
「曖昧な知識だねエルサ……」
聞いた事があるのかないのかどっちだ。
でも、あれが核から再生能力を強化されて復元された魔物なら、ある程度人間の指示を聞いて動いていたはず。
それなら、俺が話しかけても多少は通じるんじゃないかなぁ……とは思う。
「んっと、ワイバーン? いや、ワイバーンはいっぱいいるし……さっき咆哮した、ボスワイバーン。えっと、頭を上げて少しだけこっちに来てもらえるかな?」
「……ガァウ」
こちらの言う事が通じたのか、ボスワイバーンは頭を上げて窺うようにこちらを見た後、恐る恐るといった様子で羽ばたいてゆっくりと近付いて来てくれた。
そんなに怖がらなくても、そちらが何かを仕掛けて来なければ何もしないよー……今だけは。
「とりあえず、ボスワイバーンって呼ぶけどいいかな?」
「ガァッ!」
こちらに寄ってきたボスワイバーンに、呼び方を尋ねると威勢のいい返事と共にコクコクと頷いた。
うん、俺が言っている事は向こうに通じているようだ。
意思表示として頷くなんて仕草、ワイバーンにも共通してあるんだなぁ……なんて感心している場合じゃないか。
このボスワイバーン、他のワイバーンよりも少しだけ大きな体をしている他に、雰囲気もほんの少し違う気がした。
なんというか、目に意思というか理性みたいなものが感じられるんだ……気のせいかもしれないけど。
あと、リザードマンとも似ている、トカゲの顔の額に人差し指くらいの小さな角が生えている。
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