第1079話 防衛演習訓練終了



「ぎゃああああ!!」

「うわああああ!!」

「いやああああ!!」

「……なんかすごい悲鳴が聞こえるんだけど、大丈夫かな?」


 エルサの火球が着弾した場所……土壁の向こうでは、俺達から見えなく離れているのに、大きな悲鳴が上がっていた。

 火球は、陣取っている兵士さん達全体に降り注ぎ、水球の時より隙間があるし、落ちて行く速度も遅かったので直撃は少ないと思うけど、何かに当たった瞬間水球と同じように炎が周囲にまき散らされていた。


「ここで聞いていると、向こうは阿鼻叫喚の様相になっているとしか思えんな……」

「大丈夫なのだわ。服が燃えれば別だけどだわ。鎧が消し炭になるような火力じゃないのだわ。ちょっと熱いだけなのだわー」

「確かに、こちらから見て探知魔法を使っている限りだと、一度炎が燃え上がった後はすぐに消えているようだけど」


 シュットラウルさんも、悲鳴を聞いてこめかみから汗を垂らしながら呟く。

 はっきり見えないのもあって、どれだけの被害が広がっているのかはわからないけど……大きな怪我がない事を祈っておこう。

 まぁ、兵士さん達は皆金属鎧を身に着けているから、延焼はほとんどしなさそうではある。

 ……火傷くらいはしてそうだから、後で治癒魔法で治療はしないとね。


「お、動いたな……」

「アマリーラさんとリネルトさんが先ですね」


 土壁の向こう側はエルサの魔法によって混乱中、土壁を挟んでこちら側に出ていた兵士さん達は、それに気を取られて戸惑っている人も多くいる様子。

 その隙を突くように、アマリーラさんとリネルトさんが兵士をなぎ倒し、壁に向かって直進を始めた。


「こちらも負けていられないわよ! マルチプルウィンドアロー!」


 声を上げたのは、俺達の近くにいるフィリーナ。

 大きなロングボウを引き絞り、再び巨大な魔法の矢を放つ。

 それは最初と同じように、途中で小さな矢に分散し、土壁の向こうへと殺到……さすがに数はエルサの火球より少なかったけど、着弾と同時に突風を巻き起こしているようだ。

 エルサの火球による炎がほぼ消え、混乱の収拾をさせないための一手だろう。


「はぁ……ふぅ……人使い、エルフ使いが荒いな……フレアアロー!」


 肩で息をしたまま、フィリーナに文句を言いながらも、カイツさんが放つ魔法の矢。

 疲れが出て来ている影響か、最初よりも速射性が落ちてはいるけど、数秒で複数の魔法を放っていた。

 カイツさんの放った魔法は、フィリーナが風を巻き起こしている場所へ次々と着弾し、土を巻き上げている……フレアって事は、炸裂系の魔法なんだろう。


 俺も前回の演習の時、風と炸裂系の魔法をやられて視界を奪われたけど……あの時程じゃなくても、エルサの魔法で混乱中の兵士さん達には効果的な様子。

 見える範囲で、土壁のこちら側にいる兵士さん達も右往左往している様子がわかった。


「モニカ、今がチャンスよ! 押し込みなさい!」

「わかったわ、フィリーナ。行くわよ、ソフィー、フィネさん! 後ろは任せて!」

「了解した!」

「行きます!」


 確実に声を届けるために、魔法で増幅したんだろう……声を大きくしたフィリーナがモニカさんに声をかける。

 それを受けて、モニカさんが槍を振り回して近くの兵士さんを一蹴、ソフィーとフィネさんがアーチへと向かって駆けだした。


「周囲の混乱に惑わされ過ぎだ! 目の前の敵に集中しろ! だから易々と……ふっ! こうして侵入される!」

「うふふふふ~……注意力が散漫よ~。ほぉら、私はこっち~!」


 武器を振り回し、兵士さん達をなぎ倒しながら土壁へとりついたと思った瞬間、高くジャンプしたアマリーラさんが壁を乗り越えて向こう側へ。

 リネルトさんも、トラウマになりそうな笑い声を上げながら、他に気を取られてしまった兵士さんの横をすり抜けて、同じく壁の向こうへ。

 左右からの侵入は成功したようだ……まぁ、これまでもやろうと思ったら行けてたんだろうけどね。


「こうなったら、もうまとまった行動は不可能だな。おそらく、一部を除いて命令や指示は通っていないだろう」

「でしょうね……小隊長さん達も、慌てている様子が見えますし」


 小隊単位で動いているはずなのに、小隊長さんすらおろおろしたり右往左往しているのが見えるので、全体がまとまった行動ができていない。

 するとどうなるか……まだ三分の一も兵士さんを減らしていないのに、多くの人が密集している事が邪魔をして、適切な行動ができなくなる。

 事実上の崩壊……とまでは言わないけど、軍としての機能を失くした有象無象。

 ちょっと失礼かもしれないけどね。


「さぁさぁ、もっと魔法の雨を降らすのよ!」

「はぁ……はぁ……ついて来るんじゃなかった……疲れる……」


 援護がやりたい放題だからか、若干ハイになっている状態のフィリーナが、続けて何度も魔法の矢で風を巻き起こす。

 息を切らせているカイツさんは、ブツブツ文句を言いながら何度も魔法をショートボウで放った……文句を言いつつも、ちゃんと多様な魔法を混ぜているのはさすがだ。

 アーチを死守しようにも、フィリーナの発生させる突風や、カイツさんの火や氷、時折金属鎧にすら傷を付ける鋭い魔法によって、兵士さん達側の混乱は収まるどころか広がるばかり。


「私はここで! ソフィー、フィネさん、頼んだわよ!」

「任せろ!」

「モニカさん、後ろは頼みます!」


 そんな中、散発的にしか動けなくなり手薄になったアーチを、モニカさん達が突破。

 内側に入り込んだ瞬間、モニカさんが立ち止まってソフィー達を送り出す。

 アーチを通ったすぐの場所で陣取る事で、外側にいる兵士さん達が中に入り直す事ができなくなり、さらにモニカさんを排除しようとする兵士さんを受け持つ事で、勝利目標の旗へと向かうソフィー達への攻撃の手を薄めるためだろう。

 混乱している状況なので、モニカさんの方に少数、ソフィー達に兵士の壁を厚くしなければいけない状況だけど……結論から言うと、それはできなかった。



「……ものの見事に、やられたな」

「はっ! 不甲斐ない姿をお見せしてしまい、申し訳ありません!」


 演習が終了し、シュットラウルさんやモニカさん達と陣幕の中で休憩。

 大隊長さんが被害などをまとめて報告にきた。

 防衛演習はあれから、最後のダメ押しとエルサが水球を放って混乱を拡大……入り込んだモニカさん達に当たらないよう、奥へ突き進む前に魔法を使っていた。

 さらに左右から侵入した、アマリーラさんとリネルトさんが兵士さん達を蹴散らし、アーチ内側に陣取ったモニカさんは、殺到する兵士さんに槍を振り回して近寄らせないどころか、結構な数を蹴散らした。


 さらに直進するソフィーとフィネさんを援護するように、フィリーナとカイツさんの魔法が次々と降り注ぐ……。

 結果、ほとんどの兵士さんが脱落して戦闘不能になり、ほとんど速度を緩めることなく陣地深くに会った旗を、ソフィーが取り上げて俺達の勝利が確定、演習終了となったってわけだね。

 先制攻撃からずっと、こちらが押し続けた結果だけど……人数差を活かせなかった兵士さん達と、魔法の迫力で押し切った感じではあるかな――。


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