第1129話 炎と風の共演



 ウィンさんが両手を広げてすぐ、先程まで火柱が発する熱で汗が流れそうなくらいに暑かったのが、風が熱を取り去るように吹き、ウィンさんへと集まって行く。

 リネルトさんは暢気に服をパタパタしながら、涼しくなって気持ち良さそうだけど……大きめどころか巨大な胸がチラチラしているので、すぐに目を反らしてウィンさんに意識を向けた。


「さぁさぁ、土の操作で隔離されたステージで、炎と風の共演! イッツショータイムだ、とくとご覧あれ!!」


 芝居がかったウィンさんの言葉……なんというか、変なポーズを決めていたのを考えると、演劇の役者になっているのかもしれない。

 それはともかく、ウィンさんに向かって吹く風がウィンさんを中心に渦巻き、それらが可視化されていく。


「斬り裂き舞い踊れ炎風!!」


 可視化された魔力がウィンさんを隠す程に集まり、大きな一つの塊になったと思ったら、中から再びウィンさんの声。

 その瞬間、大きく広がった風が魔物達が燃える舞台に吹き付ける。


「炎がさらに燃え上がった!?」


 アマリーラさんが驚くのも無理はない……吹き付けた風が、フレイちゃんの放った炎を燃え上がらせ、次々と魔物に広がってゆく。

 舞台から逃れようとしても飛び越えられない穴に遮られ、広がる炎と助長させる風。

 もうあの魔物達の末路はわかりきっていて、後は燃え尽きるまで待つだけになっていた。

 ……センテへの影響はないみたいだし、殲滅してくれと言ったのは俺だけど、結構エグイやり方だなぁ……よく見ると、風によって斬り裂かれている魔物もいる。


「無駄な力を使わず、それぞれの特性を生かしたうまいやり方なのだわ。リクももう少し見習うのだわー」

「へいへい……でも風と火、そういう事かぁ」


 エルサの言葉に、散々注意されてきた俺自身の魔法での失敗を思い出して、溜め息交じりに返事をする。

 火と風……というか酸素の関係は、小学校でも習う基本的な事。

 焚き火などもそうだけど、火が点いた物に空気を送り込んでより燃えやすくするなんて事もある。

 四角い穴で限定的な場所を作り出し、さらに沈ませる事で空間を隔離……規模が大きくてかなりの広範囲だからどれだけの効果があるかわからないけど、洞窟などで入り口は開いているのに空気の入れ替わりが少ないというような事が起きているのかもしれない。


 そして、その中で炎を放って燃やして空気が少なくなってきたところに、風を送り込んで斬り裂きつつも酸素を供給。

 爆発的に炎の勢いを強くするってわけだ。

 実際に見ないとここまでの事は、理解はしていてもやろうとは思わないけど……さすが四大元素のスピリットといったところだろう。


「精霊様の力、ここまで強く恐ろしいものなのですね……」

「俺も、ここまでとは思っていませんでした。なんとかできるかな? とは思っていましたけど」


 多分、燃え盛る炎と斬り裂かれる魔物を見ているだけで、もう魔物達を殲滅は完了したようなものだろう。

 結果的に、俺の魔力は全体の三割も使われていない……大体残っていた魔力の半分程度ってとこだろう。

 東門での魔法から南での結界、スピリット四体の召喚もしたのにだ。

 もちろん、召喚したスピリットの力による部分が大きいとは思うけど、効率良く魔力を使うって大事なんだなぁと思ってしまう。


 これまで、ルジナウムでの戦い以外で魔力に関して不足を感じた事がないから、考える事がほとんどなかったのかもしれないけど。

 南側の魔物の殲滅、実際のところ残っている魔力のほとんどを使うと考えていたから、嬉しい誤算だ。

 ……状況が落ち着いたら、もっと効率よく魔力を使う方法なんかを考えた方がいいのかもしれない。


 数分程、炎と風の共演……ウィンさんの言い方が移ったけど、その共演を眺めているうちに、炎の勢いがかなり弱まってきた。

 それは、残っている魔物の数が離れてみるだけでもほぼいなくなっているからであり、つまり燃える物がなくなったからだろう。

 火力も熱量も相当だったけど、見え始めた地面には焼け焦げた魔物が遠目に見えるだけで、さすがに地面がガラス化はしていない……いや、あれは俺がやり過ぎた結果か。


「ふむ、大方片付きましたね。ウォーター、そろそろ出番ですよ?」

「チチー!」

「よっしゃ、ようやく俺の出番だな!」


 ウィンさんが頷きながら状況を確認、後ろに下がって控えているウォーさんに声を掛ける。

 フレイちゃんも、応援するように声を掛けた。

 しかし、もうほとんどの魔物が沈黙した……というか燃え尽きかけている状況で、ウォーさんは何をやるのだろうか?

 止め? は、必要なさそうだけど。


「それじゃあいくぜぇ! 水よ、全ての穢れ、この世の悪を洗い流せ!」

「あれは……滝!?」

「ほわぁ、滝に当たるのは気持ちいいですけど、あれに当たったら痛そうです」

「大量の水、一体どこから……? いや、作り出したんだろうけど」


 前に出たウォーさんが威勢よく叫ぶと同時、何もない宙空から舞台に向かって真っすぐ大量の水を降り注ぐ。

 アマリーラさんは驚き、リネルトさんはちょっとズレた感想……勢いが凄まじいから、当たると流されるだけじゃ済まないんじゃないかな? 意外と水って勢いよくぶつかると危険だから。

 俺の魔力と、ウォーさんの力で作られた大量の水は滝となり、舞台でまだ燃えている炎、燻っている火を消し去って行く。

 あぁ、ウォーさんの言っていた洗い流せってこの事か……消火と綺麗に流す役目だったんだね、と思って納得したんだけど……。


「全てを包み込む水、全てを取り込む水……上がれ、飛べ、浮かべ……」

「え!?」


 流れ込んだ水が舞台のほぼ全域に行き渡り、完全に火が消え去ったと思った瞬間、ウォーさんが再び叫んで水を操作。

 舞台の端、穴に水が流れ込んでいく手前でピタッと止まり、流れる水が落ちる事なく塊になっていく。

 四角く囲む穴、その上に集まる水の塊、それらは滝によって流された水を全て集め、圧倒的な水量を持つ一つの塊となって、ウォーさんの声に従い上へ上へと舞い上がる。


「これで最後だ! 弾けて彼方へ!!」


 ウォーさんよりも高く、アーちゃんの頭上を越え、そして飛んでいるエルサや俺達よりもさらに空に近く浮かび上がった水の塊。

 最後の一言、ウォーさんの叫びで一気に弾けた……散らばった水が降り注ぐかと思ったけど、それらは綺麗な虹を作って消えて行った。


「魔力が、拡散していくのだわ」

「魔力が?……本当だ、相当な量の魔力がここから離れて消えて行っているね」


 エルサの呟きを聞いてすぐに探知魔法を使うと、無数に散らばった魔力の欠片のようなものが、一瞬で探知魔法の範囲外に飛んで行っていた。

 中には、途中で反応が完全に途切れる魔力もある……どういう事かはわからないけど、魔力が空気中に解けるのではなく、昇華されて行っているのではないかと感じた。


「……何も、残っていません」

「でも、荒れ果てた地というようには見えませんね?」


 空を見上げていた俺とエルサとは違い、舞台のある地上を見ていたアマリーラさんとリネルトさん。

 二人の呟きに、俺も下を見てみるとそこにはただただ、アーちゃんが切り離した地面があるだけできれいさっぱり何も残されていなかった――。



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