第1109話 次善の一手を実践活用
「あれ、マリーさんの魔法部隊、三つ別れている?」
東門へ向かうマリーさんが連れている部隊は、よく見てみると三つのグループに別れているようだった。
持っている物などは変わらないけど、整列している人達の隙間が空いているような感じだね。
訓練れていて、お互いの間隔もしっかりしているのに、少し不思議に思って首を傾げる。
「挑発、撃破、遊撃の役割で別けられているようです。目からうろこでした……集団の魔法は、ただ目標に向かって全力で魔法を放つと考えていたのですが。マリー殿は、それぞれを班別け、役割を持たせております。軍の戦いというより、連携して強大な魔物に対応する冒険者ならではの発想でしょう」
マックスさん達を見送って、その場に残った中隊長さんが首を傾げている俺に教えてくれた。
成る程……挑発、撃破、遊撃か。
マックスさんが先に盾の部隊で種発した事を考えると、挑発班が魔法で魔物の気を引いてこちらに向かわせる。
盾の部隊が魔物の侵攻を押し留める、その間に撃破班が数を減らして行く。
さらに、漏れた魔物や回り込んだ魔物を、遊撃班で倒していくという役割か……。
個人的には、そこに槍や剣を持った歩兵隊も合わせて、殲滅……なんて考えてしまうけど、そこまで人数を割く余裕はなさそうだし、今いる場所を手薄にし過ぎるわけにもいかない。
マリーさんが連れて行った魔法部隊も、ここにいる三分の一くらいだ。
「でもマリーさんは、元冒険者ですけど……部隊を任せているんですか?」
「魔物を押し留め、押し返せる可能性のある事ならなんでもやれ……が侯爵様からの通達ですから。そこに有用な手立てを示せる人物がいるのに、何もさせないわけには参りません。私は参加していませんでしたが、リク様との訓練を経験した者も多く、これまでの軍の戦いに固執しない考えが多くなっております」
シュットラウルさんの……それと、俺達との演習とかも役に立っているんだ。
これまでのやり方を、演習で正面から叩き潰した……と言うと人聞きが悪いけど、模擬戦や次善の一手も含めて、考える事が多かったからだろう。
柔軟に対処してくれている、って考えて良さそうだ。
「むっ! 魔法部隊、できるだけ魔物を漏らすなよ! 歩兵隊前へ! 漏らした魔物を蹴散らせ! ここに近付けるな!」
「「「「はっ!」」」」
「……すごいな……」
演習の時、俺は遠くから援護をする以外は見るだけだったり、俺を標的にして戦ったりしたくらいだから、実際に兵士さん達がどうやって動いていたのか、細かい部分まではわからない。
でもこうして、内部で見ていると皆きびきびと動いて、飛び交う指示に従い魔物を寄せ付けない。
練度が高いと言うのだろうか? 誰一人として、無駄な動きをしている兵士さんがいないように、俺からは見えた。
「リク様が演習をして、事前に連携を強められたおかげです。それと、リク様が戻って来られて事の影響が一番大きいかと。先程まで、情けない事にもっと精細に欠いた動きをする者も多くいましたから」
「そうなんですね……って、あれは……」
演習が役に立っているようで、参加した俺としては嬉しい。
それにこれが、士気が上昇しているという事なんだろう……兵士さんの誰もが絶望したり、意気の低い人は見かけない。
それはともかく、中隊長さんの話を聞きながらも、魔物の侵攻を食い止める兵士さん達を見てみると、剣や槍を使って、あっさり斬り裂いていた。
冒険者になった初めての頃、同じ事をしていた俺はよく周囲の人に驚かれたもんだけど……それとほぼ同じ事をしている兵士さん達。
相手がゴブリンなどの、低ランクの魔物という事もあるんだろうけど。
それでも、軽々と真っ二つに斬り裂くさまは、間違いなく次善の一手を使っているからだろう。
ここでも、訓練の成果が出ているようだ……主にユノのだけど。
「次善の一手、実戦で使えるようになっているんですね」
「ユノ殿にお教え頂きました。私もですが……訓練を重ねてというよりも、実戦で否応なく使えるようになった、という具合ですが」
ユノ、この中隊長さんにも教えていたんだ。
まぁ、魔物に囲まれて、必要に迫られたからっていうのが大きいんだろうけど……実践に勝る訓練はないってところかな?
通常だと何度か斬り付けて、場合によっては止めも刺してという手間がいる分、次善の一手を使って一振りで斬り裂けるのは大きい。
魔力を使うけど少量みたいだし、肉体的な疲労としては少なくなるから長期戦にも向いている、と。
「おかげで、これまでもなんとか持ちこたえる事ができています。ユノ殿の教えがなければ、もっと被害も大きく、全体の疲労の蓄積も多かったでしょうから」
悪い想像をすると、もしかしたら東門を守れていなかったかもしれない、ってとこかな。
ユノ自身も多分活躍していそうだし、俺よりよっぽど魔物を相手に頑張ってくれているなぁ。
「リク、早く休むのだわー。このままだとほとんど魔力が回復しないのだわー」
「あ、そうだね。ここでこうして話していてもいけないか。――すみません、邪魔をしてしまいました」
「いえ、私がリク様を引き留めてしまったようで、申し訳ありません。ですが、街に戻るとは思うのですが、どうするので?」
「そうですね……」
エルサに言われて、休まないといけないのを思い出した。
周囲の状況を見る事に夢中になっちゃってたね。
中隊長さんとお互い謝り合い、街にどうやって戻るかを考える。
東門には今魔物が行っているみたいだし、マックスさん達がおびき寄せて倒すにしても、すぐというわけでもなさそうだ。
突っ切るとしてもマックスさん達がせっかく魔物を引き付けようとしている邪魔にもなりかねない。
となると……。
「エルサに乗って、というのはできそうにないか」
「リクを乗せる元気はないのだわ~」
「そうだよね。それじゃやっぱり、外壁を越えるしかないか……」
ちょっと力業だけど、門を通らないとしたらそれしかない。
センテの外壁は、ヘルサルのよりも少し低いけど十メートル以上ある。
今のように魔物が街へ侵入するのを防ぐ役目を持たせているんだから、高いのも当然だね。
さすがにフラフラしているから、ジャンプで外壁を軽々と超える……なんて事もできそうにないけど、まぁなんとかなるはず。
「えっと、とりあえず落ち着いたらでいいので、各所に伝令を向かわせてもらえますか? 俺が戻ってきた事を報せて欲しいんです」
「はっ、了解いたしました。すぐにリク様がお戻りになられた事を報せます!」
「……すぐにじゃなくてもいいんですけどね」
と俺が呟いた頃には、中隊長さんはすでに兵士さん達に指示を飛ばし始めていた。
まぁいいか……俺が各所を回ってとかよりも、伝わるのは早そうだし。
シュットラウルさんやモニカさん達にも、報せてくれるだろう。
「さて……外壁前まで来たけど……」
「どうするのだわ? よじ登るのだわ?」
とりあえずと、伝令などの事は中隊長さんに任せて、センテの外壁に近寄って見上げる。
頭にくっ付いたままのエルサから、どうするのか問いかけられる。
東門からかなり南に行った場所だから、遠目にマックスさん達の部隊がなんとなく見えるくらいの場所だ……ここなら何かしても邪魔にはならないだろう。
派手な事をしようとは思っていないけどね――。
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